旅とメイハネと音楽と

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#03

トルコ・カッパドキアのフェス「Cappadox」取材記〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

泊まっていた宿で音楽家のララージに出会った

「Cappadox」初日の朝、日本との6時間の時差ボケで朝早くに目がさめてしまった僕は、ホテルの地下にあるハマムでひとっ風呂浴びて、同じ宿に泊まっているモントリオールのポストクラシカルのバンド、エスメリンのメンバーとともに中庭で宿の自慢の朝食を食べていた。

 すると、アウトドアジャケットにカーゴパンツ、肩にかけたかばんにウールのキャップまで全てオレンジ色で統一した姿の黒人男性が芝生のテーブルに一人で現れた。アメリカ人のアンビエント~瞑想音楽家のララージじゃないか! 今回出演することは知っていたけれど、まさかこの宿に泊まっていたとは!

 

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今回の宿『Kale Konak Hotel』の自慢の朝食セット。これで一人前!

 

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モントリオールのバンド、エスメリンのメンバーと朝食

 

 前回に書いたとおり、僕はCappadoxの開催が発表された段階でプレス申請を行っていた。だが、出発の直前までパンパンに仕事をつめていたので、出演するアーティストすら知らないままに現地まで来てしまった。出演アーティストやタイムテーブルを含むフェスの詳細はスマホのアプリになっていて、もちろんダウンロードしていたが、文字が小さすぎたので、あまり見る気がしなかった。いや、忙しすぎてチェック出来ないのなら、あえて誰が出演するか知らないままフェスに挑み、本番直前に知って、その場で驚きたい。知らないアーティストに出会うのもフェスの楽しみとも言えるし……そんな天の邪鬼な思いもあったかもしれない。しかし、ぶっつけ本番、行き当たりばったりの行動が良い方向に働くこともあるが、当然マイナスに働くこともある。その失敗については次回の原稿で書こう。 

 ララージは往年のロック・ファンならご存知だろうが、1980年、ブライアン・イーノがプロデュースした作品「Ambient3: Day Of Radiance」で世界デビューを果たしたエレクトリック・ツィター(ドイツやオーストリアで用いられる小さな琴状の弦楽器)奏者。1960年代のニューヨークでコメディアンとして活躍していたが、ヨガやヒンドゥー教に出会い、音楽家に転向。古道具屋で見つけたツィターにディレイやリバーブなどのエフェクターをつなぎ、独自のチューニングや奏法を開発し、不思議と心休まる音楽を生み出した。1970年代末にニューヨークの公園で演奏していたところを、ブライアン・イーノに見出され、アンビエント音楽の演奏家として注目された。1990年代には細野晴臣とも共演を果たしている。その後、彼は常にアメリカのヨガ~瞑想のシーンと密着した活動を行い、現在までに二十を超えるカセットテープのアルバムを発表し続けている。

 僕は朝食を済ませた彼に近づき、1994年に東京で行われた彼のライブを見ていたと話しかけた。そのまま、しばらく彼の近年の活動について伺っていると、宿の飼猫が彼のテーブルにそろそろと上ってきて、テーブルの上に組んだ彼の腕の間に入り、身体を丸めて眠り込んでしまった。彼が身に着けているオレンジ色の服は太陽の波動を表しているとのことだが、猫はそれに反応したのだろうか。

 

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朝食の席で出会った音楽家のララージ。話をしていると宿の猫が腕の中へ……

 

 

洞窟ホテルで瞑想音楽、奇岩を背景にポストクラシカル

 午後5時から、宿から徒歩10分の距離にある高級洞窟ホテル『Argos』の一角の会場にララージの演奏を聞きに行った。会場は200人ほどがらくらくと入れるだろう岩を穿った洞窟。古代のキリスト教徒が集会場として使っていた場所とのこと。集まった150名ほどの観客を前に、ララージは木の枠に吊るした直径40cmほどの円形のゴング(鐘)の表面を、マレットでこすり始めた。次第に金属の共鳴音が「ボワ~ン」と膨れ上がってきて、洞窟の中で不思議な反響を生み出した。

「ボワーン」という通奏音が響き続ける中、ララージはゴングの表面をこすり、叩く。すると、金属の倍音がその場で変化していく。通奏音はお腹に響き、倍音は耳や頭蓋骨を刺激する。実に気持ち良い音楽、というよりバイブレーションだ。ゴング演奏に続いては、得意のエレクトリック・ツィター、そして親指ピアノを使って、木漏れのような不思議な音のシャワーを紡ぎだす。そして、自ら鳴らした音と、その音が洞窟内部で引き起こす残響、その双方を耳で確かめながら、ゆったりと一時間、演奏を行った。

