韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#02

庶民の酒肴、干しタラの世界

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 前回紹介したソウルの神田、乙支路3街の大衆ビアホールでは、干したスケソウダラがつまみの主役を張っていた。だが、タラはありふれた魚だから、日本人にはピンとこないかもしれない。そこで、韓国におけるタラの存在感にもう少しふれてみる。

名前の多い魚

 イナダ→ワラサ→ブリなど、日本でも成長段階や地域によって名前が変わる魚が少なくないと聞く。では、韓国でもっとも名前の多い魚は何か? それはまちがいなくミョンテ(明太=スケソウダラ)だろう。私たちは冷たい海に分布するこの白身魚を干したり、凍らせたり、塩漬けにしたりして食べている。その保存方法によって名前が変わる。さらに、大きさ、釣り方、季節によっても名前が変わる。なかなかややこしい。

 大枠で言うと、冷凍していないものは生太(センテ)、完全に凍らせたものを凍太(トンテ)、海風にさらして完全に干したものを北魚(プゴ)、半干しをコタリ、幼魚を干したものをノガリ、そして冬場、昼夜の温度差が激しい半島北部で干し、昼解凍→夜冷凍を繰り返したものを黄太(ファンテ)という。

 あまりに名前が多く、その定義について酒席で議論、いや酒肴になったりする。“味のニシン、なじみの明太”といわれるほど、韓国人の食卓によく上がっているミョンテは、その名の数ほどいろいろな料理法で食べられてきた。

 冬の冷たい風が吹き始める頃、体を暖めてくれる生太湯(スープ/写真)、二日酔いの胃腸を癒してくれる北魚クッ(スープ)、ビールの友であるノガリクイ(焼き物)、衣をつけて焼いた凍太ジョン(チヂミ)、醤油味で煮たコタリチム、辛いタレを塗って焼いた黄太クイ、ご飯泥棒ともいわれるミョンランジョ(辛子明太子)など。

 

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母の干しタラ、冬

 北魚は季節にかかわらず海風で60日ほどかけて完全に干したもの。私が子供の頃、我が家の屋根裏には木串に刺された北魚が何尾もぶらさがっていた。冬になると、母は父が好きだった北魚ムクッ(タラと大根のスープ)をよくつくった。屋根裏部屋に上がって北魚を取り出してきた母は、石のまな板の上でミイラのような北魚を棒で叩き割った。タンタンタンタンタンタン! その迫力は韓国の人気ミュージカル『ナンタ(乱打)』さながらだった。

 母のナンタで硬かった身は少しずつやわらかくなっていく。皮や骨を取り去った身をゴマ油で軽く炒め、旬の大根を入れて煮たスープは、韓国料理=激辛のイメージをもっている人には意外なほど淡白な食べ物だ。

 母がこの世を去った今は、その懐かしさをソウル市庁の裏手にある『武橋洞プゴクッチプ』で慰めている。この店は40年間プゴクッ(写真)だけを出し続けている。日本からの旅行者を何十人も案内しているが、美味しいと言わなかった人はいない。みなさんも二日酔いの朝、ぜひ出かけてみてほしい。

 

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母の干しタラ、夏

 母は夏、暑くて食欲がないときも屋根裏部屋から北魚を取り出してナンタをしてくれた。しばらくすると、細かく裂いた北魚の身とコチュジャンをのせたごはんに水をかけたものを載せた丸いお膳が運ばれてきた。母はコチュジャンをつけた北魚の身をつまみながら、水かけごはんをお茶漬けのようにサラサラやるのが好きだった。それは娘の私にも受け継がれた。ただし、私は水かけご飯の代わりに酒杯を空けることが多いのだが。

 北魚は叩いてこそ本来の旨味が出るという。冬の項で書いたように、私の母の世代は二日酔いの夫のために北魚を叩いてスープをつくった。タンタンタンタンタンタン! 北魚は飲んだくれの夫に向かう妻の怒りを、我が身を犠牲にして受け止めてくれたのだ。男たちは北魚に感謝しなければならないだろう。

 北魚叩きは身を食べやすくほぐされたもの(プゴポ/写真)が出回るようになってから、なかなか見る機会がなくなっている。
 

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吹雪の中で美味しくなる干しタラ、黄太

 “軒先で明太を干す 明太はかちかちに凍りつく 細くやつれて青白い明太のしっぽに長い氷柱が下がっている 日が暮れかかり日差しは恨めしいほど頼りない 私も青ざめた明太のようなもの 凍って胸に長い氷柱ができた”

 分断前の北朝鮮出身の詩人、白石(1912~1995)の詩の抄訳だ。寒風吹きすさぶ咸鏡道の軒先で凍結→解凍を繰り返し、明太から黄太に変わっていく様子を描いた詩だ。それを自身の境遇に投影している。

 咸鏡道地方は明太の産地だ。その厳しい自然が明太を黄太に生まれ変わらせる。朝鮮戦争のとき、咸境道避難民は故郷の自然環境と似ている江原道の山間地帯に黄太の干し場(トクチャン/写真)をつくった。それが今でも韓国最大の黄太生産地として機能している。年末に向かって干し場は忙しくなる。私も一度観に行ったが、数百万尾の明太が寒風に耐えながら黄太に生まれ変わろうとする壮大な眺めだった。その風景をとらえようと自ら明太のように雪の中にたたずむ写真家も少なくない。

 

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 人の手仕事+自然の助けがあってこそ低脂肪・高たんぱくで黄色味を帯びたいい黄太ができあがる。まさに天の恵み。その身は北魚のように叩かなくてもやわらかい。干し場がある町には黄太の焼き物、汁物など多彩な料理を出す食堂がある。旬は暖かい春。これからさらに厳しい寒さを迎え、どんどん美味しくなっていくのだ。

全州の大衆酒場、とっておきの黄太

 全羅北道の全州市には独特な酒場、カメクがある。雑貨屋が店先で酒を飲ませているうちに、雑貨屋と飲み屋の比重が逆転した業態だ。そのカメクの名物が黄太焼き(ファンテクイ)。店内の練炭の火でていねいに焼いて出す。叩いて繊維を砕いているせいだろうか、その身を割ると粉が吹く。口に含むと旨味がふわ~っと広がる。同時に粉になった身が口中の水分を一気に奪っていく。そこにビールを流し込む。今度は白ゴマが浮かんだ醤油ベースの辛いタレにつけて食べてみる。淡白な黄太がタレを吸って濃厚な旨味を出し、またビールが欲しくなる。

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 これを書いているうちにソウルに初雪が降りた。干しタラもいいが、近所のスーパーで凍太と豆腐を買って来て、唐辛子を加えて辛く煮た凍太湯(トンテタン)をすすりたくなった。酒はもちろん焼酎だ。

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回は1月8日配信予定です。お楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。auポータルサイトの朝日新聞ニュースEXでコラム「韓国!新発見」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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