ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#03

チロル村のクリスマス

文と写真・田島麻美

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風光明媚なタッペイナーの道

 メラーノの教会の裏山から、お隣のチロル村まで約4kmに渡って続く散歩道があると聞いて足を伸ばしてみることにした。ツーリスト・インフォメーションのお姉さんの話では、「軽い散歩コースよ。スニーカーで全然オッケー!1時間半ぐらいでチロルに着くわ」とのことだったので、気楽な気持ちで出かけた。
 教会の裏にある石の階段を登りきると、メラーノの旧市街が一望できる。幸いお天気は上々、12月だというのにちょっと歩くと汗ばむくらい暖かい。オーストリア国境に近く、周囲は2000mを超える高い山々に囲まれているにも関わらず、道の崖側にはユーカリやマグノリア、様々な種類の竹、果ては南国のサボテンまで元気いっぱいに生い茂っていて、なかなか奇妙な眺めである。民家らしき山小屋風の建物があったり、葡萄の段々畑があったり、高い山々と渓谷のパノラマを眺望できたりと、バラエティに富んだ散歩コースだ。
 案内所のお姉さんが言った1時間半はとっくに過ぎたが、チロル村はまだ先。途中、カフェで渓谷のパノラマを楽しみつつシュトゥルーデルとエスプレッソでエネルギーを補給し、村へ向かって歩き続ける。

 

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「タッペイナー・プロムナード」と呼ばれるハイキングコースは医者で植物学者のタッペイナー氏の発案で作られた。独特の気候環境により、地中海沿岸など暖かい地域特有の植物もすくすく育っている。

 

 

チロル城のクリスマス・イベント
 

 

 出発から2時間以上かかってようやくハイキングコースを脱出。「Tirolo」の標識を見つけ、やっとチロル村に着いたかと思いきや、村の中心の広場はまだ先だということが発覚した。コースの終点からアスファルトの道路脇の登り坂を歩くこと約20分、ようやく広場に辿り着いた時は息も切れ切れだった。そこで思い至ったのだが、案内所のお姉さんはしっかり地元・南チロルの人。彼女にとっての「軽い散歩道」は、私にとっては登山にも等しいのだということを最初に考慮しておくべきであった。広場でへたり込みそうになっていた時、軽快な鈴の音を鳴り響かせながら、美しいチロル風のデコレーションが施された馬車がやってきた。かわいい! 乗りたい!
「この馬車はどこまで行くの?」 羽のついたチロル帽をかぶった御者のお兄さんに尋ねると、「お城と広場を無料で往復してるんだよ。次の出発は30分後。でも大した距離じゃないから歩いた方が早く着くよ。お城ではもうじき音楽隊の演奏が始まるし、サンタクロースも来るから急いだ方がいいよ」。
 音楽隊、サンタクロースと聞いて心は決まった。馬車にも乗りたかったが、これは帰路のお楽しみにとっておくことにして、覚悟を決めると再び歩き始めた。

 

 

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小さなアルプスの村のクリスマスを盛り上げていたチロル風の馬車。素朴な村のツリーは、街路樹のもみの木に付けられた生のリンゴと赤いリボン。

 

 

 チロル城へ到着。高い山と渓谷の真ん中に突き出た岩の上に建つお城は、遠くから眺めるととてもロマンティックな風貌で、おとぎ話に出て来るお城そのもの、と言ってもいい。きっとお城の中でもムード満点のイベントが繰り広げられているんだろうなぁ、と想像しつつ、頑丈な石造りの門をくぐった。
 出迎えてくれたのは、素朴なラッパのマーチ。人だかりをかき分けて進んでみると、羊飼いのような衣装をまとったおっさんらの楽隊が不思議な形のラッパを吹き鳴らしていた。パッパラパッパラパー。私が想像していたロマンティックなクリスマス音楽には程遠いにぎやかさではあるが、チロルのムードは満点なので良しとしよう。

 

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崖の上に浮き上がるように建つチロル城。周囲の自然とのハーモニーがとても美しい。チロルの民族衣装に身を包んだラッパ隊。

 

 

ランチはお城の屋台村で

 

