ブーツの国の街角で

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#47

トリエステ : 歴史と芸術の息吹を体感する”ヒストリカル・カフェ”めぐり

文と写真・田島麻美

 

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  イタリアで街歩きをしていると、『カフェ・ストーリコ(=ヒストリカル・カフェ)』あるいは『ロカーレ・ストーリコ』と呼ばれるバールやカフェテリアを見かける。これは「歴史的に重要な足跡を残した店」という意味があり、特にトリノとトリエステは旧市街中にヒストリカル・カフェが点在している事で有名だ。長い歴史を持つこれらの店には、後に歴史に名を残す事になる若かりし頃の芸術家や政治家など、あらゆる分野の著名人が朝な夕なに足繁く通っていた。
  秋深きこの季節、偉大な芸術家達の面影を求めて国境の街トリエステへ向かった。ジェイムズ・ジョイスやウンベルト・サーバが愛したこの街で、文豪達のスピリットに触れたい。それだけじゃなく、美味しいカフェとドルチェもいっぱい味わいたい。聖俗入り混じった欲望を胸に秘め、二日間でできるだけ多くのヒストリカル・カフェを訪ねてみたいと思う。

 

 

 

 

イタリア併合主義運動が興った歴史的なカフェ

 

 

 

   

 ホテルに荷物を置いて、早速街歩きに出た。ジェイムズ・ジョイスの銅像があるカナル・グランデの橋を抜け、中心街を目指す。1919年にイタリア王国に併合されるまでオーストリアの保護下にあったこの街は、オーストリア文化の影響が色濃く残っている。街並みや建築物、壁の色、カフェやお菓子もオーストリア風で、道ゆく人々もゆったりと穏やかに見える。華麗な建築物に囲まれたイタリア統一広場に立つと、目の前にはかつてアドリア海で最も重要と言われたトリエステの港が見えた。潮風をたっぷり吸い込んで深呼吸を一つ。さて、準備ができたところで最初のポイント『カフェ・トンマセオ/ Caffè Tommaseo』へ。ニコロ・トンマセオ広場の一角にあるカフェテリアの壁の大理石プレートには、『1848年、ここカフェ・トンマセオでイタリアの自由のための情熱の炎が灯った』という趣旨の一文が残っている。1830年に創業したカフェ・トンマセオは、オーストリアの支配下にあったアルト・アディジェとヴェネツィア・フリウリ・ジュリアを祖国イタリアに併合しようという「イッレデンタ併合主義運動(1866年〜)」が興った場所。以後、歴史・芸術的活動の中心地として、ジョイスやサーバ、ズヴェーヴォといった作家達も足繁く通ったと言われている。真紅と柔らかなクリーム色で統一された店内には、古い歴史を感じさせるレジスターが残っている。ジェイムズ・ジョイスもここでお釣りをもらったんだ。そう思うだけで心が震える。

 

 

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1866年以後イタリア全土に広がった政治運動「イッレデンタ併合主義」が1848年にここで興った事を記したプレート(上)。文化の香りが漂うシックでエレガントな店内(中上)。ジョイスもここでお支払いした?創業当時のレジスター(中下)。冷たいカフェ・シャケラートを注文したら自家製クッキーも付いてきた(下)。

 

 

 

 

 カフェと本屋が目白押しの旧市街

 

 

  トリエステの旧市街はそれほど大きくなく、道路と歩道がはっきり分けられているので快適に歩ける。カフェ・トンマセオから目抜き通りのコルソ・イタリアをまっすぐ歩き、瀟洒なボルサ広場を過ぎたところで、二軒目の『アンティコ・カフェ・トリネーゼ/Antico Caffè Torinese』が見えてきた。小さな入り口には金色に輝く「Locale Storico(歴史的な喫茶店)」という認定証が掲げられている。1919年に創業したこのカフェは、著名な家具職人ジュリアーノ・デベッリの作品で装飾されている。リバティ様式の優雅な内装は創業当時のまま大切に残され、店内にいるとここだけ時の流れが緩やかになったように感じる。太陽が差し込む窓際に作られた小さなテーブル席は、なぜかそこだけ日常から隔離されたような独特の空間のように見える。
「すごく居心地が良さそう。ここに座って、一日中本を読んでいたいような…」という欲求がこみ上げてくる。座ったら立てなくなりそうだったので、カウンターでエスプレッソを立ち飲み。一通り店内を眺めたり、写真を撮ったりした後、支払いをしようとしたらウェイターのお兄ちゃんは私がいることなど忘れていた。予想通り、いくらでも長居出来そうですごく気に入った。
 

 

 

 