 朝に聞いた話では、彼は自分の音楽の向かう先について、聖書の冒頭に「はじめに音があった」という言葉とともに登場する「宇宙の音の波動」、ヒンドゥー教でいう「オーム」、ヨガの用語でいう「ナーダム」にあると言っていた。僕は瞑想やヨガには関心はないが、古代のキリスト教徒が迫害を逃れて共同生活した場所で体感するララージの音楽は、東京やニューヨークの立派なコンサート会場で聞くより、彼の意図に近づいた音に思えた。

 

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バイブレーションに満ちたララージのゴング演奏

 

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エレクトリック・ツィターから音のシャワーが紡ぎだされる

 

 午後6時過ぎには、やはり宿からそれほど遠くないウチヒサル農園で、同宿のバンド、エスメリンが僕の友人のハッカンをゲストギタリストに迎えて演奏を行った。

 来た坂道を上り、さらに下り、城塞の裏側にある農園へと向かった。会場に近づくにつれ、チェロやヴァイオリンの音が遠くから聞こえてきたが、音のする方向に進んでも、行き止まりの道ばかりでなかなか会場に辿りつけず、行ったり来たりを繰り返す。やっとのことで山の中腹に開けた農園にたどり着くと、幸い演奏は始まったばかりらしかった。500人ほどの観客が芝生の上で好き勝手に陣取り、音楽を楽しんでいる。ステージの近くまで下ると、友人のアイリンやイスタンブルから来た別の友人たちが芝生に寝そべっていた。

 

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エスメリンを観にウチヒサル城砦の裏側にある農園の会場へ

 

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会場に向かう道から村が一望できた

 

 エスメリンはチェロ奏者レベッカ・フーンとエレクトリック・マリンバ奏者のブルース・コードロンを中心に、ドラムス/ヴィブラフォン、ヴァイオリン/コルネット、コントラバス/エレキベースという編成で、室内楽をハード&ミニマルに演奏し、ポストクラシカルのバンドとして国際的に注目を集めてきた。近年はトルコやバルカンの音楽を取り入れ、イスタンブルでも公演を行っている。

 マリンバによる短いフレーズの繰り返しの上で、チェロやヴァイオリン、エレキギターなどがそれぞれに異なる色あいのフレーズをのせ、一曲をゆったりとジワジワ展開していく。そして、次第に音が荒々しくなり、ヘビーロックやシューゲイザーのような轟音のクライマックスに至る。

 西洋的すぎるメロディーと、歌がないインストゥルメンタル演奏はトルコ人にアピールするだろうか? そんな心配は無用だった。Cappadoxの主な客層は30代以上。その多くはイスタンブルやアンカラからわざわざにやってきたインテレクチャル層だ。日本人の僕たち同様に普段から西洋音楽のジャズやクラシック、ロックにも親しんでいる。それでも、エスメリンの演奏で一番盛り上がったのは、トルコの9拍子のリズムを取り入れた曲ではあったが。

 ステージの背後にはカッパドキアの奇岩が広がり、夕暮れの一刻一刻と色を変えていく空にエスメリンのミニマルな音が溶け合っていく。エスメリンは日本ではほとんど知られていないが、アイスランドのポストロック・バンド、シガー・ロスやスコットランドのモグワイのファンには受け入れられるはずだ。

 

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室内楽をハード&ミニマルに演奏するエスメリン。国際的にも注目されている

 

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ウチヒサル城塞から眺めた夕暮れのカッパドキア

 

 

カッパドキアでフェスを始めた理由とは?

 エスメリンの演奏終了後、ウチヒサル城塞の会場で、Cappadoxの主催者でトルコを代表するコンサート制作会社ポジティフ・プロダクションの代表、アフメト・ウルーに再会し、話を聞けた。

 

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Cappadoxを主催するポジティフの代表、アフメト・ウルー

 

「ポジティフは1989年にイスタンブルでアヴァンギャルドなジャズのコンサートを開く所から始まった。その頃から自然に囲まれたカッパドキアでフェスを行うというアイディアはあったんだ。しかし、僕たちは常にイスタンブルでの仕事に追われていた。そして、僕の亡くなった兄、メフメトが五年ほど前にカッパドキアを訪れ、Cappadoxのプロジェクトをスタートした。その後、兄が病気で亡くなり、いったん宙に浮いてしまったんだ。その後、一昨年の暮れになって、兄の遺志を継いで、Cappadoxを開くことにした。それからの半年はとんでもなく忙しかったよ。そして、昨年(2015年)の5月に第一回を開催した。合計で5000枚のチケットが売れ、2000人のお客さんが集まった。

