越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#04

タイ・バンレム~カンボジア・カムリエン

文と写真・室橋裕和

「ビザラン」という言葉がある。国境まで行って、出入国して帰ってくることによって、その国の滞在期間を延長させるというものだ。この手段を使い、違法と合法のボーダーラインのような立場で暮らしている日本人が、タイにはたくさんいる。
 

 

ビザを延長するための半日国境ツアー

 

 早朝5時。
 まだBTS(高架鉄道)も動いていない時間、僕は自宅からバイクタクシーを飛ばして、バンコク都心部のアソーク交差点にやってきた。昼間は大渋滞する交通の要だが、いまは静かだ。ときおりタクシーが通り過ぎる払暁。
 交差点の北側には、大型のバスが停まっている。あれだろう。車体のナンバーを確認して乗り込んでみる。客席の半数ほどは韓国人らしき人々だ。あとはファラン(欧米人)、フィリピンあたりと思われる一団、そして日本人も数名混じっている。
「ムロハシサン、デスネ」
 怪しい日本語に振り返ると、何度か見た顔が立っていた。バスを運行する業者だ。タイ語と韓国語と日本語と英語を操る男だが、国籍はよくわからない。
「パスポート」
 言われるがままに差し出すと、かわりに渡されたのは発泡スチロールに入った朝食だ。中はキムパ(韓国風の海苔巻き)だった。
 参加者の点呼を終えると、バスはバンコクを出立した。タイに住む底辺外国人にとっての定期ツアー「ビザラン」のはじまりだ。

 

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ビザラン目的以外の外国人はほとんど訪れることのない国境だ

 

 僕は数年前まで、タイに住んでいた。およそ10年ほどの期間になる。週刊誌での激務に疲れ果ててタイに逃亡したわけなんだが、住み始めた当初、まともな滞在許可は持っていなかった。ノービザか、観光ビザの延長を繰り返していた。
 日本人の場合、ビザがなくてもタイには30日間の滞在ができる。だが、リミットが迫ったらどうするか。隣国に行くのだ。飛行機は高いから、バスで陸路、国境に向かう。で、タイを出国する。隣国に入国したら、速攻でトンボ帰りしてタイに入国すれば、また30日間、タイで暮らすことができるのだ。
 観光ビザを持っている場合は60日の滞在ができて、加えてタイ国内の入国管理局で1か月の延長ができるから、3か月に一度、国境を越えればいい。
 これを「ビザラン」という。法の抜け穴、と言うとおおげさかもしれないが、この手段でタイに長期滞在している外国人は多い。僕の知る中では、ビザランを繰り返して20年近くタイに住んでいる日本人もいる。
 そんな外国人の大半が、まともに仕事もせず、かといって旅行をするわけでもなく、タイでだらだらと過ごしている国際ニートであった。僕もそのひとりとして、滞在期間が迫ると国境トリップを繰り返していたものだ。
 自分でバスやロットゥー(乗り合いバン)を使って国境まで出かけることもあったが、面倒なときは業者を利用した。タイ在住の日本人向け日本語フリーペーパーなどに、ビザランを請け負う怪しい会社がいくつも広告を出しているのだ。
 このビザラン業者には、なぜか韓国系が多かった。だから参加者も韓国人が中心で、朝飯はキムパなのである。

 

02

別のビザランツアー主催者の一味には、なぜか白人の姿も……

 

 

タイ政府と国際ニートたちの攻防

 

