東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#04

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈1〉

文・下川裕治

完全乗車の道の険しさに気づいた

 タイ、マレーシア、ラオス、ベトナムとミャンマー。インドシナ半島を走る鉄道路線にすべて乗る──。その旅を本格的にはじめることにした。

 すでにお話ししたように、このエリアの鉄道路線の8割はすでに乗っていた。残りはわずかだ……と高をくくり、編集者との酒の席で、「あと少しなんですよ」などと口にしてしまった。しかし実際に未乗車の路線を眺めたとき、少し、いや天を仰いでしまった。残っていたのは、幹線の先の少しの区間とか、わずかに延びる支線がほとんどで、その路線に乗るためには、長い距離を再び列車に揺られなくてはならなかったのだ。いったいどれほどの時間と費用がかかるのか。

 旅をはじめる前、本棚の隅にそっと差し込まれていた宮脇俊三の『時刻表2万キロ』を開いた。当時の国鉄路線すべてを走破したノンフィクションである。ぱらぱらと読むと、こんな一文に出合った。

 

 ──九一パーセントも乗った、富士山の九合目まで登ったと思っていたら、なんのことはない、三合目あたりまでずり落ちていたのと同然ではないか。

 

 そうなのである。宮脇は時刻表マニアで、当時の国鉄の大部分に乗り、すべての路線に乗車するという覚悟を決めたとき、未乗車路線は、全国の末端に散らばっていて愕然とする。ある程度、鉄道に乗ったという自負は、もう少しで完全乗車というゴールという言葉を誘導してしまうが、その先が実は気が遠くなるほどの非効率な距離が待っているのだ。

 もっとこの本をまじめに読んでおくべきだった、と唇を噛んだ。しかし時刻表マニアの本は、細かい時刻が次々に登場してきて、正直、実感が伴わないときがある。僕は鉄道マニアではないからついていけなかったのだ。この本は日本ノンフィクション賞を受賞しているが、鉄道マニアではない選者はどこまで読み込んだのか……と思ってしまう。しかし『時刻表2万キロ』にはすでに書かれていたのだ。完全乗車の道の険しさが、繰り返し描かれていたのだ。

 それなのに、僕は口にしてしまった。

 東南アジアの場合、さらに難しい鉄道環境が待ち構えていた。いいかげんさだった。そこがアジアに惹かれるところでもあるのだが、短い日数で未乗車区間を乗りつぶしたい身にしたら、東南アジアのアバウトさが仇になった。

 宮脇は時刻表を読み込み、効率のいいスケジュールをつくりあげて悦に入っているようなところがあるが、その前提は、列車の定時運行だった。しかし東南アジアでは、そうはいかない。遅れるのである。1時間遅れは定時の範疇のような感覚すらある。遅れをどう読むか……。なかなか高度な日程づくりが必要だった。

 

時刻表を眺めてもわからない

  タイの鉄道の未乗車区間に乗ることからはじめた。調べてみると、9路線あった。どれも短いが、バンコクから離れている区間ばかりだった。

 サワンカローク支線から乗ることにした。この支線は、バンコクとチェンマイを結ぶ幹線から延びていた。ピッサヌロークの北にあるバーンダーラー分岐駅から終点のサワンカローク駅までの28.83キロ。これまでバンコクからチェンマイまでは何回か列車に乗ったが、こんな支線があることすら知らなかった。

 タイ国鉄のサイトの時刻表を見てみた。このサイトはタイ語版と英語版がある。注意しなくてはいけないのは、タイ語版と英語版では、その内容が違うことだった。タイ国鉄は、外国人は乗るはずがない路線を、英語版から勝手に省略するということを平気でやっていた。タイ人はそういう人たちだった。「そのほうが見やすいでしょ」というサービスだと考えるのは、タイ人へのおもねりだと思う。彼らは単純に面倒なのだ。外国人が乗らないわけだから、省略してしまうのだ。これをタイ式合理主義と考えるか怠慢と見るかは、人それぞれなのだが。

 ついでにいうと、タイ語版の時刻表も完全ではない。タイ国鉄のサイトは、バンコク中心につくられていて、地方都市間を結ぶローカル線を省くことがある。地元の人は皆、知っているから……という発想らしい。

 文句をいってもしかたなかった。タイの列車は、タイ人の流儀で運行されているのだ。

 タイ語版と英語版の時刻表を見比べる。幸い、スワンカローク支線は同じように書かれていた。しかし妙だった。バンコクからスワンカロークに向かう列車は1日に1便しかなかった。スプリンターと名づけられた3番の特急列車である。バンコクを10時50分に出発し、バーンダーラー分岐駅には18時46分に着く。ところがスワンカローク駅の欄には、18時01分と書かれているのだ。時刻が遡ってしまう。

「なにかの間違いだろうか」

 バーンダーラー分岐駅から先はローカル列車が接続するような気がする。完全な盲腸線なのだ。その関係で、この時刻になっているのだろうか。これはフアラムポーン駅と呼ばれるバンコク中央駅に行って聞くしかない。乗車する前日、時刻表を手に、フアラムポーン駅に向かった。(つづく)

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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