ブーツの国の街角で

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#51

 サトゥルニア:年末ご褒美テルメ旅(後編)

文と写真・田島麻美

 

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一年の疲れを落としに出かけた一泊二日のご褒美テルメ旅で、思いがけない出会いに恵まれた私たち。偶然泊まったホテルのオーナーで、テルメに人生の全てを賭けた情熱的なジャンカルロ氏とのおしゃべりは、ただ単に「温泉でぼーっとしたい」という目的でやってきた私たちのテルメに対する見方をガラッと変えてしまった。前夜に拝聴したジャンカルロ氏の「テルメ&サトゥルニア講座」でちょっとだけテルメ通になった私たちは、翌日も朝からテルメ三昧の時間を楽しんだ。
 

 

 

湧き出たばかりの一番風呂とマッサージで朝から極楽気分
 

 

  翌朝はゆっくり起き出し、ブッフェの朝食を摂りに食堂へ行った。手作りのタルトやりんごのケーキ、焼き立てのクロワッサン、シリアルに加え、マレンマ特産のフレッシュなリコッタチーズや果物などが並んだ朝食のブッフェは、見ているだけでも頰が緩んでくる。窓辺の席で熱いカフェとクロワッサンを味わいながら、朝靄に立ち上るプールの湯気を眺める。「9時から入れますよ」とのことだったので、それまでに朝食を済ませてゆっくり一番風呂に入ることにした。
  朝食を終えると早速部屋に戻って水着に着替え、プールへと向かった。昨夜は暗くてよく見えなかったのだが、プールの下には滝湯とジャグジー、サウナもあるとジャンカルロさんが言っていたので、今朝はそこからぐるっと巡ってみることにした。
  朝陽を浴びながら、湧き出たばかりの熱い温泉に頭から打たれる。ああ、なんて爽快な気分! 昨夜の「テルメ講座」で知ったのだが、今私が浴びているお湯は、太古の昔から気の遠くなるような時を隔て、現代の私たちの元へと湧き出てきた温泉水。その温かな湯に身を浸し、硫黄の香りがする蒸気をいっぱいに吸い込むだけで、身も心も生まれ変わったような気持ちになってくる。テルメで生まれ変わった後は、ホテル内のスパでマッサージ。これぞまさしく「自分へのご褒美」にふさわしい。至福の時間はあっという間に過ぎ、チェックアウトの時間がやって来てしまった。「帰りたくない〜、延泊したい〜」と嘆く親友をなだめ、とても親切にしてくださったジャンカルロさんと奥様に別れを告げて車に乗り込む。私も、帰りたくない。糸杉の並木道から門を出るまで、後ろ髪を引かれっぱなしでホテルを後にした。
 

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地元の新鮮な食材と手作りの甘い焼き菓子が並ぶ朝食のブッフェ(上)。プールから流れ落ちる滝は打たせ湯になっている。隣にはジャグジーも完備(中)。朝陽を浴びながら入る一番風呂は、極楽気分を味わえる(下)

 

 

 

 

 神の雷によって湧き出た温泉の滝

 

 

