越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#01

タイ・アランヤプラテート~カンボジア・ポイペト

文と写真・室橋裕和

サギ師の群がる国境を越えて、アンコールワットを目指す

 

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 国境線となっている河は、ジャンプして飛び越えられそうなほどの狭さだ。その上を渡る小さな橋で、タイとカンボジアは結ばれている。

 

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 タイ側の立派で近代的なイミグレーションを抜けると、とたんに世界が荒っぽくなる。リヤカーに大量の荷物を載せた男たちが怒声を上げて行き来する。カンボジアの物品をタイに輸出するのだ。手をさしのべて切ない表情を浮かべる浮浪児もまとわりついてくるが、油断してはならない。ときおりスリに豹変するのである。
「俺タクシーなんだ、女のところにでも行かねえか」と話しかけてくるウサン臭いやつもいれば「カンボジアのビザ、まだだろ。俺は格安でビザを取れるんだぜ」とつきまとってくる男もいる。もちろん正規料金よりはるかに高いビザ代をフッかけられることになるのだが、恐ろしいことにビザ自体はホンモノなんである。役人がビザのシールと情報を横流ししているのだ。
 正規のビザ発給所は、橋を超えた先。クメール遺跡を模した国境ゲートがあるが、これをくぐって右手にひっそりと佇んでいる。まるで「なるべく横流ししたビザを買ってくれ」といわんばかりである。

 

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「失礼しまーす……」
 オフィスに入れば数人の欧米人バックパッカーが、なにやら係員にまくしたてられている。「な、面倒だろ。俺がぜんぶ書類を書いてやるから。ひとり100バーツ(約320円)でいいから」公務員からしてこれである。
 彼らがつかまっている間に僕は書類を窓口からひったくると、一気に必要項目を記入した。パスポート番号や発行・失効日、国籍に入国目的に……仕事だのカンボジアの宿泊先だのは、適当でいい。誰も調べやしない。怒涛のように書き上げたビザ申請用紙の美しさとスピード。国境マニアをナメてはいけない。出入国書類の記入スキルについて、僕の右に出る者はいない。用紙とビザ代30ドル(約3300円)、顔写真を窓口に提出すると、すぐにビザのシールがパスポートに貼られた。この際にワイロの露骨な要求をされる旅行者もいるのだが、敵は僕のパスポートを見てあきらめたに違いない。そこには20数枚のカンボジアビザが貼ってあるのだ。不慣れな一見とはワケが違うのである。
 いかにスマートに国境を越えるか。それはマニアのこだわりのひとつであろう。

 

 

国境はカジノタウンだった!

 ここはタイ~カンボジア間のいくつもある国境のなかで、最も人とモノの行き来が多い大動脈だ。タイ側の街はアランヤプラテート、カンボジア側の街はポイペトだ。タイの首都バンコクからバスやロットゥーという乗り合いバンで3~4時間の距離にある。陸路で世界遺産アンコールワットに向かう旅行者も多く、外国人観光客にも知られた国境ポイントである。
 タイ人にとってはカジノタウンだ。タイ人、とくに中華系の人々はバクチ好きなのだが、国内では競馬や宝くじをのぞいて賭博は違法。そこで隣国の出番となる。タイを取り囲むカンボジアやラオス、ミャンマーでは国境地帯にカジノをつくり、タイ人を誘致しているのだ。ポイペトもそのひとつで、およそ10軒のカジノホテルが営業している。リヤカーや物乞いや怪しい客引きに混じって、各ホテルのフリー送迎車が走り回る、なんとも奇妙な街なのだ。

 

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 週末ともなれば一勝負しにきたタイ人でイミグレーションもカジノも大混雑する。ハマッている日本人駐在員も多い。大勝した人はポイペトでリムジンを仕立ててバンコクに帰ったりもするらしい。反対に負けた人のための質屋や、どう見たってこわそうな金貸しもあちこちで営業している。
 ちなみにカジノの従業員は地元カンボジア人で、その点では地域の雇用に貢献しているようだ。
 そんなカジノを右に左に眺めながら歩いていくと、カンボジアの入国事務所がある。だが、ひどい行列だ。しかも遅々として進まない。カンボジアの入国時には写真撮影、指紋採取があってただでさえ時間がかかるが、この日は窓口がひとつしか空いていなかった。
「なあ、あんた。俺なら速攻で裏から通してやるぜ。200バーツ(約640円)でいい」
 イライラしていることを見透かされたのか、明らかな不審者が話しかけてくる。あやしいなあ……。しかし、ふだんなら絶対に無視するはずの誘いになぜだか僕はノッてしまうのだ。カンボジアの熱波で頭が溶けていたのか、パスポートと200バーツをつい渡してしまった。
「そこで待ってろ」
 言い残してどこかに去っていく男。待つこと5分、10分……行列はどんどんさばけていく。男は戻らない。
 やられた?
 血の気が引いていく。国境と国境の間でパスポートを奪われるなど、マニアとしては最悪の失態だ。カンボジアにも入れない、タイにももちろん戻れない、そしてここに日本大使館はない。どうしよう! 涙目になっておろおろしているところに、男はひょっこりと帰ってきた。
「なにしてんだ?」
 彼の手にはカンボジアの入国スタンプの押されたパスポートがあった。
 こうして各所に潜むワナをくぐり抜け、国境カジノ街の先にあるロータリーにたどりつくと、ホッと息が抜ける。ようやく入国だ。

 

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 おかしな連中の多い国境だが、今後は変わっていくかもしれない。カンボジア側では、内戦で放棄されたままの鉄道の復旧工事がいまはじまっている。日本が主導するアジア開発銀行(ADB)によるものだ。タイ側と接続されれば、物流も人の流れもさらに増える。また経済特区をつくる動きもあり、日系企業からも注目されている。

 

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 ロータリーに停車しているタクシーと交渉し、アンコールワットの街シェムリアップを目指して出発する。
ポイペトから先には、カンボジアの大平原が広がっている。地平の果てまで続く田園と、ぽつりぽつりと立つ背の高い砂糖ヤシが印象的だ。国境を越えた先には、心洗われる光景が待っているのだ。夕方にはきっと、シェムリアップに着くだろう。

 

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*国境の場所は、こちらの地図→「越えて国境、迷ってアジア」をご参照ください。

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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