韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#03

仁寺洞、北村に続くソウルのレトロタウン

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かつての韓国らしい町並みに出合える益善洞

 ソウルで懐古趣味を満足させる街というと、長らく王座に君臨していたのは仁寺洞(インサドン)だろう。かつては表通りに書画骨董を商う平屋の伝統家屋が連なり、路地裏には作家たちが個展の打ち上げに使うような渋い酒場が点在していた。しかし、2004年、表通りに大きな商業ビルがオープンしたのを皮切りに、化粧品やカフェのチェーンが次々にでき、いまや第二の明洞(ミョンドン)になってしまった。

 かつての仁寺洞の役割は、そこから北上した三清洞(サムチョンドン)や北村(プクチョン)へと移っていった。いまや、そのあたりは中国人や台湾人、日本人が大挙して押し寄せている。

 かつての仁寺洞のような、韓国らしさが残る町並みにはもうソウルでは出合えないのだろうか? とお嘆きの韓国旅行リピーターのみなさん、心配ご無用。じつは仁寺洞のすぐ近くにいいところがある。その名も益善洞(イクソンドン)。

 韓国旅行関係サイトの地図で仁寺洞をクローズアップすると、仁寺洞の東側(右方向)に地下鉄5号線の鍾路3街駅が見つかる。益善洞はその北側(上方向)一帯だ。

 ソウルが京城とよばれていた日本植民地時代、清渓川(チョンゲチョン)を挟んで北側(北村)は朝鮮人居住区で、南側は日本人の居住区だった。京城の人口が増えると住宅の問題が発生したため、朝鮮人の開発業者は没落した両班(貴族階級)たちが住んでいた伝統家屋を買い取り、そこに韓洋折衷の家を建てて分讓した。今、北村韓屋村と呼ばれ、国内外の観光客に人気の嘉会洞(カフェドン)、桂洞(ケドン)、三清洞あたりがまさにそのエリア。当時は今でいうマンションを買う感覚で、中産層に人気があった。益善洞にはその韓屋団地のなかでも初期(1920年代~)に建てられた家屋が多く残っている。

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 5号線鍾路3街駅の3、4、5、6番出口のある通りは、大衆酒場や食堂が並ぶおじさん天国で、その路地裏にはモーテルの灯がちらほら。夜は少々いかがわしい地域のように見えるかもしれない。しかし、通りの北側の路地から益善洞エリアに入ると、ネオンの少ない、枯れた韓屋街が広がっていることがわかる。

庶民の生活感あふれる韓屋、料亭文化の名残……

 まずは、3番出口と4番出口の中間に位置する『浦項食堂』(ポハンシクタン)で、この時期もっとも美味しいクァメギ(サンマの半干し/写真)を肴に一杯やってから、益善洞に侵入しよう。

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 益善洞の韓屋の多くは小さな庭を囲むようなコの字型やL字型の構造で、1軒1世帯の場合もあれば、1軒を2、3世帯でシェアしている場合もある。

 このあたりの路地は少しずつ表情が違う。灰色のブロックが敷かれている道もあれば、灰色の中に赤や緑色のブロックが混った道もある。その路地の両側には、ぬくもりのある木の門を構えた屋敷が向き合っている。百年近い経年を感じさせる黒みがかった門もあれば、歳月の跡を消すかのようにペンキで塗り替えられてしまった門もある。〇〇文化村と名づけられ、統一規格で再開発された観光地とちがい、不統一だが、生き生きとした庶民の生活感がここにはある。大都会の真ん中にこんな路地裏が残っているなんて。ソウルもまだまだ捨てたものではない。

 路地にあるのは住宅ばかりではない。くまなく歩くと、韓服の店や伝統楽器店、占い師の家も見つかる。この一帯は60~80年代には料亭街として知られ、政治家や実業家、そして日本人観光客がよく利用した。そこには韓服姿で歌舞音曲を披露する芸妓、キーセンがいた。彼女たちが着るチマチョゴリを作る韓服店ができ、彼女たちを慰める占い師が店を出し、伴奏をする奏者のための楽器店ができた。

 90年代に入ると接待文化が様変わりし、料亭の多くが消えたり、韓定食店に商売替えしたりした。益善洞にわずかながら存在する韓定食店、韓服店、楽器店は益善洞の料亭文化の名残りなのだ。

 

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益善洞の裏通りに現れ始めた新しい店

 最近、益善洞の路地に小さな変化が起きている。従来の韓屋を改造し、住宅ではなく、カフェ、バー、アクセサリーショップ、ブティック、ギャラリー、ゲストハウスとして活用する動きが出ているのだ。オーナーは“韓国らしさ”にこだわり、静かな路地裏風景に惚れこんでしまった人たちがほとんど。このあたりでは何度も再開発の話が持ち上がったが、そのたびに先送りになったことが、彼らの商機となったようだ。

 そんな店のひとつである『シンムル』(植物)は、益善洞の裏通りでもひときわ目立つカフェ&バーだ。オーナーは写真家。空間配置、インテリアなど、枯れた味わいの町にあえて前衛的なデザインを持ち込んだ例だ。

 

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 一方、若者をターゲットにして、韓屋を大胆に改造しながらも、この街のもつ枯れた雰囲気を生かした店づくりをしているのが、『コブギ・スーパー』。全羅北道・全州の名物であるカメク(雑貨店→居酒屋へと主客転倒した店)という業態をソウルの路地裏で再現した店で、若いオーナーが全州風に炙り焼きしてくれる(写真右)。干しタラやポテトチップなどの袋菓子をつまみながら一杯やるのが楽しい。

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  静かな路地にカフェやバーの灯りがぽつぽつともる益善洞。その灯りのひとつひとつに吸い寄せられたり、離れたりしながら静かに歩く。路地裏散歩は少しさびしいくらいがちょうどいい。これがあまり進み過ぎると、仁寺洞や北村と同じことになってしまう。数年後に「第2の益善洞は?」などというコラムを書かなくてすむよう、秘めやかな発展を望みたい。

 

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*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。auポータルサイトの朝日新聞ニュースEXでコラム「韓国!新発見」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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