東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#02

ミャンマーのジャンピングトレイン〈前編〉

文・下川裕治

辺境路線に乗ることができる…

 ふたつの朗報が重なった。2014年の4月、ミャンマーの列車の外国人料金がなくなった。おそらく同じ時期だと思うのだが、ミャンマー南部のダウェイからヤンゴンまでの列車に、外国人も乗ることができるようになった。
 ミャンマーの列車には、外国人料金があった。社会主義系の国々のお家芸ともいえる方法だった。ミャンマーの場合は、ドル払いに限定され、一時はミャンマー人の10倍近い運賃をとられた。最近は3倍ほどの運賃設定だった。つまり、この制度がなくなり、一気に3分の1の運賃になったのだ。
 ミャンマーには、外国人が立ち入ることができないエリアがある。少数民族との問題だった。130を超える民族を抱えるミャンマーは、中心部に住むビルマ族が周辺に住む少数民族を軍事力で抑えてきた。当然、少数民族は反抗する。独立後、延々と続く戦闘は、双方に憎しみの連鎖すら植えつけている。2011年に、ティン・セインが大統領になり、軍政から民政に変わった。その後、少数民族との和解は進んではいる。
 以前、ヤンゴンから南に行く路線で、外国人が乗ることができたのはモーラミャインまでだった。それがダウェイまで延びた。このエリアに住むカレン族との和解が成立したことを示していた。
 運賃が安くなり、外国人を拒んできた路線に乗ることができるようになった……。
 心が動いた。
 しかし躊躇もした。
 ミャンマーの列車の辛さを知っているからだった。20年ほど前だろうか。ヤンゴンからマンダレーまで列車に乗ったことがあった。そのときはじめて、ミャンマーの列車の揺れを経験した。体は左右にゆさゆさ揺れ、ときおり、ジェットコースターが一気に下降するような浮遊感に似た縦揺れに襲われた。あの揺れをどういったらいいのだろうか。乱れた気流のなかに入った飛行機が、歩くことができないほど揺れるときがある。その状態が延々と続くといえばいいだろうか。
 線路の修復が置き去りにされているようだった。波打つ線路を老朽化した車両が走る。欧米人の間では、ジャンピングトレインと呼ばれていた。
 あの列車に乗らなくてはならない。

 

揺れに耐えていると、今度は枝パンチに襲われる

 ダウェイ発は朝の6時だった。始発駅はひとつ手前のダウェイポート駅で、5時40分発である。発車してそう、2分ほどでその揺れはやってきた。進むにつれ、揺れは大きくなっていく。線路のメンテナンスは、相変わらず放置されたままだった。
 スピードは30キロほどだろうか。それ以上速く走ると脱線してしまうのだろう。速度が遅いから、揺れもゆったりしている。
 しかし揺れる。列車の動きに体を預けようとする。このほうが楽なのだ。ヤンゴンまでの運賃はアッパークラスで1万150チャット、日本円で1000円ほどである。たしかに安くなった。以前なら安い普通クラスの席にしたかもしれないが、丸1日乗って1000円なら……とアッパークラスにした。座席は特急列車のようで、リクライニングもある。
 しかし揺れる。1時間ほどゆっさゆっさという動きに体を任せていると、気分が悪くなってくる。そしてこのアッパークラスを選んだことを翌朝、後悔することになるのだが……。
「痛ッ」
 それは突然のパンチだった。喉のあたりに一撃を食らってしまった。喉をさすりながら、慌てて窓際から離れた。
 枝だった。
 この区間は1日1本の列車しか走っていない。線路の周りは亜熱帯の樹木が生い茂っている。列車が頻繁に走れば、その木々の枝が伸びることを防ぐ気がする。いや、日本のJRなら、保線職員が伸びた枝を切る。いや、もし列車に冷房が効いていれば、窓を閉めるからなんの問題もない。つまりそういう条件が重なって、窓際に座っていると、枝パンチを食らってしまうのだ。
 太さが2~3センチの枝が、車体に押されてしなり、開け放たれた窓の際で、揺れに耐えている乗客を襲うのだ。この直撃を受けるとかなり痛い。
「窓際、危険ですよ」
 と中田浩資カメラマンと会話を交わす。しかし窓から離れると風が弱まり、かなり暑い。水田地帯を走っているから大丈夫だろう、と窓に近づいていると、思わぬところに木々が生えていて、額あたりをパチーンとやられる。直撃されると眼鏡が壊れてしまうような気がしてはずしていてよかった……などと額をさすりながら呟くことになる。
 午後2時頃、イエに着いた。速度は遅く、脇道を走るバイクに追い抜かれるほどだが、運行は意外に正確だった。ここでヤンゴン行きに乗り換えることになる。
 すでに列車は入線していた。乗り込むと、座席や荷棚に蜘蛛の巣が張っていた。いったい何日、この車両はイエ駅に放置されていたのだろうか。その間に、座席には夥しいダニが繁殖していることを僕は知らなかった。(つづく)

 

*写真・中田浩資

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回は1月14日配信予定です。お楽しみに!

 

*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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