沖縄にも暮らす 二拠点生活の日記

沖縄にも暮らす 二拠点生活の日記

#04

二拠点生活の日記 Jul.12 – 20 2020

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文と写真・藤井誠二 

 

2020

 

7月12日 [SUN]

 

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 飛行機のなかで『復讐するは我にあり』をものすごく久しぶりに観る。若い時の佐木隆三さんが売春旅館の客として出演していた。空港について安里に荷物を置いて、安里三叉路にある台湾屋台料理店「agu bao」で普久原朝充君と深谷慎平君と合流。千ベロ(飲み物二杯+生キャベツとつまみ一品)から始まり、三人とも腹が減っていたので、どんどん注文。豚の大腸と搾菜、生姜の千切りを塩味で炒めた「生姜モツ炒め」が絶品。芋焼酎のロックを注文するとジョッキになみなみと入れてくれるので、通常のロックの三杯分はある。深谷君が「これはロックではなくパンクですねえ」とか言っているうちに、数杯おかわりしてしまい久々に泥酔。勢いがついてしまい栄町場内まで歩いて「タンドリーバル・カルダモン」へ。腹パンパンなので、一人前だけミールスを注文した。このあたりから記憶がまだらになっていて、深谷君がひとりでそれをかきこんでいる姿だけ覚えている。そのままベッドに倒れ込んだ。久々に睡眠導入剤なしで寝ることができた。

 

 

7月13日 [MON]

 

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 蝉のけたたましい鳴き声で目を覚ました。うちのバルコニーのどこかでも鳴き声が聞こえる。至近距離の蝉の合唱というのは爆音みたいだ。ここに居を構えた頃は目の前に広大な邸宅があり、敷地内には赤瓦の古家屋もあり、巨木も十数本あってちいさな森のような風景でぼくは気に入っていた。しばらくはエアコンなしで網戸だけで閉め、扇風機をまわして過ごしていたから、蝉のけたたましい鳴き声がそれはそれはすごかった。いまその土地には建物が建ってしまっているので、当時に比べるとかなり蝉の音量はちいさくなった。二日酔いで夕方までダウンしていたが、ふと冷蔵庫を開けると買った覚えがない鮪の刺身が入っていた。そうだ、よく思い出してみると昨日、カレーを喰ったあとにスーパーに寄って島豆腐などといっしょに買いこんだんだった。夕刻ぐらいまで、ごろごろと寝ころがっていたが、夜になってようやく腹がへったので鮪丼にして食べる。ひめゆり平和祈念資料館の館長・普天間朝佳さんの人物ルポの原稿を深夜まで書く。玄関を一歩も出ず。

 思えば、ぼくが沖縄に引き寄せられて行ったのは犯罪被害者遺族の取材や支援を長期にまでわたっておこなっていたこともある。2005年に起きたパチンコ帰りに歩いていた塾経営者を自衛官の男がカネ目当てで傘を突き刺すなどして襲い、相手を死亡させたという事件。遺族が全国の犯罪被害者のネットワークに所属していて知り合った。その後、ぼくは彼女が主宰する自助グループの会に事務局長的な立場で関わり、毎年全国各地から遺族や専門家を招いて問題提起を集会でおこなった。その過程で知り合ったのが、2010年にうるま市で起きた8名の中学生にリンチを受けて亡くなった中学生のシングルマザーである。まだ30歳そこそこの女性だった。事件は連日、新聞の一面で報道された。最初は加害者の少年たちは小屋の屋根から誤って落ちたと供述していたのだ。しかし、そのような幼稚な嘘は警察官たちはすぐに見抜いた。傷の様子からすぐに他殺だとわかったからだ。報道は日に日に少なくなったが、ぼくは取材や支援を続けた。遺族といっしょに沖縄少年院に入ったことがある。加害者の少年たちの何人かが入っている。少年院側はその少年と遺族が顔を合わせないように、細心の注意を払った。グラウンドで楽しそうに野球をしている少年たちを見て「加害者はこんなふうに生活をしてすぐに出てくるんですね」と涙ぐんでいたことが忘れられない。加害者の何名かの親が家に謝罪に来る場に同席したこともある。母親たちは喪服で来て泣いていたが、父親は仕事着のまま着て押し黙ったままだった。

 前者の事件のルポは『アフター・ザ・クライム』(講談社)という単行本に、後者の事件は『「少年A」被害者遺族の慟哭』という小学館新書に収録した。いまは遺族の活動は休止しているが、この事件の長い期間にわたる取材を通じて、沖縄社会のどろどろとしたありさまをいやというほど見た。

 

 

7月14日 [TUE]

 

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 島豆腐や島野菜、島豚を炒めて喰いながら、続きの原稿をひたすら書く。仲宗根政善さん(元引率教員)の『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』、伊波園子さん(元ひめゆり学徒)の『ひめゆりの沖縄戦━少女は嵐のなかを生きた』などの単行本や、資料館の年鑑資料、インタビューなどを読み返す。ゴミを捨てにいく以外は部屋を出なかった。

 

 

7月15日 [WED]

 

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 午後から栄町場内。ドキュメンタリー監督の松林要樹さんとジャン松元さんと待ち合わせ。松林さんを取材・撮影。あまりに暑いので最近よく行っている「agu bao」へ駆け込む。ビール二杯とつまみで千円。松林さんは子どもの送迎のためモノレールの駅へ、ジャンさんは会社へ。ぼくだけ店に残った。誰もいない、なぜか照明はついてない。一人でぼんやりと台湾のポップスを聞きながら表の通りを眺めていた。野菜たっぷりの焼きそばを食べて帰ろうとしたら、「明日で店を閉めます。家族で台湾に帰るんです」と店のスタッフの若い男性が告げた。えっ? とぼくは声を出したが、じゃあ元気でね、と短い言葉しかかけられなかった。コロナのせいなのか、他に事情かあるのか。

 

 

7月16日  [THU]

 

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 朝起きてから冷蔵庫にあるもので自炊して、引き続き原稿を書き、取材した資料を読み込む。精神科医の蟻塚亮二さんの『沖縄戦と心の傷━トラウマ診療の現場から』を付箋をつけながら再読。夕方になり土砂降り。アメリカ映画『ハクソー・リッジ』を遅ればせながら観る。実話に基づいたメル・ギブソンの映画。第二次世界大戦の沖縄戦で衛生兵として従軍したデズモンド・T・ドスの実体験を描いた。デズモンドは沖縄戦で多くの人命を救ったことから、「良心的兵役拒否者」として初めて名誉勲章が与えられたという。「ハクソー・リッジ」とは、沖縄戦において、浦添の南東にある「前田高地」という日本軍陣地のことだ。日米双方に相当な死者が出た急崖の激戦地で、ほくが『沖縄アンダーグラウンド』で取材した売買春町の真栄原新町は戦後、このすぐ近くに形成された。すさまじい肉弾戦はたしかに描かれていると思うが、あくまでデズモンドの英雄譚なので、沖縄戦の別の側面の残酷さ━民間人が日米の軍隊の犠牲になっていく過程等━などはまるで省かれていた。

 

 

7月17日  [FRI]

 

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 午後まで仕事をして散歩がてらジュンク堂まで歩く。森本浩平店長と書評家の宮城和博さんと喫茶店でゆんたく。新入り店員の森弘一郎さんがぼくが読むであろう沖縄ローカルの隔月刊誌「琉球」(琉球館)の2020年7月号をプレゼントしてくれた。そのあと森さんと栄町「おとん」で合流。芋焼酎を舐めていたら常連さんが次々とやってくる。有田芳生参議院議員と、ジャーナリストの大先達・二木啓孝さんがあらわれて盛り上がる。帰りにスーパー「りうぼう」で食材を買い物して帰宅。

 

 

7月18日  [SAT]

 

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 午前中に深谷慎平君にクルマでむかえにきてもらい、宜野湾市の佐喜眞美術館へ。「沖縄の縮図 伊江島の記録と記憶」展を見に行った。ここに来るのは、ぼくが沖縄に通いだした頃以来だ。一部返還された普天間飛行場の用地に1994年に開館した。だから美術館の周りはほとんど飛行場基地の鉄鎖で囲まれている。丸木位里・俊夫妻による巨大な「沖縄戦の図」を見に行った。伊江島といえば阿波根昌鴻さんだが、ここに展示されている写真は当時、島に一台しかないと言われた二眼レフカメラで本人が撮りだめたものの一部である。上陸してきた米軍の殺戮と土地の強制接収に対して果敢に闘った闘士であっただけではなく、島で生きる人々を記録する写真家でもあったことを思い知らされた。