  ホテルを出て5分ほど車で走ると、道の先に何やら黙々と煙が立っているのが見えた。一瞬、「もしや山火事!?」と冷やっとしたが、地図を見るとその辺りに有名なサトゥルニアの公共温泉「Cascata del Mulino(ムリーノの滝)」があることがわかった。そもそも、私たちが目的としていたテルメはここだったのだが、偶然泊まったホテルで「プール貸切」の恩恵に預かったためプランを変更したのだった。しかし、ここまで来たからにはやはり一度は温泉の滝を見てみたい。好奇心に駆られつつ「Cascata」の標識に従ってハンドルを切り、ムリーノの滝に足を運んだ。
  滝の入り口は車両通行止めになっていて、どうやら利用者は右手の駐車場で車を停め、水着に着替えてそこから徒歩で温泉まで歩くことになっているようだった。太陽は出ているものの、寒い冬の朝、きっと誰もいないだろうと思っていたのだが、駐車場には早くもたくさんの車が停まっていた。シーズンオフで休業中のバールを横目に見ながら歩いて行くと、目の前に棚田のようになった石灰岩のプールが現れた。周囲は緑の野っ原で、施設のようなものは何もない。水着姿の老若男女が数名、せかせかと草の上にバスローブを脱ぎ捨て、我先にとテルメに向かって行く。
  ほかほかと湯気の立った温泉水が勢いよく流れ落ちる豪快な滝は、なんと紀元前の時代からこの地にあるもので、エトルリア人が既に治療目的で利用していた、という話も残っている。伝説によると、古代ローマの農耕の神サトゥルヌスが、農作業をほったらかして争いばかりを繰り返す人間たちに激怒し、怒りの雷を振り落とした。その雷は岩を砕き、そこから温泉が吹き出したため、この地を「サトゥルニア」と名付けた、ということらしい。神の怒りの雷で出来た温泉だったが、この湯が傷や病気の回復に絶大な効果があることを知った人間たちは、古代ローマ、中世、ルネサンスなど、あらゆる時代で温泉の支配権を巡る争いを再び繰り返すことになる。サトゥルヌスの神はさぞかし呆れたことだろう、と思いながら、湯気の立つ美しい滝の景色に見入った。

 

 

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 ムリーノの滝は公共温泉で、一年中無料で解放されている。特に管理者などがいないため、利用者によるゴミ放置などの問題も起きている。キャンプ、焚き火、ゴミ捨てなどは禁止されているので、ルールを守って気持ちよく利用したい(上)。上流の川から毎秒800リットルの温泉水が勢いよく流れ落ちる滝(中)。段々になった天然のプールは石灰岩で出来ている。足元は泥でヌルヌルしているようで、皆ビーチサンダルを履いて入っていた。この石灰棚の泥は「ファンゴパック」などにも使えるらしい。但し、正真正銘の天然温泉ゆえ、水温が低い下流には虫や糸ミミズなどもいるらしいので注意が必要だ(下)
 

 

 

 

イタリアで最も古い村「サトゥルニア」

 

   ムリーノの滝を見物した後は、近くにある丘の上のサトゥルニアの村を訪ねてみることにした。マレンマのHPによると、この村は「イタリアで一番古い村」と呼ばれているらしい。先のサトゥルヌス神の伝説は定かではないが、この地には先史時代から人が居住していた確かな痕跡が残っているという。その後、エトルリア人が集落を築き、温泉に目をつけたローマ人がこの地に侵略、以後、中世時代にはシエナとメディチ家がここを支配することになる。温泉を守り、支配するための重要な拠点としてサトゥルニアの村は栄えてきたようだ。
  そんなイタリア最古の村は、訪れてみると拍子抜けするくらい閑散としていた。村のメインストリートや広場には人影も見えない。情報を入手しようと訪れたインフォメーションセンターは休館日。とりあえず、誰か話を聞ける人を探そうと村の中を歩き回っていると、一軒営業中のお店が目についた。郷土の物産を扱っている店だったので、ついでにお土産も買っていくことにした。
  あまり期待もせずに足を踏み入れた店内には、リコッタチーズやペコリーノチーズ、蜂蜜、サラミ、オリーヴオイルなどの特産品の他、オリーヴの木を使った可愛いキッチングッズなども並んでいてテンションが一気に上がった。侮っていてごめんなさい、と心の中で謝りつつ、目を凝らしてお土産を物色し始める。いろいろ悩んだ末、BIOの赤ワインとトリュフ風味のオリーヴオイル、オリーヴの木で出来たチーズ用まな板、唐辛子入りのペコリーノチーズなどを買い占めた。会計をしながら、お店の女将さんに「とても静かな村ですね」と話しかけると、女将さんは「今はシーズンオフだからね。テルメのお客さんが来る春夏はすごく賑やかなんだけど、11・12月は死んでるような村になるわ」とため息交じりに毒づいた。なるほど、今も昔もここはテルメと共存している村らしい。閑散期で人恋しかったのか、女将さんは私たち二人を相手に怒涛のおしゃべりを始めた。村のこと、政治のこと、農作物と酪農家の苦労話などなど、ひとしきり女将さんとおしゃべりを楽しんだ後、ランチのおすすめスポットを教えてもらって店を出た。
 