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入口の「Locale Storico」の認定証。これはイタリア全土に残る歴史的に重要な役割を果たしたホテル、レストラン、カフェテリアなど、政府によって認定された場所に与えられる。イタリアには現在230のロカーレ・ストーリコがある(上)。リバティ様式の装飾が残る古い店内(中)。窓際の小さなテーブル席。温かな木のぬくもりが感じられる居心地の良い空間(下)。
 

 

 

  立て続けにカフェをハシゴし、カフェイン効果で元気になったところで再び旧市街をぶらぶら歩き。通りの美しさ、歩きやすさはもちろんだが、それよりも私を狂喜させたのは、カフェテリアと本屋の多さである。しかも、どこもとてもお洒落で格調高い文化の香りがプンプン漂っている。足の向くまま歩いていた通りの一角に、なにやら由緒ありそうな古い書店があったので立ち止まって見ると、なんとウンベルト・サーバが経営していた書店であった。その隣には、ジェイムズ・ジョイスが住んでいたアパートがある。彼らが生きていた頃のトリエステは、どんな空気が流れていたのだろう。主人のいなくなった店と館を眺めながら、遠い昔の街の息吹を想像してみる。

 

 

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左がイタリアを代表する詩人ウンベルト・サーバの書店。その隣にある建物は、ジェイムズ・ジョイスが暮らしていた家(上)。書店のすぐ近くには、通りを歩いて書店へと向かうウンベルト・サーバの銅像が立っている(下)

 

 

 

港町ならでの新鮮なシーフードと華麗なライトアップで夜を満喫

 

 

 

  飽きることなく歩き回った1日の締めくくりに、港町トリエステの郷土料理が楽しめるレストランへ行くことにした。カフェテリアと同じく、レストランも広い歩道いっぱいにテントを広げたオープン・エアーのテーブルが並んでいる。夜風に混じる潮の香りが、一層食欲をそそる。ウエイトレスのお姉さんに今夜のオススメは何かと尋ねると、「トリエステ風、手打ちパスタのタリアテッレが私のお気に入りよ」と言われた。トリエステ風とは「生の片口鰯とプチトマトのソース」だそうで、それはとても美味しそう、ということでパスタはタリアテッレに決まり。前菜にはサーモンのカルパッチョ、メインはイカとポテトのオーブン焼きを注文した。運ばれてきた料理は、どれも余分な手を一切加えず、新鮮な素材の味を最大限に引き出した私好みの味。トリエステ風のパスタは特に絶品だった。格安というほどではないが、ローマのレストランでシーフードを食べるよりはかなりお手頃な料金だったのも嬉しかった。
  満腹で席を立ったもののそのままホテルへ帰る気にはなれず、穏やかな夜をもう少し楽しもうとイタリア統一広場まで食後の散歩をすることにした。真っ暗な海に向かって開けた広場には、20世紀初頭の華麗な建築群が闇に浮かび上がるようにライトアップされていた。広場のカフェでは初老のカップルが、その夜景と海の香りを楽しみながらシャンパンのグラスを傾けている。トリエステの人々は、時間の贅沢な使い方をよく知っているな、と納得させられる光景だった。
 

 


 

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古くからアドリア海の最重要港として栄えたトリエステの郷土料理は新鮮なシーフード。ムール貝やアサリ、片口鰯など、どれも素材重視の料理は日本人の口にとても合う。
 

 

 

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夜の闇に浮かび上がるイタリア統一広場の華麗なライトアップ。市庁舎を始め20世紀初頭の建築群が広場を取り囲んでいる。
 

 

 

 

朝食からアペリティフまで、カフェテリアをフル利用

 

 

   ヒストリカル・カフェ巡り二日目。昨夜の素敵なカップルを見習って朝一番のカフェを優雅なテラス席で楽しもうと『カフェ・デリ・スペッキ/Caffè degli Specchi』へ。街の中心であるイタリア統一広場に面したエレガントなカフェテリアは1839年に創業。”カフェの中のカフェ”と異名を取るこの歴史ある店は、イタリアで最もカフェの消費量が多い店と言われている。市民、ツーリストを問わず常連客が多く、年間150万杯のカフェを提供しているそうだ。トリエステのカフェテリアの王様とも言えるこの店では、ここならではの「カフェ・トリエスティーノ」を頼んだ。ちなみにトリエステでは、「カフェCaffè」は「カポ/Capo」と呼ばれている。「カポ・ネーロ」はエスプレッソのブラック、「カポB」はBicchiere (グラス)入りのエスプレッソ、といった具合にカフェのタイプによって複雑な呼び名が決められているようだ。街の名前が付いたカフェ・トリエスティーノはミルク入りのエスプレッソのこと。これに、砂糖の代わりに付いてくる液状のチョコレートを入れて飲む。甘すぎず、ちょっとほろ苦い風味でとても美味しい。
 

