ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#43

 私を支える仲間たち7〜私のお茶の知恵袋・中村順行先生

ステファン・ダントン

 

 

 
 
  昨年の12月15日、私は大学の教壇に立っていた。
 40名近くの大学生を前に、「日常の飲み物としての、農産物としての、食材としての日本茶を知ってもらうことが日本茶を本当の意味で普及させることにつながる」、「そのためにはまずは入り口を広くして、『ちょっと入ってみようかな』と思わせる仕掛けをつくる。そして入ってきた方の視線を日本茶の深い世界に向けさせていく」「そのための具体的な戦略は…」、と私の持論を語っていた。
 

 

 

『お茶を通した食育』の第一歩

 

 これまで日本茶に関わる中で、「日本茶が飲まれなくなっている」という危機感を多くの業界関係者から聞くことも多く、また当然私自身も「なんとか日本茶の正しいあり方(当たり前のように日常の食卓に日本茶がある風景)をとりもどしたい、そしてその風景を日本以外の国にも広げたい」という思いでさまざまな活動をしてきた。新聞・雑誌やテレビ・ラジオなどでも私の想いを伝えるために積極的に発言してきたし、講演もかなりの回数行ってきた。ただ、本当に語りかけるべきなのは、これからの日本を担う若い世代だ。
 私には、「小さな子どもたちとその親たちに向けて、お茶を通じて自然を理解し、日本を理解できるような絵本がつくりたい」そして「小・中学生や高校生、大学生に向けても『お茶を通じて日本を世界に発信すること』のおもしろさと大切さを話してみたい」、という夢がある。
 今回、その夢が少し現実に近づいた。ただの茶商である私が、なんと茶どころ・静岡県の静岡県立大学で行われた短期集中講座「ふじのくに学(お茶)」の特別講師に招かれたのだ。「外国人から見た日本茶」というタイトルで授業をすることになったのは、この10年あまり懇意にしてもらっている同大学の特任教授・中村順行先生から声をかけていただいたからだった。
 

 

 

初めての大学での講義を前に撮影した静岡県立大学正門 

講義をした教室の休憩時間

静岡県立大学の正門と、講義の休憩時間。
 

 

 

 

僕の好きな先生・中村先生

 

 私は子どものころから「先生」という存在がそんなに得意ではなかった。自分がやんちゃだったせいだろうが、「叱る、怒る、押さえつける存在」というイメージが強かった。大人になった今でも、「フランス人らしく」、権力や権威を懐疑的な目で見るところがあって、「先生」と呼ばれる人にはちょっと身構えるところもある。
 ところが、中村先生は「すごく偉い先生」なのに私にちっとも緊張を感じさせない。はじめて会ったころからずっと。
 2008年のサラゴサ万博をきっかけに静岡県の県庁や川根本町との関係が深まって、県内各地で講演を頼まれるようになった。中村先生とはじめて出会ったのは、先生が当時センター長を務めていた静岡県農林技術研究所茶業研究センターが関係した講演会場だった。
 私の話を真剣な眼差しでしっかり聞いてくれて、鋭い意見を柔和な笑顔とともに返してくれる中村先生に、すぐに私の気持ちはリラックスしてしまい、多分ものすごい勢いで「日本茶はもっと飲まれないといけない。もっと知られないといけない」、と持論を語ったと思う。先生も専門家としての意見をわかりやすく話してくれた。なんていうか、大人になってはじめて本当に頼りにできる「先生」と出会ったようでうれしかったのを覚えている。
 あれから10年以上。実は、私が講演などでお話ししている「日本茶の栽培地域、土壌、品種、成分」などの知識は、中村先生からいただいたものが多い。
 なんでも答えてくれる「僕の好きな先生」は、日本茶のことならなんでも知っている、本当にすごい人なんだ。
 中村先生は、岩手大学大学院農学研究科を修了してからずっと、静岡県でお茶の大元となるチャノキの品種改良の研究を重ねてきた人だ。お茶といえば「やぶきた」というくらい、日本で栽培されるチャノキのほとんどが「やぶきた」に偏っていることの危険性(消費者の飽きや天候不順、病虫害が発生したときのリスク)を補うために、新品種を数多く開発してきた。さらにチャノキの育成方法の改良や新しい育苗技術の開発にも取り組んで、日本茶業界全体を発展させる基盤をつくってきた。現在は、静岡県立大学で教鞭をとっている。
 

