ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#41

 スペルロンガ : ティベリウス帝も憧れたローマ近郊のクリスタルビーチ

文と写真・田島麻美

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

   夏のヴァカンス・シーズンがやってきた。海が大好きなローマっ子が待ち望んでいた季節の到来だ。長いヴァカンスへ行く人はもちろん、平日はオフィスで仕事をしている人たちも週末になるとこぞって海へ繰り出すので、夏のローマは街中がとても静かになる。反対に、オスティアやフィウミチーノ、フレジェーネ、アンツィオといったローマ近郊のビーチは7・8月は大混雑する。太陽さえ出ていれば、休日でも早朝に起き出していそいそと車を飛ばして海へ駆けつける人が大勢いるのだが、そんな海好きのローマっ子達が目を輝かせて語る美しいビーチがある。
 スペルロンガはローマとナポリの中間に位置する地中海沿いのビーチで、ローマからは車・鉄道&バスで約2時間の距離にある。断崖の上には「イタリアで最も美しい7つの村」に選ばれた旧市街があり、ビーチの先には古代ローマ皇帝ティベリウスの別荘跡の遺跡も残っている興味深い街だ。夏の一日、美しい海と村、古代遺跡を訪ねてスペルロンガまで足を伸ばした。

 

 

 

 

 

洞窟の中に作られたヴァカンス用の宮殿

 

 

 

   スペルロンガに着いて真っ先に向かったのは、旧市街から1kmほど離れた海辺にある国立考古学博物館。古代遺跡「ティベリウス帝の別荘」はこの博物館の一部となっているとチケット売り場のおばさんが言っていたので、入場料5ユーロを払って敷地内へ。まず館内へ足を運ぶと、明るい自然光が差し込む小さなフロアに古代ギリシャ風の大理石像が無造作に置かれていた。説明書きには「これらの巨大な石像群は海辺の洞窟の中に飾られていた」とある。帝政ローマ時代の著名な二人の歴史家タキトゥス、ガイウス・エストニウスが書き残した書物の中に、今から約2000年前の紀元29年、ティベリウス帝が「スペルンカ(洞窟の館)」で饗宴を催していた時に落盤が起こり使用人らが犠牲になった、と記されているその洞窟である。さすがはローマ帝国の皇帝、こんな巨大な像を洞窟内に飾るという発想に驚いた私は、洞窟見学がますます楽しみになってきた。博物館を出て『Grotta(洞窟)』の矢印の方向へ歩き出すと、広大な自然公園が現れた。真っ青な水平線を背景に、小鳥のさえずりを聞きながら色とりどりの植物やオリーヴの木の間をゆったり散歩。爽やかな潮風がとても心地いい。海辺に向かって降りていくと、小さな村が丸ごと収まるくらいの敷地がそっくり遺跡になっているのが見えた。これが全部、別荘だとは。凡人には理解しがたいスケールである。ポンペイの街の一角を歩いているような錯覚を覚えつつ、古代ローマの別荘跡を散策。古代の歴史書にも記されている洞窟は、海辺のビーチ沿いにあった、というより、海の一部を切り取って館に仕上げた、という雰囲気だ。この広い洞窟内を先の大理石像で飾り、中央にはテーブルを置いて盛大な宴が繰り広げられた。さらに周囲には、その場で釣ってすぐに調理できるよう魚を放し飼いにした生け簀があったり、洞窟から10歩でたどり着けるプライベート・ビーチまで完備されているなど、至れり尽くせりの施設が整っている。これが2000年も前に作られたものだとは、今更ながら古代ローマ人の発想力に感服させられた。歴史書によると、この洞窟の別荘はティベリウス帝が「安らぎとリフレッシュの場」として長い間望んでいた夢を形にしたものであったようだ。
 

 

sperlonga_1

 

sperlonga_2

考古学博物館に展示されている巨大彫像群。右の単体が洞窟内にあったオリジナル、左の群像はレプリカ(上)。11ヘクタールの広大な敷地内は自然公園と遺跡、ビーチを含んでいる。真っ青な海を眺めながら爽快な散歩が楽しめる(下)。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

sperlonga_4

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

洞窟の周囲は生け簀になっていて、今も魚がたくさん泳いでいる(上)。透明な海水が反射する洞窟内。ここがティベリウス帝の「宮殿」だった(中)。洞窟内から眺めるスペルロンガの旧市街(下)。
 

