風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#33

エタキニケンナからエタックを学んでみる

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルックエラトー→ラモトレック→サタワルサイパン→グアム
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文と写真・林和代 

 

 

 

 

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【Photo by Osamu Kousuge】

 

 

 出港直後の積荷整理が一段落してふと振り返ると、まっすぐな水平線の上には、平ぺったいサタワルがまだしっかり見えていた。

 

 風は相変わらず東北東。

 この地域では、セイリングのシーズンとされる2〜6月あたりは、主に東の風が吹き続ける。

 

 パラオを出てからずっと東に向かって進んできたマイスにとって、この東風はずっと逆風だった。

 そのため、何度もなんどもタック(方向転換)を繰り返し、ジグザグにノロノロと進んできた。

 でも、ここからは違う。

 サタワルからサイパンへの方角は、スターコンパスで言うところのマイネパナファン=こぐま座。

 真北を示す北極星の一つ東寄り。要するにほぼ北だ。

 そして、北上するのにこの風は申し分ない。タックも必要なく、ひたすら風を受けて舵を取れば良い。

 距離的にはちと長く、風がよくて1週間かかる。でも風さえあれば、快適なはずだ。

 

 

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ムライスがサタワルで調達してきたお気に入りのヘルメットにはnishimatu construction(西松建設)の文字。これ以降、彼は時折「ニシマツ!」と謎に雄叫びをあげたりしながら、現場監督キャラとして活躍するのであった。【Photo by Osamu Kousuge】

 

 

「カッツー! パンはどこ?」

 ディランが弾けるようにデッキの上を駆けながら問いかけてきた。

 サタワル最終日、エリーがミヤーノのおばさんたちと一緒にパンを作ってくれた。

 離島の食事が苦手なディランにとっては、見逃せないごちそうだ。

 

「そこのグレーのバケツの中だよ」

「おお、パンがあったな。じゃあツナサンドを作ってくれよ」

 そんなセサリオの要望を聞くと、ロッドニーがツナ缶をいくつも開け始め、私がマヨネーズをがっつり混ぜ、パンに挟む。

 ごきげんでパクつく親子を眺めながら、私とロッドニーはくだらない冗談を飛ばしつつ、ツナサンドをたんまり作った。

 

 セイルの調節を終えたミヤーノとアルビーノものんびりサンドイッチをぱくつき出した。

 出港以来、ずーっと苦しんでいた船酔いからようやく解放されたオサムは舵を握り、そのすぐ隣では、ノーマンがつきっきりで舵取りのイロハを教え込んでいた。でも、サンドイッチができると、食いしん坊のノーマンは当然のごとくやって来て、サンドイッチを3つ手に取った。

 それを目ざとく見つけたムライスは、あー! またノーマン、3つもとったぞー! と大きな声でからかった。

 エリーはお湯を沸かしてコーヒーを入れる準備をしている。

 

 島ではバラバラになるクルーがこうして全員揃うのは4日ぶりだ。

 まるで家族全員が家に帰って来たような、圧倒的な和み感がある。

 パラオを出てからちょうど6週間。

 いつの間にかマイスは、すっかり我が家になっていた。

 

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【Photo by  Osamu Kousuge】

 

 

 

 アルビーノが食後のタバコを催促してきた。

 紙巻きタバコはいよいよ貴重さを増している。多分、サイパンに着くまでは持たないが、なるべく長く持たせたい。そしてタバコを持っているのは私とセサリオのみ。

 セサリオのタバコは、ハードな労働をした後のクルーにご褒美的に渡されるので、普段は皆私にタバコをねだってくる。

 私は1本を取り出すと、ロドニーとシェアね、と言ってアルビーノに渡し、さらにもう1本取り出すと、これは私とミヤーノがシェアだよ、と合図して、タバコに火をつけた。

 タバコがもっと減ってくると、私の独断で、1本を3人でシェアするように指示を出す。

 タバコの仕切りという、にわか権力が私に備わる貴重なタイミングである。

 

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同じシフトで働く喫煙者、ミヤーノが私のタバコのシェア仲間。サタワル以降、オサムとシフトを入れ替わり、私と別のシフトに入ったアルビーノは、私が寝る前にいつも1、2本ねだりに来て、彼と同じシフトの喫煙者、ロッドニーとシェアするのが基本パターンである。【Photo by Aylie Baker】