 先日東京でも沖縄を表現した、二つの展示を見に行った。森山大道さんが復帰前に沖縄に数日間だけだが滞在して撮った写真を、神保町にできたばかりのギャラリーの「スーパーラボ ストア トーキョー」で見た。ぼくが前に仕事場を構えていた場所のすぐ近くだった。『沖縄S49』という森山さんのモノクロ作品だけの写真集も買った。多摩美術大学の美術館でアーティストのTOM MAXこと真喜志勉さんの個展「Turbule 1945-2015」にも行ってきた。トークショーには家族も来ておられた。会場で写真家の岡本尚文さんとフリージャーナリストの渡瀬夏彦さんらにお会いした。

 真栄原の古書店「ブックス じのん」に寄って取り置きしておいたもらった沖縄発の言論雑誌「越境広場」1号から6号を買った。その他にも『沖縄の近代教育』(安里彦紀)、持っていなかった佐野眞一さんの『てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎』と沢木耕太郎さんの『バーボン・ストリート』の初版本、東峰夫さんの『オキナワの少年』も初版本を格安で入手。『鉄血勤皇隊』(大田昌秀)と『いくさ世を生きて 沖縄戦の女たち』(真尾悦子)、『追悼・仲宗根政善』も買った。「じのん」は沖縄関係書籍の小宇宙である。

 

 糸満市のひめゆり平和祈念資料館へ向かう。途中、たまたま見つけた糸満市座波の「食事処 おかあさん」で沖縄そばとジューシー。美味しかった。ひめゆり資料館で普天間朝佳館長に短いインタビューをした。

 いったん帰宅して栄町で深谷君と飯を喰いに出ることに。二木さんも合流されるので席が空いている店をさがす。せっかく二木さんがいらしているのでどんどん河岸を変えていこうということになり ━二木さんとぼくはTBSラジオ同じ番組(曜日違い)や大阪のテレビ番組でも同じ番組(こちらも曜日ちがい)でコメンテーターやレポートをしていたことがあり、長いお付き合いなのだ。で、深谷君は沖縄移住前はラジオで二木さんの担当アシスタントディレクターを長くつとめていた━ 「ルフージュ」でかるく一杯やって、すぐに「おとん」と「ブーシェ」を渡り歩いてやはりかるく飲み、一品だけ喰う。二木さんがタクシーに乗ったあと、深谷くんと「ももすけ」で一杯だけ飲んで帰る。二木さんが「おとん」で知り合った九州出身の女性と、じつは二木さんも鹿児島に子どものころ住んでおられたらしく、博多弁で話しているのがなんだが微笑ましかった。微笑ましいなんて古希の先輩にすみません。

 

 

7月19日  [SUN]

 

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 起きて、オクラや納豆、なめこ、豆腐などのねばねば飯を自炊。今日もずっと原稿書き。書評用に貴志謙介さんの『1964 東京ブラックホール』を読み始める。

 

 

7月20日  [MON]

 

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 那覇空港に早めに着いて、いつもの売店で弁当を買う。今日はかつカレー弁当。飛行機のなかで、『DISTANCE』(ディスタンス)という是枝裕和監督の2001年公開の映画を見る。着想はやはりオウムの一連の事件なのだろうか。カルト教団「真理の箱舟」が無差別殺人を起こし、4人の加害者の遺族はその命日に教団のあった山奥に集まる。実際にはそのようなことはありえないと思うのだが、これはエンターテイメント。何が犯行の要因なのか、加害者遺族当人たちも煙に包まれたような、思考停止状態の意識のまま日常にかえっていくさまに妙にリアリティを感じてしまった。

 

 

 

*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/seijifujii1965)でご覧いただけます。

 

 

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藤井誠二(ふじい せいじ)

1965年名古屋生れ。ノンフィクションライター。2006年から沖縄県那覇市の中心部に仕事場を構え、東京都世田谷区と二拠点生活を送っている。著作は50冊以上。沖縄関係の著作は『沖縄アンダーグラウンド  売春街を生きた者たち』(講談社)、作家の仲村清司氏と建築家の普久原朝充氏との共著で『沖縄オトナの社会見学R18』(亜紀書房)、『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』(双葉社)がある。『沖縄アンダーグラウンド  売春街を生きた者たち』は、2018年に第5回「沖縄書店大賞」沖縄部門で大賞を受賞。

 

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