 

 

 海を見下ろす展望テラスと絶品シーフード

 

 

  朝のうちに気持ちのいい散歩と遺跡巡りを楽しんだ後、海に突き出た断崖の上に立つスペルロンガの旧市街へ向かった。スペルロンガの街は、この丘の上の旧市街と下のビーチ沿いに広がる新市街の二つに別れている。バスなどの公共交通機関は新市街が終点となっていて、旧市街へ行くには歩くしか方法がない。えっちらおっちら坂道を登りつめると突然、ギリシャのどこかの島のような真っ白な壁の家々が建ち並ぶ通りが現れた。旧市街のメインストリートであるサン・レオーネ通りにある展望テラスで、真っ青な海のパノラマに思わず歓声が漏れた。高台にあるテラスはとても涼しく、どこまでも広がるトロピカル・ブルーの水平線を眺めていると心が洗われたような気持ちになる。時間を忘れて海に見入っていたが、朝からしっかり歩いたお陰でそろそろお腹が空いてきた。ランチにはまだ少し早いが、展望テラスの近くにあったレストランでお腹を満たしてから旧市街歩きをすることにして席を取った。
 目の前にこれだけ美しい海があるのだから、メニューは必然的に新鮮なシーフードに。「本日のシェフのおすすめ」は、手長海老とズッキーニの花、自家製タリアテッレのパスタ。メニューを読んでいるだけで涎が出そうだ。プリモはこのタリアテッレに即決、セコンドには大好物のシーフード・フライ、そしてお約束の白ワイン。爽やかな潮風が吹くテラス席で海を眺めながら味わう手長海老のパスタは、文字通りの絶品。言葉を探す暇も惜しんで、目の前の料理を味わうことに没頭した。
 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

小さな旧市街のメインストリート、コルソ・サン・レオーネ。工芸品の籐籠やカラフルなビーチ・ファッションの店、レストラン、カフェなどが集まっている(上)。Belvedere Sperlonga (スペルロンガ 展望テラス)からティベリウス帝の別荘へ続くビーチを眺める(下)
 

 

sperlonga_8

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

手長海老とズッキーニの花の手打ちパスタとシーフード・フライのランチ。スペルロンガではどのトラットリアやレストランでも新鮮なシーフードが味わえる。爽やかなテラス席で食べる料理は、格別の美味しさ。
 

 

 

 

 

「イタリアで一番美しい村」に選ばれた旧市街

 

 

  ランチを終えて、いよいよ旧市街散策をスタート。事前に地図を探したのだがどこにも見つからず、レストランで尋ねた時も「小さいから地図なんかいらないわよ」と言われたので、行き当たりばったりに歩くことにした。市庁舎がある村の中心らしきエウローパ広場には、『イタリアで一番美しい村』に選ばれた、という看板が見える。広場から放射線状にいくつも伸びたうなぎの寝床のような細い道のうち、気の向くままに一本を選んで足を踏み入れた。細長い道の先は影で何も見えず、なんだか遊園地の肝試しアトラクションにでも参加したような気分になる。
 旧市街の起源は実はとても古く、古代ローマ時代にまで遡るらしい。「スペルロンガの旧市街は『小さなラビリンス』だよ」と、以前ここを訪れた友達が言っていたが、まさしく「ラビリンス」という言葉がぴったりの迷路が続く。狭い通りの壁のあちこちにターコイズブルーを基調としたタイルや手描きの陶器が飾られていて、ショップかと思ったら誰かの家の玄関だったり、教会の入り口でおばあちゃん達が座り込んでおしゃべりをしていたり、ただ歩いているだけなのになんだかとっても癒される。童心に返ってワクワクしながら迷子になっていると、思わず「きゃぁ、かわいい!」と声が出るような風景にひょっこり出くわす。嬉しいサプライズ満載のラビリンス散策は、何時間でも飽きることなく楽しめる。


