ブーツの国の街角で

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#73

ボルセーナ:「聖体の奇跡」が起った湖畔の街

文と写真・田島麻美

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 ラツィオ州ヴィテルボ県にあるボルセーナは、「欧州で一番透明な湖」と謳われるボルセーナ湖の湖畔にある人口4000人弱の小さな街。ヴォルシーニ山脈の斜面、湖を見下ろす小高い丘の上にあるこの街の起源はとても古く、30万年以上前にすでにこの地に集落が形成されていたと言われている。農業と湖の漁業を主とするのどかな街だが、欧州ではキリスト教の重要な巡礼路であるフランチジェナ街道の拠点として知られている。イギリスのカンタベリーから、フランス、スイスを通ってイタリアのローマまで、ヨーロッパを縦断するフランチジェナ街道は、スペインのサンティアゴ巡礼路と並んで非常に有名なキリスト教の巡礼路である。街道上にはいくつもの巡礼ポイントがあるが、中でもこのボルセーナの街は「奇跡が起きた場所」として広くその名を知らしめている。透明な水をたたえた美しい湖を見下ろすボルセーナの魅力をご紹介しよう。

 

13世紀に起きた「ボルセーナの奇跡」
  

 ボルセーナの街に着いたのはお昼を少し回った時刻で、街の中心にあるマッテオッティ広場も閑散としていた。これといった情報も持たずに立ち寄った私は、ここからどこへ行けばいいのかしばし迷っていた。広場の四方を眺め回すと、その一角になにやら行列が出来ているのが見えた。近寄って見ると、フランチジェナ街道を自転車で巡っているドイツ人グループが、しばしの休憩を兼ねてジェラート屋の前に列を作っていた。ボルセーナの旧市街の通りには、巡礼者のイラストと共に「La Via Francigena/フランチジェナ街道」と書かれた看板があちこちに見られ、人気の少ない昼下がりでも時折大きなリュックを背負って行き交う旅人の姿を目にした。この街にも巡礼スポットがあるのかとスマホで検索してみると、とても興味深い伝説を発見した。

 1263年の夏、ボヘミアの司教ピエトロ・ダ・プラは、ミサの儀式「聖体拝領」に対して疑問を抱きながら巡礼の旅でローマに向かっていた。ボルセーナに着いた司教が、「パンと葡萄酒がキリストの肉と血に変わる」ことに疑いを持ちつつサンタ・クリスティーナ教会でミサを行っていた時、聖体のパンから突然血が滴り、聖体布が血で染まるという奇跡が起きた。驚いた司教が近くのオルヴィエートに滞在していた時の法王ウルバーノ4世にこのことを伝え、法王はこの奇跡を讃えるため翌年から8月11日を『聖体祭(コルプス・ドミニ)』として制定、さらに聖体布を納めるためにオルヴィエートの大聖堂を建設したという。現在、ウンブリア州屈指の美観を誇るゴシック様式のオルヴィエート大聖堂の建設に、こんな逸話があったとは。さらに、カトリック・キリスト教の祭日であるコルプス・ドミニもこの小さなボルセーナの街が起源だったことを知って、ますます驚きが深まった。

 

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「飲める湖」とも言われる透明度の高い湖水で知られるボルセーナ湖(上)。旧市街の中心にあるマッテオッティ広場。ここから放射線状に道が行き交っている(中上)。奇跡が起きたサンタ・クリスティーナ教会へ向かう道の途中にあるジェラテリアにはドイツ人ツーリストの行列が出来ていた(中下)。今から756年前、「ボルセーナの奇跡」が起きたサンタ・クリスティーナ教会。内部の地下聖堂には聖クリスティーナの石棺が安置されている(下)。

 

 

 

閑散とした昼下がりの歴史地区を歩く

 

 

  マッテオッティ広場に戻り、サンタ・クリスティーナ教会の反対側にある高台のお城を目指して再び歩き出す。シーズン・オフの昼下がりとあって通りの店やレストランはどこも閉まっていたが、ショーウィンドーを覗いて見ると、カラフルな手作り陶器や帽子、アクセサリーなど職人の一点物らしき品物を扱う店が多いようだ。午後の営業が始まる16時台にまた戻ってくることにして、それまでの時間をブラブラと散歩をしながら過ごすことにした。

 ボルセーナは紀元前からある古い街で、古代エトルリア時代には文化の中心地として栄えた。

通りのあちこちにはエトルリア風の素焼きの鉢に植えた植物が飾られ、ただでさえ歴史の重みが感じられる通りをより一層印象的なものにしている。メインストリートのカヴール通りを歩いていくと、小さな広場に出た。広場の規模にはちょっと不釣り合いなほど立派な噴水があるが、これは15世紀の半ばまでこの地を支配していたメディチ家が住居を建設した際、その一部として作られたものらしい。正式にはメディチの噴水という名前だが、地元では「サン・ロッコの噴水」と呼ばれている。言い伝えによると、カトリックの聖人である聖ロッコが巡礼の途中でここを通過した時、この噴水の水で喉の渇きを満たし、太ももの痛みを癒すために噴水で足を洗ったところ、痛みが瞬時に消えたという。それ以来、噴水の奇跡を祝うため毎年8月16日にこの噴水の水を祝福するミサが行われているのだそうだ。サンタ・クリスティーナ教会といいこの噴水といい、奇跡がよく起こる街なのだな、と感心しながら旧市街散策を続けた。

 

 

