風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#48

フェストパック in  グアム その1

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルックエラトー→ラモトレック→サタワルサイパン→グアム
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文と写真・林和代 

 

 

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【Photo by  Osamu Kousuge】

 

 

 

 ふわあ、都会だわ〜。

 

 カヌーの入場行進を終えてようやく上陸した私たちは、主催者側に先導され、歩き始めた。

  

 実は私、これが初グアム。

 パラオやサイパンとは比較にならぬ都会っぷりに、うっすらたじろぐ。 

 

 港を抜けると、目の前に巨大なスタジアムが現れた。

 周囲はものすごい人だかりで、入場を待つグアム人の大行列が延々と続いていた。

 しかし、我々IDを持つ者はVIP待遇!

 群衆をかき分けつつ関係者用のゲートから入ると、中は大変な数の観客で埋め尽くされていた。

 2000人収容と聞くその客席は、ほぼ満杯。

 今からここで、2週間に渡るフェストパックの開会式が行われようとしていたのである。

 

 まずは偉い人たちの挨拶でスタート。

 その後は参加国が旗を掲げつつ、色とりどりの民族衣装で入場行進。

 1チームが場内を晴れやかに一周し、中央にたどり着くと代表がマイクを手に簡単な自己紹介。 

 そして伝統的な特産品を贈り物としてグアムの知事さんに捧げると、音楽スタート。

 歌や踊りが10分ほど披露されようやく席に着く、という展開だ。

 

「あの贈り物、何かな?」

「壺っぽっくない?」

「あの白い鳥の羽の衣装、派手だねー。ライオンキングみたい」

 

 私とエリーの女子トークが止まらない。

 

 ひと口に南国と言っても、人種、衣装、楽器など、それはもう多種多様。

 私たちはみな、目をパチクリさせながら、そのゴージャスなショーを眺め続けた。

 

 

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クック諸島の代表が贈り物を捧げている。ブツは不明。【Photo by Osmau Kousuge】

 

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これはイースター島として知られるラパヌイの開会式のミニショー。なかなか派手で大人気。【Photo by Osmau Kousuge】

 

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開催国グアムチームの捧げ物。【Photo by Phillip Sablan】

 

 

 というわけで今回は、グアムで行われたフェストパックの概要をご紹介したい。

 

 第1話でも触れたが、フェストパックとは通称で、正式名称は、Festival of Pacific Arts。

 太平洋芸術祭といったところだろう。

 4年に1度、夏のオリンピックと同じ年に開催される太平洋最大のお祭りだ。

 場所は毎回持ち回りで、この2016年はグアム。次回2020年はハワイで開催される。

 太平洋諸国のアーティストが一堂に会し、踊りや歌、演奏、工芸などを披露し合う。

 現代的な機器を使わぬ伝統的なカヌー航海術も、太平洋の大切なアートとして組み込まれている。

 

 参加国は回を追うごとに増えているそうで、今回は27の国と地域、約2000人が参加。

 

 参加国の中には、台湾やニュージーランドの名もある。

 それらの国からは、もともとその島で暮らしていた少数民族が参加する形をとっていた。

 例えばニュージーランドはマオリ族のみで白人は皆無。台湾からはパイワン族など。

 日本からの参加はないが、琉球民族やアイヌ民族なら参加できそうな気がする。

 

 今回の主な開催場所となるのは、ハガニャ地区にあるチャモロ・ビレッジと呼ばれる周辺。

 ビレッジの裏にあるこのパセオ・スタジアムがメイン会場で、ここでは毎日、ダンスや歌、演奏などステージのプログラムが行われる。

 

 ビレッジ内には各島のブースがずらりと並び、特産品や食べ物が賑やかに売られている。

 伝統工芸の実演や、小さなショー、ライブも連日連夜行われる。

 このほか、カヌービーチ、博物館や各ホテルなど、グアムのあちこちで大小様々な企画が行われていた。

 まさに盛大なお祭りだ。

 

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【Photo by Phillip Sablan】

 

 

 フェストパックの様子は次回ご紹介するとして、まずは我々の居場所を記しておこう。

 

 フェストパック側は参加者の宿泊所を用意している。

 しかし、その多くは会場から遠い、学校などを解放したもの。

 ただ、我々は、カヌーを完全に離れて寝泊まりするわけにはいかないのだ。

 そこで交渉が行われ、急遽、カヌーが停泊するビーチに巨大な簡易テントが登場、100人を超える全てのカヌー関係者の拠点となった。 

 

 

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カヌービーチの特設テント。だらだらしやすい感じがナイス。

 

 

 とは言え、我々は、マイスがいる港が基本の居場所。

 そこには小さなテント1つしかないが、マイスなら寝床もコンロもあるので問題ない。

 ただし、女子はトイレが問題。航行中の女子トイレ=船首は、カヌーに乗ってる他の人から見えない場所、というだけで、停泊中は陸から丸見え。

 なので、わざわざ徒歩5分の港のトイレまで行かねばならぬ。

 

 というわけで私は、かつてマイスで2度、一緒に航海したグアム人の刺青アーティスト、フィルの家に夜だけ居候。エリーはミヤーノと一緒に、彼のおばさん一家の家に滞在。

 サイパンからのゲストたちの半数はホテルや親族のお宅に寄宿したようだが、セサリオとクルー数名は、マイスにとどまった。

 

 セサリオから、必ず毎朝8時にはマイスに集合との号令がかかったため、私は日々15分歩いてマイスに通勤する羽目に。

 とは言え、我々の最大の使命はオープニングセレモニーでの行進だったのですでに終了。

 公的なプログラムとしての仕事はもうない。 

 なので、私は出勤してその日のスケジュールを確認すると、エリーと近所のカフェでマンゴーシェ一クをいただいてリゾート気分を満喫したり、パセオでダンスを見物したり、のんびり遊んだ。

 

 中でも一番のお楽しみはカヌービーチ。

 そこは、離島のカヌーとクルーたちが集う離島エリアなのだ。

 と、当然、グアム在住のサタワル人や、ミクロネシアカヌーにゆかりのある知人もここに集まる。

 そんなわけで私は、年中ここでウロウロ。

 

「今回の航海さ、実は怖いことがあったんだ」

 ここで、とある離島カヌーのクルーから、こんな話を聞いた。

 

「若い奴が一人、途中でパニックを起こしたんだ。迷っちゃったんじゃないか、もうたどり着かないんじゃないかって妄想が膨らんだみたいで。で、ナイフを手に暴れ出したんだよ。狭いカヌーじゃ逃げ場がないからさ、怖くて全然眠れなかったよ」

 

「ひえー。で、どうしたの?」

 

「近くにあった無人島に上陸して、ようやく落ち着かせたんだ」

 

 またある人からは、

「フェストパック用に政府から提供されたお金をさ、○○さんが盗んで持ってっちゃったんだぜ」

 

 こんな、大きな声じゃ言えない話もここでならたくさん聞ける。

 だから、離島エリアはやめられないのであった。

 

 

林

 

 


 


*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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