ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#42

 私を支える仲間たち6〜茶業の先輩・増田社長に私のことを聞いてみた  

ステファン・ダントン

 

 

 
 
 日本茶を世界に広めたい。まだ日本茶を知らない世界中の人にも日本茶を口に運んでもらうための入り口として、さまざまな文化背景や気候に合わせたフレーバー茶をまずは世界へ。そんな想いでいた私がなかなか輸出への突破口を見出せていなかった4年前、増田社長に出会ったことで状況が大きく変わった。増田社長からもらった輸出に適合した茶葉と輸出に関するさまざまな知識は、私の大きな力になった。今回は日本茶業界の先輩であり日本茶輸出の師匠でもある増田社長が私の仕事、私との仕事についてどんな風に考えているのか語ってもらおうと思う。直接聞くのは少し怖いから、今回も第三者にインタビューしてもらった。
 

 

 

 

ステファンとの関係の始まり

 

 直接の関わりはまだ浅くて、3、4年くらいでしょうか。それ以前から彼が日本茶に香りを付けて販売しているということは、同業ですからもちろん知っていました。はじめて会ったのは4、5年前にロサンゼルスのロングビーチで開催されたティーエキスポのときだと思います。そのときには深い話はしていません。きちんとステファンと向き合ったのは、4年前だったか、静岡の私の会社に彼が訪ねてきたのが最初でした。
 今思えば、あのころステファンは悩んでいたのだと思います。『おちゃらか』のお客様は海外の方も多い。海外からの注文も入ってくる。そんな中で、このお茶(フレーバー茶)をもっと世界に広めたいと思っていたのでしょう。ただ、当時の彼がつくっているお茶は、あるフレーバーには何処そこのお茶を、このフレーバーには誰それのお茶を、というようにさまざまな産地の茶葉を使っていました。彼はそのままやろうと思っていたようです。だが、輸出するための農薬の基準かなり厳しいことがネックになることがぼんやりわかってきて、このままでは世界に通用しないと思ったのではないでしょうか。それで県の方に紹介されて私に会いにきたのでしょう。
 私の会社、『やまま満寿多園』は1991年から輸出の経験があり、今では30以上の国・地域と付き合いがあります。輸出する上で一番問題になる、各国異なる残留農薬の基準について、とくに厳しいEUの基準をクリアするのがどれだけ大変か、という話をする中で、ステファンもこの点についてはっきりと認識したのでしょう。経験のある私と一緒にやれば、これから世界に通用するお茶づくりができる、と感じたのだと思います。
 私も、『満寿多園』とは違う切り口を持つ彼と一緒に日本茶を世界へ発信するのはおもしろい、日本茶をベースにしたフレーバー茶が海外で好まれるのであれば、協力してやっていこう、となったのが彼との関係の発端です。

 

 

自社の茶畑での増田社長 のコピー

 

自社の茶葉の出来栄えをチェックする増田社長

上/自社の茶畑での増田社長、下/茶葉の出来栄えをチェックする増田社長。


 

 

台湾での仕事を足がかりに世界に向けて日本茶を

 

 『おちゃらか』で『満寿多園』のお茶を使うようになってから3年。今回の台湾でのプロジェクトが、共同での海外進出の本格的なスタートになります。
 「知人の出店するカフェでの販売を軸に、台湾でフレーバー茶を広めたい」という相談を受けたとき、「必要とされるならば、『満寿多園』としてもお手伝いをしよう。一緒にアジア全域への日本茶販売の足がかりをつくろう」と応えました。
 台湾は非常に親日で、日本への信頼度も高い。ビジネスの素地はある。一緒にビジネスをやろうという人がカフェからスタートするのにも賛同しました。まずはお客様に商品を試してもらい、直接その反応が見られるショールームとしても、カフェの存在は大きい。
 実は、台湾の残留農薬基準は日本よりはるかに厳しいのです。『おちゃらか』の既存のフレーバー茶そのままでは通用しない。そこをクリアするお手伝いは十分にできる。幸い、『満寿多園』は台湾の茶業者と20年間の取引があって、台湾に通用するお茶づくりは完璧にできる。問題なくお茶が製造・販売できる。素早い事業化ができると感じました。
 この事業は台湾にとどめてはもったいない。台湾は経済的にも東南アジアなどへの影響力が大きいので、アジア全域への展開も可能になるのではないかと思っています。台湾を拠点にすることで、なかなか難しい中国大陸への参入の可能性も十分見えてくる。おもしろいビジネスモデルになると思います。ステファンは、口には出さないが頭の中にヨーロッパ進出も描いていると思います。『満寿多園』はEUレギュレーションに合わせた緑茶の精算も行っているためEUへの輸出も可能だから、台湾を足がかりにEUへも展開できます。
 彼と私、『おちゃらか』と『満寿多園』との二人三脚がうまくいけば、世界に向けた日本茶事業の可能性がぐんと広がるはずです。
 

 

 

展示会での増田社長とステファン 

展示会での増田社長と一緒に。
 

 

 

ステファンへのメッセージ

 

 ステファンと私は、個性の強い人間同士だから合うんだと思います。私もステファンと同様、いいたいことをいうし、イエス・ノーははっきりしたいほうです。お互いに自分の主張を通すほうですが、それがかみ合えば大きな力になるはずです。ですから、これまでも伝えたことがあるとは思うが、改めてステファンに向けて期待することを少しお話します。
 ステファンには『おちゃらか』という「お店の主」ではなく、ブランド価値のある「企業の経営者」になってほしいと思っている。
 小売で培ってきたもの、一人一人のお客様に丁寧に応えていくやり方はベースになり得るとは思う。手づくりのような生産体制や、やはり手づくり感のあるパッケージングなど商品づくりも、「オーナー店主の趣味の店」ならよいだろう。ただ、企業として世界戦略を考えるならば、これらを整理整頓する必要がある。 
 まずは生産体制を整えて、きちんと管理された工場で茶葉への着香からパック詰めまでできるようにすること。その部分は一緒にやっていこう。そうすれば世界に出せるものを生産、流通していくことができるはずだ。
 商売を大きく広げるためにはディストリビューターの協力が不可欠だ。豊富な資金力があれば自社で支店を出すなりフランチャイズを出すなりすればいい。そうでないなら、商品を自分にかわって販売してくれる人、ディストリビューターを探して、彼らが潤うビジョンを示すこと。ビジネスとしての魅力を示せれば、海外への営業、販売の協力者が得られる。
 最後にいいたいのは、「きちんとした」経営を学んで実践してほしいということ。個別の対応はもちろん大事だが、商品開発や値つけから始まってすべてを戦略的にロジカルに考えるべきだ。一緒に仕事をしながら、私が経験的に得てきた経営の手法やビジネスのルールを一つずつ伝えていきたい。
 
 ステファンには私と共同で仕事のできる「経営者」になってほしいと。私の茶葉生産、商品製造、輸出・流通の経験と彼のフレーバー茶づくりのセンスと小売での経験とが合体することで、もっと世界への可能性が広がると考えているから、私はこれからも必要であれば手助けも助言もしていきたいと思っている。意見が食い違うこともあるかもしれない。そのときはいつもどおり率直に話し合おう。
 

 
 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回の更新は年2月4日となります。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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