 

 

 

ステファン 茶畑にて

茶畑にて茶葉を観察する。

 

 

世界緑茶コンテストは中村先生と

 

 静岡県の世界緑茶協会が開催している世界緑茶コンテストの審査員を2008年から務めている。そのきっかけは中村先生だった。最初は「外国人の自分が緑茶の審査をするなんて。ただでさえ日本茶に香りをつけるなんて邪道だ!と業界から煙たがられているのに…」と躊躇していた私に「世界緑茶コンテストは、『斬新でお茶の未来を感じさせる商品』のコンテストだから、ステファンみたいな人こそ適任なんだ」、「グローバルなコンテストだからこそ日本人と異なる視線も必要なんだ」、という中村先生の言葉に応えて中村先生とともに審査員の列に加わらせてもらった。
 毎年出品される世界中(もちろん東アジア中心だが)の緑茶を審査する中で、各国、各地域のお茶の特徴はもちろん、その国の茶業界の取り組みの姿勢やスタイルをリアルタイムで知ることができるのは、私にとって大きな収穫だ。それに、正式な茶の品評会のスタイルを学べたことも大きい。フレーバー茶をブレンドするときは、ベースとなる茶葉の香りや味を吟味して、フレーバーとの相性をチェックするのだが、このとき品評会のスタイルを応用している。また最近私が行っているワークショッップでも、正式な品評会スタイルを取り入れて、一般のお客様にも茶の「色・香り・味」を試してもらっている。
 

 

2009年世界緑茶コンテストにて

たくさんのサンプルからフレーバーに合う煎茶を探す

上/2009世界緑茶コンテストの様子。下/『おちゃらか』にてたくさんのサンプルからフレーバーちゃに合う煎茶を探す。
 

 

 

フレーバー茶づくりの科学的裏付け

 

 私がフレーバー茶を開発するとき、中村先生を頼る場面が多い。
 例えば、本連載#09でも紹介した沖縄の黒糖ほうじ茶をつくったとき、すぐに「沖縄らしい黒糖とそれを活かすほうじ茶を合わせよう」とアイディアが湧いたが、県庁から「スプレータイプの粉茶(水でも溶けて茶がらの出ないお茶)」を指定されて、はじめての製法にとまどった。「迷ったことはすぐに中村先生に相談だ!」とばかりに先生に電話をかけて「粉末にしたお茶への香り成分の吸着具合や、黒糖と粉末茶の粒子をどの程度にするべきか」などについて質問した。先生からいただいた的確な意見があったから自信を持って開発に取り組めたんだ。
 本連載#10、11で紹介した四万十河原茶の開発でも、もちろんそれ以外の新たなフレーバー茶開発の場面でも、必ずといっていいくらい先生に意見を求めている。
 先生が科学的な裏付けを与えてくれることが、私のフレーバー茶づくりを支えてくれている。
 

 

 

日本茶の普及を目指して

 

 私がこれほどまで中村先生を信頼するのは、もちろんすばらしい科学者であり、日本茶のプロだから、ということもある。でもそれ以上に、日本茶業界全体の現状への危機感と未来への展望が、私と共通するところが多いからだと思う。
 日本茶業界全体を活性化して日本茶の本当の意味での普及を目指すためにはどうすべきか。「既存の常識を超えて、本当の意味で消費者が喜んで手にし、口に運ぶ日本茶をつくっていく」。
 中村先生は日本茶の元となるチャノキの品種開発、生産方法の改善という方法でその答えを求め、私は日本茶の間口を広げるためにフレーバーをつけるという方法でアプローチしているが、目指すところは共通している。

 一昨年、ある雑誌で中村先生と「これからの日本茶」について対談するチャンスがあった。その中で改めて日本の茶業界に外人である私が飛び込んだからこそ経験できたことの学びについても語り合った。そのときに、ふと「この経験から得たことを先生の大学で学生に向けて話せないかな?」と軽い気持ちで提案したのが、冒頭で紹介した静岡県立大学での講義につながった。

 

 

中村先生との対談風景コピー

『おちゃらか』にて中村先生との対談風景。

 

 

 日本茶に関する学術的知識で私のフレーバー茶づくりを支えてくれる中村先生は、日本茶業界を、そして私のことも希望に満ちた未来に導いてくれる大切な存在だ。これまでもこれからも。
 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回公開は2019年2月18日となります。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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