日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

#03

テッポウで撃たれる~『アラコヤ』

文・仲村清司

 

 

 大学時代、哲学を専攻していたので小難しい文章を読むのは苦にならない。むしろ、実践知・理論知、主知主義・主意主義といった、やたら難解な語句が頻出するほうが解読したいという意欲が沸くタチである。

 ところが、『アラコヤ(新小屋)』の品書きを目にしたときは、我が純粋理性はたちまちのうちに思考停止に陥った。

 テッポウ、コブクロ、ガツ芯、リードヴォー、リップ、のどべら、のどがしら、ふえがらみ……。それらが内臓のどこかの部位であろうことはわかるのだけれど、臨床経験のない医者が、いきなり腑分けの現場に立ち会わされたようなもので、何をどう注文してよいのかお手上げだった。

 那覇市栄町社交街、通称「交番通り」にあるこのお店、そもそも店頭の提灯に大書されている「シャルキトリー」という語句からして意味不明であった。

「シャルキトリー(charcuterie)は、フランス語でいう豚肉の加工食品のことです。わかりやすくいえば、ハムやソーセージ、テリーヌなどの総称ですね」

 同行していた本連載の共著者・藤井誠二さんが解説してくれたが、ホルモン焼きの店になぜフランス料理があるのか、腑分けならぬ腑抜け状態の僕の頭はいよいよ混迷の度合いを深めていったのである。

 

 

「人生は豚足だ!」とまで言っていたが、実は……

 

 僕はこれまで沖縄の豚肉文化について、その独特の風土や歴史を繰り返し書いてきた。ある本では「人生はチマグー(豚足)だ!」と主張し、料理研究家とあますところなく豚について語り尽くす対談までさせていただいた。

 そのせいか、世間の人たちは僕が豚肉に精通し、好物だと思い込んでいるようだ。

 が、ここで白状すると肉類は総じて苦手で、とりわけ豚肉は「嫌豚(ケントン)」という域まで達している。

 理由は単純明快で、子どもの頃に豚肉を食べ過ぎたからである。当時の僕は週末のたびに熱を出すような病弱な体質で、ガリガリにやせていた。あるいは、いまでいう拒食症の気もあったのかもしれない。

「このままでは人間にならん!」

 これが虚弱な孫を嘆く祖父の常套句だった。こうして僕の体質改善は始まった。祖父の強制命令で沖縄の伝統料理が常食になり、豚肉が僕の精力剤になったのである。その頃、親戚が大阪近郊の伊丹市で養豚業を営んでいて、肉にはいささかも困らなかった。

 拳骨大ほどの大きさもある足テビチ(豚足を煮込んだ汁)やソーキ汁(豚のあばら骨を煮込んだ汁)、皮付きの三枚肉の煮付けが主食と化した。僕は文字通り肉漬けになった。

 とはいえ、ただでさえ食の細い清司少年(僕のことです)である。そんなゴテゴテの豚肉料理を食えるはずがない。僕は食事のたびに姿をくらまし、見つかると速攻で逃げた。

 むろん、食べさせる側も負けてはいない。祖母や親は少年を追っかけ回し、退路を断つやいなや鼻をつまんで肉を口に入れて食べさせたのである。

「敵はこちらが泣こうがわめこうがいっさい無視。食べ終わるまでお茶も飲ませないという体勢で臨んでいたので、いやでも食べなければならなかった」(『沖縄オバァ烈伝』双葉文庫より)

「とにかく体を作るために、僕なんかは母親や祖母から羽交い締めにされて、食べさせられましたから」(『沖縄うまいもん図鑑』双葉文庫より)

 とまあ、こんな具合でいつしか僕は「人間」に成長したのだけれど、肉だけはトラウマになった。

 

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沖縄の重箱料理と三枚肉の煮付け。子どもの頃、僕はこんな料理ばかり食べていた。

 

 話が逸れたが、つまるところ、そういう多難な人生行路を経て、僕は藤井誠二さんに出会うことなったのである。藤井さんはホルモンに関する本をすでに二冊上梓されている肉の大御所である。沖縄の豚肉事情やホルモン業界についても詳しい。「肉」の碩学といってもいい。

 その頃、僕たちにはある出版企画の話が持ち上がっていた。そのうち、「飲み食いしながら打ち合わせしましょう!」という展開になることは火を見るより明らかだった。 

 となると、当然のことながら肉を集中的に食わせる店になるだろう。間違っても「ウマイ魚を食べに行きましょう!」とはいわないだろうなあと思った。

 藤井さんは肉を食うだけでなく肉を語ることにも精力的な人で、肉で英気を養うとはこういう人のことなのかと、会うたびに思い知らされていたからだ。

(まずい人と知り合った……)

 不安が僕の頭をかすめた。

 そうして、案の定、飲み食いすることになり、藤井さんはいささかも迷わず店を指定してきた。それが『アラコヤ』だったのである。

 

 

『アラコヤ』初訪問。「ここにきたら、まずテッポウです」

 

 藤井さんは僕が豚の内臓にも精通していると確信していたらしく、メニューを見て混乱する僕にたいそう驚かれたようである。

「実のところ内臓は砂肝とレバーぐらいしか知りません」

 正直に告白すると、彼は目を見開いて、言葉に詰まった。

「仲村さん……、それって焼き鳥ですよ」

 これまで知ったふうな口を利いて沖縄の豚肉文化を語ってきた僕が、「肉」の碩学の軍門に降った瞬間である。

「ここにきたら、まずテッポウです」

 藤井さんはそういいながら部位のいちいちを解説してくれた。腸ひとつとっても、ヒモ(小腸)、シロ(大腸)、テッポウ(直腸)など部位によってそれぞれ名前があり、同じ大腸でも肉を割かず、管状にぶつ切りにしたものをシロコロと呼ぶという。

 といっても、豚の内臓は20種近くもあって、部位ごとに味、歯触り、匂いは違っているし、タレや味付け、裁き方、調理法によっても風味や食感がまったく異なるものになる。なので、一度食べたくらいで覚えられるものではない。

 このことはホルモンを食べる旅を重ねるなかで実感していったのだが、その過程で重要な事実を思い知らされることになった。

 僕は人一倍どころか、倍以上の豚肉を食べ、文字通り「豚で始まって豚でおわる」食生活を体験してきたはずなのに、それはほんの一部の部位でしかなかったということである。

 要するにロース、ヒレ、バラ肉、モモ、肩ロース、スペアリブ、足といった外側の精肉はよく食べていたが、内臓肉については「未食」に近かったということだ。

 いや、もっと正確にいうなら沖縄の豚肉にも「ナカミ」とよばれる部位がある。漢字を当てると「中味」「中身」となり、そのものズバリ、内臓を意味する。これを吸い物にしたものが「中味汁」、炒めたものが「中味イリチー」で、僕もよく食べさせられた沖縄の伝統食である。

 こうした料理を引き合いに出して、「沖縄では豚の鳴き声以外は全部食べる」といわれている。が、はたして本当にそうなのか。

 藤井さんは『三つ星人生ホルモン』(双葉社)で、このように断言している。

「実は内臓食のバリエーションはそれほど多くなく、鳴き声以外は食べるというのは一種の比喩にすぎない」

 ご指摘のとおりである。前述したナカミとは胃や腸をいっしょくたにした、いわば混在肉で、地元のスーパーでは一つのパックにされて販売されている。

 それがために当の沖縄の人であっても、どれが胃なのか、大腸・小腸なのか、どこから先が直腸なのか、理解している人はほとんどいないといっていい。

 あるいはもっといえば、冒頭でふれた「のどべら」「のどがしら」「ふえがらみ」といった喉の気管や軟骨などの部位は、肉の専門店でも目にしないし、沖縄の伝統料理につかわれることもない。

「木を見て森を見ず」という俚諺があるが、「木」を精肉に例えると、20種類近くもある「内臓の森」は豚肉王国・沖縄でも見えていなかったというべきか。

 ともかくも、現在の沖縄では内臓料理といえば「中味汁」や「中味イリチー」くらいしかなく、地元の人もそれだけの料理で豚肉のすべての部位を食べている気分になっていたのである。

 

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沖縄の内臓料理の定番、中味汁の定食。

 

 

初体験、テッポウのお味は……!

 

  さて、藤井さんおすすめのテッポウである。豚の直腸にあたるこの部位は、切り開いた形が鉄砲の銃床に似ていることからついた名前らしいが、排泄物の出口にあたるため、独特のくさみがあるという。

 ──ということはクソの匂い?

 表面がうっすら焦げた白い肉片をおそるおそる咀嚼すると、それらしき匂いがドーンと口中に広がった。僕はさらに咀嚼した。

 噛めば噛むほど肉本来のコクがその臭みとワイルドに相まって、やがてほんのりとした甘みが舌を包む。痛烈なばかりの快感といおうか、舌はひくひく打ち震えることで、肉の旨みに応えている。

 ──こ、これはたまらん!

 あっという間に平らげてしまった。が、素朴な疑問が浮かんだ。直腸を含め、胃腸の部位はこれまで中味汁などで何度も食べているはずなのに、風味も食感もまるで違っている。

 僕が抱いているナカミの印象はきわめて淡泊で、こう言っちゃ何だが、味のないガムを噛んでいるような感覚だった。事実、中味汁は明鏡止水の境地を椀のなかに表すかのように、一点の油膜もないほど澄み切っている。

「違いはそこなんですよ。腸壁の脂が甘みと旨みを引き出しているのです」

 藤井さんは誇らしそうにいった。沖縄ではナカミを下処理の段階で、小麦粉でもみ洗いし、さらに何度も湯洗や水洗いをして臭みを抜く。しかも、その過程で脂も徹底的にしごき落とす。

「淡泊な味になるのは当然ですね。でも、ホルモン焼きにするときはそれでは物足らない。逆に適度な脂がのっていないと肉の旨みが伝わってこないのです」

 なるほど。ということは、ホルモンは脂をいただく料理?

「いや、直火であぶるので脂は溶けて落ちます。なので、脂を上手に残しつつ、落ちた脂でいぶされた煙で肉に香ばしさをまとわりつかせて……」

 鰻の蒲焼きは「串打ち三年、割き八年、焼き一生」というが、ホルモン焼きも焼き手の技術がものをいう料理なのだそうだ。

 その後、藤井さんは他の部位も次々と注文し、僕は焼き上がる尻から間髪容れずに食らいついていった。

 

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『アラコヤ』のテッポウ(タレ)と、のど気官軟骨系。

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もつ焼のメニュー。テッポウにオッパイ……!?

 

 焼きを担当する店主の松川英樹さんの姿も実にいい。職人にありがちな過剰な熱意を表に出さず、ひたすら火と肉に向き会っている。

 てきぱき仕事をこなしている合間に店を始めたきっかけをうかがった。

「東京でもつ焼きを食べてそのうまさに感動したのです。沖縄にはただでさえ良質な豚肉があるのに内臓料理は少ない。これを食べないのはもったいないと思って……」

 こだわりは鮮度。内臓は精肉よりも傷みやすい。しかも、劣化すればするほどよけいな臭みが出てくるので、自分で納得できる肉しか使えないという。なので、早々に売り切れご免になる部位も多い。

 なかでもテッポウは一番人気ということだが、藤井さんは松川さんが独自に開発した「テッポウの塩煮込み」は日本一の味だと言い切った。僕もいささかの異論はない。煮込みの概念を覆した汁まで飲み干せる天下一の逸品である。

 その旨さについては藤井さんの著書(『一生に一度は喰いたいホルモン』双葉社)や鼎談(『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』)にすでにあますところなく書かれているので、それらの記事を参照されたい。

 

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『アラコヤ』の「テッポウの塩煮込み」は日本一の味!

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『アラコヤ』店主の松川さん。

 

 ところで、ホルモンといえば即座にホッピーや焼酎に走りたくなるが、アラコヤはワインも充実している。合わせる肴は冒頭で紹介したシャルキトリーだ。

 伊江島産の生ハム、豚の血とホルモンのパテ、コラーゲン豚足のテリーヌなど、いずれも自家製。これも松川さん自身が丹念に手塩にかけた芸術品といっていい逸品だ。

 店は女性客が多い。時の過ぎるのを忘れてしまいそうなこうした繊細な料理が豊富にそろっているからだろう。

 

 以来、僕も足繁く『アラコヤ』に通うことになるのだが、いまや予約必至の人気店で、待たされることの方が多くなった。

 沖縄の人たちにとってモツ焼きはつい最近まで「内地発」の外来の味だった。でも、いまは郷土の味としてしだいに定着しつつある。

 土地の文化や価値は外からの刺激で深度や多様さを増していくというのが僕の持論だが、アラコヤは沖縄の食の生活史にその事例をしっかりと刻んだ革命的な店といえるだろう。

 正直、僕は精肉については定量一杯の観が抜けていないが、内臓肉はまだまだ容量に空きがある。

 今後はたとえ天に召されようとも、黄泉の国から追っかけてでも食べに出かけるような好物になっていくに違いない。

 

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 内臓肉に開眼!

 

 ところで先日、アラコヤに出向いたら、テッポウが超人気で、仕入れが追いつかず串焼きは一人一本の「配給制」になっていた。そのあおりで「テッポウの塩煮込み」は当面品書きからはずすとのこと。他の串焼きも午後9時に売り切れになることもあるようだから、幻の味に出合いたい向きは開店直後を狙うほかなさそうだ。どうやら沖縄の人たちもついに内臓の旨さに本格的に開眼したようである。

 

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 那覇の栄町にある居酒屋『新小屋(アラコヤ)』。ぜひ訪れてほしい。

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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