 全ての機材はイスタンブルから持ち込んだ。でも、最初は僕たちはこの地域のことをまったく知らずにいた。夜は寒いし、天気も刻々と変わる。お客さんの多くもそれまでカッパドキアに来たことがなかった。それでもお客さんは自分たちで飛行機を予約し、宿を手配してここまで来てくれた。

 Cappadoxは外国人アーティストとトルコ人アーティストを半々にしている。ポップスやロックはあえて避けて、ジャズ、ワールドミュージック、クラシックが中心だ。静かでアトモスフェリックで、アーティスティック、そして質の高い音楽を選んでいる。

 そして、Cappadoxは単なる音楽フェスではなく、現代美術の展覧会、地元の美食、ヨガや野外アクティビティーなどを含めた総合フェスでもある。音楽を楽しむだけでなく、Cappadoxを通じてカッパドキアを知ってもらいたいんだ。

 トルコには素晴らしい場所がいくつもある。もしかしたらカッパドキアではなく、エーゲ海で開いても良かったのかもしれない。でも、やはりカッパドキアは神秘的で、特別な地形と美しい景観があり、マジカルなフィーリングがある。トルコ人にとって特別な場所であり、ここに来ると人は感覚がオープンになるんだ。

 今年はテロのせいで、外国からのお客は減ってしまったけれど、これからも毎年、続けていくよ。だから、来年は日本人をもっと連れてきてくれよ」

 

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ウチヒサルの村中心にあるCappadoxのチケット売り場

 

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チケット切りのアルバイトはイスタンブルの女子大生たち

 

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ポジティフのフェスに皆勤賞のSun Ra Arkestra

 

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ウチヒサル中心部のバーBabylon Cappadoxも毎晩盛り上がる

 

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Cappadoxの会場レッド・ヴァレーへ至る山道。結構な上り下り

 

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カッパドキア名物の陶器作りワークショップ

 

(Cappadox取材記、次回へ続く)

 

 

トルコの揚げ物、ムジュヴェルを作ろう

 今回のレシピはイスタンブルの惣菜屋の店頭でやたらと目にする揚げ物、ムジュヴェル。ズッキーニをすりおろして、たっぷりのディル、白チーズとともに卵と小麦粉でまとめ、油で揚げただけ。白チーズの塩分だけで味付けは十分。ズッキーニが旬のこの季節にぜひ!

 

■ムジュヴェル

【材料:4人分】

ズッキーニ:大1本(250~300g)

玉ねぎ:1/2個

ディル:1パック

スペアミントの葉:少々

卵:2個

白チーズ:100g

胡椒:少々

小麦粉:150g

揚げ物用オリーブオイル(またはサラダ油):適宜

ヨーグルト:300g

塩:小さじ1/2

乾燥スペアミント:少々

【作り方】

1.ズッキーニは皮をむき、チーズおろしでおろす。玉ねぎもすりおろす。

2.ヨーグルトはキッチンペーパーを敷いたざるに入れ、30分ほど水を切ってから、塩で味付ける。

3.ボウルに1、2、刻んだディル2/3量とスペアミントの葉、卵、白チーズ、胡椒を加えてよく混ぜ合わせる。

4.3に小麦粉を加えてさらに混ぜ合わせる。

5.揚げ物鍋にオリーブオイルを熱し、4を大さじ山盛り一杯ずつを落とし入れ、キツネ色に色よく揚げる。

6.お皿に盛りつけ、上から③のヨーグルトをかけて、残りのディルをふりかけて出来上がり。

 

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イスタンブルでおなじみのお惣菜、ムジュヴェルの完成!

 

 

*フェス「Cappadox」の情報はこちら→http://www.cappadox.com/en

 

*7月7日から8月31日まで、東京・渋谷の『Cafe BOHEMIA』にて「世界を”食”で旅する。美しい料理と写真展 ~Summer Trip to Middle East~ Photo by サラーム海上 / 櫻井めぐみ」が開催されます。中東の旅と料理の写真展示のほか、開催期間限定でお店のメニューに中東料理「ホモス」「ビーツとミントのペースト」「ピヤズ(白いんげん豆と玉ねぎのサラダ)」「ヤズ・サラタス(西瓜とミントと白チーズのデザートサラダ)」も登場します。ぜひ訪れてみてください! イベント詳細は『Cafe BOHEMIA』のフェイスブックをご覧ください→https://www.facebook.com/bohemia.shibuya/

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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