風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#40

闇夜の雨に魔法を欲す

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルックエラトー→ラモトレック→サタワルサイパン→グアム
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文と写真・林和代 

 

 

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【Photo by Osamu Kousuge】

 

 

 深夜2時。

 マストが軋むギーという音だけが響く静かなデッキでは、舵を取るミヤーノと、彼の指示でコンパスにライトを当てる係の私、そして、舵取りを終えビニール袋からごそごそとビートルナッツを取り出すムライスの3人だけが起きている。

 我がシフトのもう一人、オサムは、船首に近い場所で横たわっている。

 

 サタワル以降、風は順調で嵐にも遭遇しない。全くもって快適な航海が続いていた。

 

 上空は曇で覆われているけれど、前方は晴れていて、北斗七星と北極星が見えていた。

 サタワルからサイパンへはほぼ真北に向かう。

 目印の星は、北極星の一つだけ東側のマイネパナファン(こぐま座)。私はこぐま座が認識できないけれど、北極星と北斗七星の真ん中を目指せばいいので、わかりやすい。

 

 不意にミヤーノが言った。

 

「北極星がずいぶん高くなったなあ」

 

 確かに。赤道に近い離島周辺にいた時は、水平線から10度ぐらいの低いところにいた北極星が、今は随分と高い位置にいる。だいたい30度ぐらいか。

 

 北上してるのだからあたり前だけど、北極星の位置が変わっていく移動なんて滅多にしないから、ちょっと感動。

 そういえば風も少し冷たくなってきている。

 

「グロー、まだ見えないね」

 サタワルを出て6日目。そろそろサイパンのグローが見える頃だ。

 グローは、島の電気の明かりが空に反射して見える光の雲。

 それが見えれば着いたも同然なのだが。

 

 私がぼんやり前方の水平線上を眺めていると、にわかに黒い雲が張り出して、みるみる空が覆われ、雨が降り出した。

  

 カッパを着込んで定位置に戻ると、ミヤーノがライトを催促した。

 私がコンパスを照らすと、マイスはまだしっかりとマイネパナファンに向けて航行していた。

 

 

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 雨はさほど強くないが、暗い。舟も空もすっぽり闇の中。

 いつのまにかあの世に入っちゃったような、不思議な気分になる。

 

 航海をしていれば、星が見えない夜は、たくさんある。

 彼らはうねりでも方角が分かるが、この暗さではうねりを見ることもできない。

 一流のナビゲーターなら、うねりを体で感じ取って方角を確認できるが、海が荒れればそれも難しい。

 そんな時、一部のナビゲーターは「雷の魔法」を使う。

 イナズマを天に作り出して海を照らすのだ。

 その人たちはそれを「懐中電灯代り」と言う。

 

 もちろん、その魔法は陸でも使える。

 知り合いのサタワル人が以前、魔法使いとヤシ酒を飲んだ時、暗すぎて帰り道がわからないと言ったら、イナズマで道を照らしてくれたそうだ。

 すっごく便利。

 

 雷には他の使い方もある。ずいぶん前に、こんなことがあった。

 かつて私がヤップ島にあったセサリオ宅で、雷使いの一家の女性と同室で寝ていた時のこと。
 ある日の明け方、雷が鳴った。その日の昼、その女性と二人になったので、あなた、もしかして雷使い? とこっそり尋ねたら、彼女はいたずらっ子のようにニッと笑って頷いた。

 

「じゃあ、今朝のはただの雷? それとも……?」

 

「あれは兄がグアムから送ってきメッセージだと思うわ。うちのファミリーの誰かが亡くなったんじゃないかしら」

 

 そしてその1時間後、セサリオ宅の電話がなって、彼らの親族の訃報が入った。

 

 彼女によれば、雷のメッセージを送れるのは男性陣で、彼女は受信のみだという。

 雷様には1時間ごとに24時間分、それぞれ名前がついていて、性別の区別もあるらしい。

 雷が鳴った時間と鳴り方で、吉報か凶報か区別ができるとか。

 

 この雷の魔法は、ある一家だけが伝承している技で、何人ものナビゲーターが教えて欲しいと頼んでは断れた、という話を聞いた。危険を伴う魔法だから簡単に教えるわけにはいかない、とのことだったのだが、要するに秘密度がかなり高いのだ。

 

 でも、中にはメジャーな魔法もある。

 法螺貝を吹いて竜巻を避ける、なんてのは、島の誰もが知る常識だ。

 だから航海中、夜の嵐に遭遇すると、ナビゲーターは誰かに命じて法螺貝を延々と吹かせる。万一竜巻が起こっても、避けてくれるように。

 とはいえ、実際の体験談となるとそう多くはないと思っていたが、案外私の身近にたくさんあった。

 

 2000年、マウがサタワルーサイパン間をナビゲートした時のこと。

 はるか遠くに発生した二つの竜巻が、マウたちのカヌーに向かって来た。すかさずマウが誰かに命じて法螺貝を吹かせ、呪文を唱えると、竜巻は急にすいーっと方向を変えて離れて行った、という話をセサリオがしてくれた。

 のちにその時のクルーに会うたび尋ねると、誰もが同じ話をした。

 

 他にも、クジラに遭遇した時、カヌーを壊されぬよう機嫌をとってなだめすかす魔法や、高波をスポンジで吸い取ってパプアの方まで飛ばしちゃうなど、超キュートな魔法も満載なのだ。

 それに、誰もブラックマジック的なものは教えてくれなかったけど、これも絶対あると思う。

 

 どれでもいいから一回見てみたい。魔法!

 その存在を知ってから、ずっとそう思っていた。

 でも、実際魔法使いに会っても、そう気楽に頼めやしない。

 

「ねえ、ミヤーノ。雷の魔法、習ってよ。そんで私に見せてよ。見てみたーい!」

 闇の中、アホっぽさ満点でそう頼んでみたが、ミヤーノは鼻で笑っただけだった。

 

 やがて雨が止んだ。

 そしてミヤーノが私の名を呼び、前方を指さした。

 巨大な闇の塊の中に、かすかな、本当に微かな光の粒が見えた。

 

 

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一見すると、写真のゴミのようだが、これが見えた街明かり。この小さな光も、闇の中で見るとやけに輝いて見える

 

 ミヤーノがセサリオを起こすと、みんなも起き出して前を見る。

 あれは街の明かり。ようやくサイパンだ。

 グローが見えなくて、いきなり街の明かりとは!

 私は慌ててお湯を沸かし、みんなのコーヒーの準備を始めた。

 と、なぜか突然、腹痛が!

 これはまずい。

 せっかく久しぶりの文明的ごちそうが目前に迫っているというのに。

 

 しかし腹痛はいよいよ激しくなった。

 夜が明けてあたりが明るくなると、そこにはまさにレジャーアイランド、サイパンがあった。

 デッキは大いに沸き立ち、みんなが陽気にジョークを飛ばしあう中、私はひとり、お腹を抱えて寝床に転がり込んだのであった。

 

 

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サイパン随一のマリンスポーツの場所、マニャガハ島では、夜明けと同時にパラセイリングが開始。突然目にした「現代」が、むしろ異世界に見えた瞬間

 

 


 


*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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クルー1クルー2

 

 

 

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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