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緑の蔦が美しい建物に惹かれて足を運ぶと、手描き陶器のショップがあった。残念ながらお昼の休憩中だったので中には入れず(上)。通りの壁や道端に置かれたエトルリア風の鉢の数々。街角の随所に、住民たちの手入れが行き届いているのを感じる(中)。聖ロッコの足を癒したという伝説が残る「サン・ロッコの噴水」。この通りはフランチジェナ街道の巡礼路でもある(下)


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ヴォルシーニ山脈の斜面に作られた旧市街は坂道と階段だらけ。サン・ロッコ広場の一角にお城へ続く道が見えたので登ってみることにした(上)。トンネルを抜け、角を曲がるとまた階段。先が見えない迷路のような旧市街は歩くのが楽しい(中上)。階段を登りきったところに市庁舎の古い建物が現れた(中下)。お城のある高台の「カステッロ地区」は中世の雰囲気たっぷり(下)。

 

 

城内にあるミニチュア水族館

 

  旧市街の一番高台にある地区の中心に、頑丈な石造りの立派な城があった。入り口の看板には「モナルデスキ要塞」とある。旧市街のバールも店も昼休み中で閉まっていたが、このお城は開いていて中を見学できるようなので入ってみることにした。入り口で5ユーロの入場料を払い、展示室へ向かおうとしたところ、チケット売り場のおばさんに「地下に水族館もあるから見て行ってね」と言われた。なんでまた、お城の中に水族館など作ったのだろうと不思議に思ったが、1階の展示室を見学してその理由がわかった。この城は現在、「ボルセーナ湖の領土博物館」として機能していて、湖とその周辺エリアの自然環境、湖畔の街々の歴史や文化の情報発信拠点となっているのだ。ボルセーナ湖はカルデラ湖で、数十万年前の火山噴火によってできた。その湖を取り囲むように、先史時代から湖畔に集落が出来始め、古代エトルリア人の時代には文化の中心として栄えた。ヴィテルボを含むこのエリアは「トゥーシャ」と呼ばれ、エトルリア文明繁栄の地として知られているが、展示室では湖の成り立ちからエトルリア文明に至る品々を展示していた。

 1階から地下に降りていくと、チケット売り場のおばさんが言っていた「水族館」があった。ボルセーナ湖に生息する魚や亀、エビ、藻などが水槽の中で静かに休息している。30歩ほどで部屋の隅から隅へ行き着いてしまった。恐らくイタリアで一番小さいミニチュア水族館だろう。

 

 

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トゥーシャでも最古の地区と言われるボルセーナの中心にあるモナルデスキ要塞。1156年に建設された中世の城は、現在このエリアの自然環境や歴史に関する展示物を収容した博物館となっている(上)。お城の入り口になぜか「水族館」の看板が(中上)。ボルセーナ湖周辺のトゥーシャエリアに点在する街々(中下)。5分もかからずに見学できてしまう地下のミニチュア水族館。ボルセーナ湖特有の魚などが見られる(下)。

 

 

青い湖と緑、旧市街が一望できるお城のテラス

 

  場内見学が思ったよりも短時間で終わってしまい、さてこれからどうしようかと悩んでいると、水族館見学を猛プッシュしたおばさんが、「展望テラスにはその先の階段を登って行ってね」と再び声をかけてきた。展望テラスがあるなんて気付かなかった私は、喜んでおばさんのアドバイスに従うことにした。狭い螺旋階段をぐるぐる登って行くと、城塞の見張り台らしき通路があった。城の周囲をぐるりと取り囲むこの通路を進むと、旧市街の家並みや教会、海のように青く広がるボルセーナ湖のパノラマが見渡せる。湖に向かって張り出した城のテラスは中世時代には侵入者を見張る重要な監視台だったはずだが、今は美しい水平線と周囲の自然風景が楽しめる展望スポットとなっている。湖面から吹いてくる涼しい風に身も心も洗われたような気分になり、すっかりリフレッシュしてお城を後にした。

 後日、2つも奇跡が起こったボルセーナに興味を惹かれていろいろと調べるうち、思いがけない情報に出くわした。なんと、私が「身も心も洗われた気分」になったモナルデスキ城塞は、イタリア国内の「幽霊スポット・ベスト5」のうちの一つであるというのだ。城内にある居間には、ここで殺された地元の有力貴族の亡霊が住んでいるという。幸いなことに私は亡霊貴族には出会わなかったが、奇跡と亡霊が同居するボルセーナの土地には、きっと何か特別なエネルギーが宿っているに違いない。

 

 

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城壁に沿って作られた狭い通路(上)。通路を一周すると、旧市街から周囲の自然風景まで見渡せる(中上)。湖のパノラマが正面に広がる展望テラス(中下)。青く広がる湖と煉瓦の家並みのコントラストが美しい(下)。

 

 

 

★ MAP ★

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<アクセス>

ボルセーナへはオルヴィエート、もしくはヴィテルボからバスでアクセスできる。オルヴィエート発ボルセーナ行き(E652番)は午後しかないので要注意。ヴィテルボからはCotral/コトラル社のバスが1時間に一本の割合で往復運行している。ローマからオルヴィエート、ヴィテルボへは各駅電車でアクセスできる。ローマのSaxa Rubra/サクサ・ルブラからもバスが出ているが直通ではなく、ヴィテルボで乗り継ぐことになる。所要時間は3時間弱。

 

<参考サイト>

ボルセーナ観光情報(英語)

https://www.visitbolsena.it/index.asp?lang=en

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年12月12日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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