 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

旧市街の道はどれも細長く、階段や坂道も複雑に入り組んでいる。先が見えない道はサプライズに満ちている(上)。迷子になるうち、ひょっこり出くわした「コルテ・デル・モナステロ」という小さな広場。後で知ったのだが、ここは地元の人達に「Piazzetta del Pozzetto(小さな井戸の小さな広場)」と呼ばれて愛されている場所(中)。広場に面した壁には海賊の侵入のシーンを描いたカラフルな壁画が残っている(下)。
 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

カラフルな陶器やタイルで飾られた見知らぬ人の玄関先もこんなに絵になる(上)。旧市街の先端、リパ通りには地中海を180℃見渡せる展望スポットがある。休憩用の木陰のベンチもあり、絶好のデート・スポットとなっている(下)
 

 

 

新市街沿いに広がるもう一つの公共ビーチ

 

 

  丘の上の旧市街でラビリンス歩きに夢中になっていた時、立ち寄った店のマダムが「下の新市街の周りもきれいよ。スペルロンガは旧市街を挟んで両脇に公共のビーチがあるけど、新市街方面のビーチの方が広いのよ」と教えてくれたので、新市街も見てみることにした。行きは登りでしんどかった坂道も、下りは楽チン。5分も歩いたところでビーチへの入り口であるフォンターナ広場に着いた。真っ白でモダンなアーチのモニュメントと背後に広がる真っ青な海のコントラストが眩しいくらいに輝いている。無意識のうちに駆け出していた私は、波打際まで来ると目を閉じて腕を広げ、大きく深呼吸を一つ。ああ、なんという爽快感。
 左手には、断崖の上に立つ真っ白な旧市街とスペルロンガのシンボルである16世紀の要塞「トゥルーリアの塔」、そして右手には隣街のテッラチーナまで穏やかな曲線を描きながら続く長い砂浜が見える。平日にも関わらず、ビーチパラソルの下でゴロゴロと寝転んでこのきれいな海を満喫している人々が羨ましい。水着を持ってこなかったことを心底後悔していた時、ビーチにいた衣料品の屋台のオヤジが「シニョーラ、水着あるよ」と声をかけてきた。泳ぐつもりはなかったけれど、目の前の海を見て飛び込みたくなる私のような不用意な客はきっとたくさんいるのだろう。かなりの誘惑に駆られたが、カメラを手にしていたので海に飛び込むのは諦めた。次に来る時はカメラを置いて、日焼け止めと水着とお気に入りの推理小説を持って来ようと心に誓い、このエリアの特産品である「モッツァレッラ・ディ・ブーファラ」を買って帰路についた。
 

 

 

sperlonga_15

新市街側のビーチから眺めるスペルロンガのシンボル「Torre Truglia(トゥルーリアの塔)」と丘の上の旧市街。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

公共ビーチは旧市街を挟んでテッラチーナ側とガエータ側の両方に伸びている(上)。ビーチで水着やタオル、アクセサリーなどを売る屋台はイタリアの海の風物詩(中)。クリスタルブルーの海の美しさで定評があるスペルロンガのビーチは全長10kmに及ぶ(下)。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

sperlonga_map

 

 

 

 

 

<アクセス>

ローマからスペルロンガまで、車の場合、州道SR148経由約2時間(128km)。電車を利用する場合はテルミニからフォンディ-スペルロンガ(Fondi-Sperlonga)まで各駅で約1時間15分、フォンディからPiazzoli社のバスに乗り換え30分。バスは夏季(6/2〜9/2)は毎時1本、フォンディとスペルロンガの間を巡回。冬季はさらに本数が少なくなるので時刻表をよく確認した方がいい。
 

 

<参考サイト>

・スペルロンガ観光情報(伊語)

https://www.sperlongaturismo.it/

 

・スペルロンガ観光情報(英語)

http://www.latinaturismo.it/uk/

 

・バス時刻表Piazzoli社サイト(伊語)

http://www.piazzoli.it/orari-autobus.htm

 

・ティベリウス帝の別荘(英語)

http://www.polomusealelazio.beniculturali.it/index.php?en/172/museo-archeologico-nazionale-e-area-archeologica-di-sperlonga

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回8月9日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

Exif_JPEG_PICTURE

田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

ブーツの国の街角で
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー