アジアは今日も薄曇り

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#03

台湾〈3〉廬山温泉、梵梵野渓温泉

文・下川裕治 写真・廣橋賢蔵 

山深い廬山温泉へ

 警光温泉から南下していく。やがて台中に入り、そこから眉渓という川に沿って中央山脈に分け入っていった。ふと見ると、道の脇に埔里箱根という看板を目にした。

「温泉マークがあるし、あえて箱根と名づけたんだから温泉じゃないですか」

 案内役の廣橋賢蔵さんは、台湾の全温泉に浸かることをめざしている。こうして走っていると、唐突に温泉が現れる。避けて通るわけにはいかない。ここが温泉地としてチェックできなかった理由もわかった。埔里箱根のオーナーはこう説明してくれた。

「20年ほど前に突然、温泉が出たんです。だからこのあたりには、民宿も含めて3軒の温泉しかない。温泉地というほどになっていないんですよ」

「だったら埔里温泉っていう名前にしませんか」

 と畳みかける廣橋さん。全温泉に入るということは、温泉地をつくることでもあるらしい。こういうことでいいんだろうか。

 埔里箱根に入らせてもらった。さっぱりとしたいい湯だった。

 そこから一気に山に入っていく。前回紹介した霧社を通り、廬山温泉をめざす。

 温泉が出たところがある反面、廃止されていく温泉もある。そのひとつが廬山温泉だった。台中周辺で訊いたところ、もう廬山温泉はないという。あれほど有名だった温泉が消えてしまったのか。廣橋さんは確認したかったようだった。

 廬山温泉を廃泉に追い込んだのは水害だった。2008年、台風がもたらした増水で、廬山温泉は甚大な被害を受けた。この温泉は台湾では有名な温泉だった。山に囲まれた深い谷に500軒を超える温泉宿があった。

 日本でもそうなのだが、雰囲気のある温泉地は、斜面に温泉宿がへばりつくように建っているところが多い。水害や土砂崩れが起きやすいのだ。

 廬山温泉も同じだった。将来も危険を抱えているという判断から、政府は廬山温泉の廃止を決定する。埔里近くに代替地を用意したが、そこはただの平地。山深い温泉という雰囲気はない。温泉宿のなかには、政府の決定に従わないところもあるという話だった。

 霧社から急な坂道を車はくだり、谷底をめざす。温泉の入り口に出た。

「ん?」

 そこには客引きのおじさんが立っていたのだ。

「廬山温泉がもうないっていうのは風評。200軒近くが営業してます」

 しかし半分以上の宿が去った温泉は寂しい。土産物屋やカフェも扉を閉めているところが目立つ。しかし温泉宿代は安かった。ひとり600元。台湾の民宿並みにさがっていた。安いことにすぐ反応してしまう僕は、

「ここは狙い目かもな」

 などと思っていた。

 

峠を越えて梵梵野渓温泉をめざす

 翌朝は標高3275メートルの武嶺という峠を越え、梵梵野渓温泉をめざした。

 標高2000メートル近くまであがったところに、食堂が並ぶ一帯があった。見ると雲南料理店が多い。彼らはここで商売をはじめたようだった。

 台湾にはミャンマーで生まれ育ち、雲南省からやってきた中国人が3万人ほどいるといわれる。彼らは元々、中国系の人々だった。戦乱から逃れるようにミャンマーに渡る。しかしその後に成立したミャンマーの軍事政権を嫌って再び中国へ。そして台湾の情報を中国に送るという命を帯びて台湾にやってきた。スパイである。中国と台湾の軍事対立が時代の話だ。

 彼らはもともと山のなかで暮らしていた。台湾でもそういう土地に愛着をもったのかもしれない。高原の雲南料理は、台湾でも少しずつ知られるようになってきているという。

 武嶺から一気に茶畑の間を走る道をくだった。めざしたのは梵梵野渓温泉のある英土村。先住民の世界である。野渓温泉というのは、河原に湧出する温泉。日本では野湯などとも呼ばれる究極の露天風呂である。

 温泉に入ったのは翌朝だった。村の人に訊いて向かったのだが、途中から道がわからなくなった。とにかく草の生い茂る河原を進む。きちんとした道があるわけではない。しばらく草をかきわけていくと、梵梵渓という川に出た。そこがキャンプ場になっていた。そこを越え、河原を少し歩くと湯だまりがあった。

 これが野渓温泉?

 河原で水着に着替え、そろり、そろりと湯に入る。寝起きの体に温泉がしみ込んでいく。崖の下から湯が湧いていた。そこに川の水を流しいれて適温にしている。

「野渓温泉……これはいい」

 湯に浸かり、周囲の山々を眺めながら呟いていた。しかしここで味をしめたばかりに、野渓温泉のとんでもない世界に入り込んでいくことになる。そのあたりは次回に。

 

IMG_7678英土村の売店。ご主人が日本人というおばさんが日本語で温泉への道を教えてくれたのだが

 

IMG_0802温泉への道。これが唯一の案内板

 

梵梵野渓温泉の入浴シーンを。後日、廣橋さんが日本人を案内したときの撮影です


 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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