 当初の予定では、午前中タッペイナーの道を歩き、チロル村に着いてからゆっくり郷土料理のレストランかビヤホールで昼食を取るつもりでいた。ところが、うっかりしていたがこの日は祝日で、ランチタイムに開いているレストランはほとんど見当たらなかった。イベントに惹かれてお城まで来たものの、周辺にはバールが一軒あるのみ。朝から歩き続けてお腹はペコペコだったが、かと言ってここまで来てバールでパニーノでは寂しすぎる。
落ち込んでいた時、民族衣装を着た太っちょのおじさんが、湯気の立つ巨大なホットドックを嬉しそうに運びながら脇を通りかかった。
「ちょ、ちょっと、すいません! それ、どこで買ったの?」私の顔をチラッと見ると、おじさんは得意満面の笑顔でお城の中庭を指差して言った。
「美味しいものがいっぱいあるよ!」。天にも昇る気持ちで中庭へ向かって駆け出した。
 小さなお城の中庭には、10軒ほどの屋台が並んでいる。名物のホットワインと生ビール、シュトゥルーデル、ホットドックはもちろん、ホカホカのスープやブレッツェルまでよりどりみどり。メニューをじっくり検討し、丸パンの中をくり抜いた容器に本格ウィンナーソーセージと野菜を煮込んだシチューがたっぷり入った一皿をゲットした。熱々、美味い!

 

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12月から1月初旬のクリスマス・シーズン、チロル城内ではコンサートやマーケットなど様々なイベントが開催されている。郷土料理のパン・シチューは屋台料理とは思えないほど美味だった。

 


 

山奥の小さなお城探検

 

 あったかくてボリューム満点の屋台ランチでようやく一心地つき、腹ごなしに城内を探検することにした。
こんな小さな山奥のお城だし、外観は綺麗でも中身は空っぽなのでは? と偏見を抱いていた私は、中に入って恐縮した。城内にある礼拝堂は特に素晴らしく、中世時代のものと思われるかなり古いフレスコ画が残っている。重厚な木の天井、どっしりとした石の柱には緻密な彫刻がびっしりと施され、思わず圧倒された。
 城内は決して広くはないが、各部屋のアーチ型の窓際や柱、木製の渡り廊下など、どこも贅沢で上品に装飾されていて、この城の主人の教養の高さがうかがえる。
 真っ黒な高い山々を背景に、黄色やオレンジなど色とりどりの木々、その下に収穫を終えて次の春を待っている葡萄の段々畑が谷の底へ向かってなだらかに広がっている。窓から見渡すこの美しい風景を、中世時代にここで暮らした城の主人も見たのだろうか。そしてクリスマスにはこの石造りの小さな礼拝堂で、どんな祈りを捧げたのだろうか。静かな礼拝堂のキリスト像の前で、千々に思いを巡らせた。

 

 

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チロル城は12世紀に建てられたチロル伯爵の居城。チロル伯爵はこの城を拠点にイタリア、オーストリアにまたがって国を築いた。現在、「チロル地方」と呼ばれるアルプスの領域がそれである。

 

締めくくりは、サンタクロースの祝福で

 

 城内探検を終えて外へ出ると、真っ赤なマントが目に飛び込んできた。サンタクロースだ!金髪の可愛い天使を両脇に従えたのっぽのサンタクロースに会おうと、子供たちが行列を作っている。サンタは一人一人に祝福の言葉を与えると、天使が抱えた籐籠から、真っ赤なりんごとお菓子が入った袋をプレゼントしている。並んでみよう。
わさわさと群がる子供たちに混じって私もサンタに近寄って行った。ようやく目の前に来て、いざ祝福を授けてもらおうと微笑んだ時、のっぽのサンタは低い声でこう言った。
「シニョーラ、子供だけだから」。
 お菓子の袋は仕方がない。でもせめて祝福の言葉だけでも、と思っていたのに。
 ロマンティックなクリスマスを求めてはるばるチロルの村のお城までやって来た私は、善良なチロルの人々の前で恥を晒し、とぼとぼと行列から身を引いたのであった。

 

 

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子供たちにはサンタクロースから手作りのお菓子とりんごのプレゼントが配られた。

 


 

 

 

*この連載は2017年1月からは毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は1月12日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

 

 

 

 

   

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