 

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イタリア最古の村と言われているサトゥルニアの旧市街の広場(上)。村のシンボルであるサンタ・マリア・マッダレーナ教会。外部は第二次大戦中の爆撃で破壊され、1933年に再建されたが、内部には貴重な中世時代の美しい聖母子像などが残っている(中)。素朴なオリーヴの木の調理道具は使い込むほどに味が出て来る。お土産にもぴったりの品(下)。

 

 

 

閑散期の村でのんびりランチ

 

 女将さんが教えてくれた店は、広場のバールだった。「開いているレストランも少ないし、それほどお腹も空いていないからパニーノで済ませようか」と話しながら席に着いた私たちだったが、このバールのランチメニューが実に豊富で選ぶのに苦労した。自家製のパスタにも心惹かれたが、ここではサラミとプロシュット、チーズの盛り合わせを頼むことにする。地元のワインも欲しかったが、運転手の親友にアルコールは厳禁。一人で飲むのも気が引けたので、大人しく水で我慢することにした。大きな木の板にたっぷり盛られて出てきたサラミとチーズを、弾力のある焼きたてのパンと一緒に頬張る。口の中に広がっていくハーブと肉の旨味がたまらない。周辺の農家で作られたサラミやチーズはどれもこれも新鮮で美味しく、「軽く済ませる」どころか又しても満腹になってしまった。これほどのクオリティの食材をこれだけ食べて一人8ユーロ以下というお値段にもビックリした。さっきの店の女将さんは閑散期を嘆いていたが、私は個人的にはこういう時期こそ小さな村を歩くのに最適だと思っている。海辺のバカンス地なら話はまた違って来るが、自然の中にある小さな村を訪れる目的は、リラックス&リフレッシュである。実際、テルメは貸切状態だったし、お店でもレストランでも、誰にも邪魔されずに好きなだけ時間をかけて楽しめるのだから、これほど嬉しいことはない。
  カフェタイムのおしゃべりからいきなり実現したご褒美旅は、時間にしてみればわずか1日半ほどの短時間だったが、思う存分心と体を癒すことが出来た。テルメでツルツルになったお肌が年末の狂騒でボロボロになりませんように、と祈りながら、丘の上にあるイタリア最古の村を後にした。
 

 

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地元で作られているプロシュット、サラミ、チーズの盛り合わせ。驚くほど美味しくて安い(上)。丘の上にある村へと続く道路脇のパノラマスポットから、天然温泉「ムリーノの滝」を見下ろす(下)。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからサトゥルニアまで、車でE80号線グロッセートGrosseto方面へ。Montalto di Castro/モンタルト・ディ・カストロの先でSP105号線経由でSP10号線に入る。ローマから約2時間半。公共交通機関はあまり便利ではない。マレンマの中心の街グロッセートまで鉄道があるが、グロッセートからサトゥルニアまで車で1時間半弱かかる。周辺の村々を回る市バスもあるが、本数は少ない。ゆっくり回るにはレンタカーを借りるのが得策。
 

 

<参考サイト>

Hotel Saturno Fonte Pura/ホテル・サトゥルノ・フォンテ・プーラ(英語)
https://hotelsaturnofontepura.com/en/

 

マレンマ観光情報(英語)
https://www.tuttomaremma.com/en/

 

サトゥルニア観光情報(伊語)
https://maremma.name/valle-del-fiora/saturnia/

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年1月10日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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