 グレーゾーンで暮らす外国人たちを乗せたバスは、一路東に向かう。道中での乗り降りはないので速いもんである。3時間ほどでカンボジア国境が近づいてくる。
 かつてビザランの聖地といえば、この連載第1回で紹介したポイペトだった。多くの業者がひしめく過当競争の時代があったのだ。しかし、目立ちすぎるとお灸をすえられるのがタイの掟。頻繁にポイペト国境でビザランを繰り返している輩には、警告が出るようになった。
「今回は許してやるが、次はもうないぜ。この国境からのタイ入国、お前さんはこれで最後だ。正規の(観光ではない、長期滞在できる)ビザを取ってきな……」
 ノービザや観光ビザでの滞在は、あくまで旅行者向けのもの。何か月も何年も、お前はいったいなにをやっているのか。不法に就労しているんじゃあるめえな……と疑われ、ハジかれてしまうのである。
〝誰でもカンタンに滞在更新ができます!〟と謳っている業者はアセッた。政府の号令のもとに引き締めがかかると、ワイロも効かない。これでは会社の信用にも関わる……そこで、違う国境を目指したのである。国境が変われば管理も変わる、ボスも変わるし法の運用も変わる。
 次に業者が殺到したのはラオス国境だった。ビエンチャン、サワンナケート……この2都市には、タイ領事館もある。だからタイの観光ビザも取得できる。ダブルの観光ビザを取ってくれば、延長分も含めて半年はタイでゴロゴロ暮らせると、ニートどもが飛びついた。
 しかしこちらもポイペト同様、ダブルビザが取れずシングルだけに規制されてしまったり、何度もビザを取っていると発給してくれなくなったりと、厳しくなりつつある。いまではミャンマー国境を利用する業者も出てきている。
 こうしてタイ政府と国際ニートのイタチごっこは続いているわけだが、どこかに抜け穴を用意してくれるのがタイ人の優しいところだ。
 この日、僕たちが向かったのは、タイ南東部チャンタブリー県の果て、カンボジア国境バンレムだった。このポイントはなぜか、厳しい取り締まりもなく、ヌルいままなんである。

 

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ドブのような小川が国境線となっている

 

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カンボジア側にはカジノが一軒。タイ人客を当て込んだのだろうが、閑散としていた

 

 バスを降りると、雨季の嵐だった。猛烈なスコールの中、タイ側のイミグレーションに出向く。オーバーステイでもしていない限り、出国で揉めることはない。あっさりとスタンプが押されて、タイを出る。「Bang Laem」と出国地点が併記されたスタンプがちょっと嬉しい。はじめて通過する国境なのだ。
 イミグレの外には業者が待っており、参加者のパスポートを集めはじめた。あれ、カンボジアに入るんじゃないの……?
「ここでちょっと待っててください」
 示されたのは、タイ出国オフィスの前の、ロビーのようなベンチ群。どやどやと座り込む参加者たちを横目に、業者はパスポートの束と書類を抱えて、雨の中カンボジア側に駆け出していった。
 僕はせっかくだからと傘を借りて、国境近辺をまわってみた。が、寂れた市場と、客のまったくいない潰れかけた国境カジノがあるだけだった。数あるカンボジア国境でも、とりわけなにもない場所だ。
 20分ほど待ったろうか。業者は戻ってくると、パスポートを繰って参加者の名前を呼び上げはじめた。手もとに返ってきたパスポートには、カンボジアのビザのシールが貼られ、出入国それぞれのスタンプも押印済みなのであった。カンボジアのイミグレーションにはいっさい足を踏み入れておらず、書類も書いていないしビザ用の写真も提出していないのに、カンボジアに入国して出国した扱いになっている。業者とカンボジアの役人が癒着しているのだ。どう考えてもイリーガルであろう。
 こうして再びタイに舞い戻ったビザラン底辺たちは、バスに乗り込んで半日国境ツアーを終え、昼過ぎにはバンコクに帰着する。バス代、ビザ代、キムパと水の料金合わせて、当時は2000バーツ(約6000円)だった。自力で行くよりいくらか高いくらいなので、お得だったと思う。

 

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カンボジア側の道は、州都バッタンバンにつながっている

 

 あやしい韓国系手配師の主催するツアーに参加して滞在延長を繰り返し、バンコクのボロアパートで食っちゃ寝の自堕落な生活を送っていた僕だが、このままではいけないと一念発起、現地の日系企業に就職をした。これがけっこうなブラック企業だったわけだが、その話はまたおいおい披露させていただこうと思う。
 僕が日本に帰国してから、ビザランはずいぶんと厳しくなっている。2013年にクーデターを起こした軍部が政権の座についてから、とくにこの傾向は強まっている。ノービザ30日滞在も、陸路の場合は15日間と制限され、何度も繰り返していれば入国拒否されるケースもあるという。
 だがしかし、それでもタイにしがみつき、しぶとく暮らし続けている日本人もいる。ニートでもダメ人間でも生きていける、懐の深い国なのだ。僕も日本で食えなくなったら、またタイに逃げ帰ろうと思っている。


 

*国境の場所は、こちらの地図→「越えて国境、迷ってアジア」をご参照ください。

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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