 

 

 

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 ”カフェの中のカフェ”と呼ばれるカフェ・デリ・スペッキの重厚感溢れる店内(上)。「カフェ・トリエスティーノ」は甘くてほろ苦い大人の味(下)。
 

 

 

  旧市街の7軒のヒストリカル・カフェを制覇しようという野望を抱いて街歩きを続けてきたが、まだ制覇していないカフェテリアが4軒ある。夕方のユーロスターに乗るまで時間も限られているので、お昼時間を節約するため次のカフェテリアで軽くランチを済ませることにした。
  1832年にボルサ広場に誕生した「カフェ・ウルバニス/Caffè Urbanis」は、パッと見は若者向けの流行りのパブのように見えるが、店内の床には歴史を感じさせる緻密なモザイク画、天井にはフレスコ画の名残が見られる。店内奥には、若者達が顔を突き合わせて激論を戦わせるのに最適なカウンター席があり、そのシーンを想像するとなんだかワクワクしてくる。さて、カフェの飲み過ぎであまり食欲もなく、ちょっとさっぱりした軽めのランチにしたかったので、ここウルバニスではカット・フルーツとヨーグルトを頼んだ。外のテラス席でフレッシュ&ヘルシーなランチはちょっと疲れ気味のお腹にとても優しい。トリエステのカフェはどこもメニューが充実している。コーヒー、紅茶、ソフトドリンク、アルコール類、お菓子はもちろんのこと、パニーノやサラダなどの軽食も種類が豊富でとても美味しい。しかも朝から晩まで開いているから、1人で手早く食事を済ませたい人にはカフェテリアの利用をお勧めしたい。
 

 

 

 

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 「カフェ・ウルバニス」の歴史が垣間見れるモザイクの床と天井。ランチ代りのフルーツ・ヨーグルトは4,50€でボリューム満点。
 

 

  日暮れも近づき、いよいよタイムリミットが迫ってきた。駆け足で回れば残りの3軒も制覇できなくはないが、こんなに優雅な街でドタドタ走り回るのも気がひける。ならば2つを諦めて、最後の1軒でたっぷり時間をかけてカフェタイムを満喫しようと決めた。締めくくりに選んだのはカナル・グランデ(運河)近くにある「カフェ・ステッラ・ポラーレ/Caffè Stella Polare」。1848年の創業当時は「カフェ・ジオベルティ」という名前だったこの店は芸術家や外国人が暮らすエリアにあり、中でもドイツ人コミュニティの溜まり場だったそうだ。語学学校ベルリッツ・スクールも近く、当時そこで英語教師をしていたジェイムズ・ジョイスが毎日のようにここへ立ち寄ったらしい。夕食前にホッと一息つく時間帯、だんだんと傾いていく夕日を眺めながらアペリティフを楽しむことにした。ノン・アルコールのドリンクを注文すると、一口サイズのミニ・パニーノとオリーヴがおつまみで付いてきた。夕食時は列車内で過ごすことになっていたので、これはとてもありがたい。パニーノを頬張りつつ、運河沿いの広場ではしゃぎ回る子どもたちと、ドリンク片手におしゃべりに興じる老若男女の姿に目を細める。1日の終わりに、美しい景色の中に身を置いて、一杯のドリンクを味わいながら気のおけないおしゃべりを楽しむ。トリエステの人たちは時間の使い方が本当に上手だな、と改めて実感した。

 

 

 

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 「カフェ・ステッラ・ポラーレ」はカナル・グランデ近くの広場に面している(上)。ドリンク代(3,50€)だけで、このおつまみが付いてきた。夕食前のハッピー・アワーのカフェテリアはお得感たっぷり(中)。真っ赤に染まったカナル・グランデがある広場(下)。
 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマ・テルミニ駅から高速鉄道でヴェネツィア・メストレ駅まで約3時間半。各駅電車に乗り換え、トリエステまで約1時間50分。

<インフォメーション>

『トリエステ・エスプレッソ』
毎年秋にトリエステで開催されるコーヒーの国際見本市。バリスタコンテストやヒストリカル・カフェでのイベントなど「カフェの街トリエステ」をたっぷり楽しめる。
 

http://www.triestespresso.it/en/

 

トリエステ観光情報(英語サイトあり)

https://www.discover-trieste.it

*上記サイト内で「Caffè Storico」を選択するとMapと共に各店の歴史や特徴などを見ることができる。

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回11月8日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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