 

 半分吸ったタバコをミヤーノに渡しながら振り返ると、サタワルはもう見えなくなっていた。

 

「ねえ、セサリオ、今ちょうど、エタキニケンンナ?」

 セサリオは目を細めて背後をじーっと見つめると、言った。

「まだだ」

「え? まだ島、見えてる?」

「おお。ほらあそこ! お前、見えないの? ほらあそこだよ」 

「えー、どこどこ? 全然見えないんだけど」

 私が身を乗り出して島影を探すと、キャプテンはクックックと笑い出し、こういった。

「そう、ちょうどエタキニケンナだ」

「もう! うそつき! 」

 

 

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【Photo by Aylie Baker】

 

 

 エタキニケンナとは、島が見えなくなる地点をさす。

 サタワル周辺の離島はどれも海抜2〜7メートルと標高が低く、だいたい12マイル(約19キロメートル)がエタキリニケンナに相当するらしい。

 この距離を彼らは1エタックと呼び、航海における大まかな距離の単位として利用する。

 

 ナビゲーターは、サタワルからA島へは3エタック、B島へは4エタック、という風に覚えている。

 3エタックのA島へ行く場合、サタワルを出てから島影が見えなくる時点=エタキニケンナで1エタック、次にほぼ同じだけ距離を進むと、Aの島影が見える=Aのエタキニケンナに到着、という計算だ。

 これが5エタックとなると、出発地のエタキリニケンナから目的地のエタキニケンナまでの間に、3エタック分の距離がある、ということになる。

 

 エタックは距離だけでなく、現在地の把握を最大の目的として利用される。

 これはとても難しく、私もよくわかっていないのだが、試みにちょこっとだけ紹介してみよう。

 

 ナビゲーターは頭の中に、ドーム状の空をイメージしている。

 自分(カヌー)は常にドームの底面=水面の中心にいる。

 私たちが広い野原に立って、夜空を見上げた状況と同じだ。

 

 ここで大事になるポイントは、天動説的な思考パターン。

 自分はどんなに移動しても常に中心にいて、周囲の島や星々が後に下がっていく、という考え方である。

 出発地と目的地はもちろん、同じ水面上の前方と後方にある。

 これ以外に、実際には立ち寄ることも見ることもないけれど、進行方向に対して右か左のどこかにある島をエタック島とし、その場所も合わせてイメージする。

 それらの位置は、自分から見た方角=スターコンパスに利用される星々の名で把握される。

 

 ある島を出るとき、目的地は北(フィウスマクット)、エタック島が北東(ムーン)で目的地よりは近い距離にあるとする。

 自分が少し北に進むと、周囲が後ろ側に少しずれる。なので、はじめ北東にあったエタック島は東北東(ウーン)に移動する。

 自分がもっと北に進むと、エタック島はやがて自分から見て東(マイラップ)に移動する。

 このイメージを連続して把握し続けながら、目的地まで進む。

 

 このイメージ航法が、エタックと呼ばれている。

 

 第6話で紹介したスターコンパスとうねりのコンパスで方角を把握し、エタックで現在地を把握、これに正確な地図情報を加えて、彼らは航海している。

 

 方角と、現在地と、地図情報。要するに、原理はカーナビと同じなのだ。

 

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夕暮れ時は、天気の予測に大事な時間。雲の様子を見て、「風の口があるだろ?」とか、意味不明なことを教わったりする。【Photo by Osamu Kousuge】

 

 

「ねえ、サタワルからサイパンに行くときのエタック島は何?」 

 私が質問すると、セサリオは眉をひそめて、知ってるだろう、と言った。

 ん? あ、そっか。ウエストファユだ。

 

 ウエストファユは、サタワルの北、風がよければひと晩で着く無人島で、島の人たちがよくウミガメや魚を捕りに行くところ。

 これまでのサタワルーサイパンの航海では、必ずウエストファユに立ち寄るか、すぐ横を通ることを私は思い出した。

 航路上にあるウエストファユは、目視できる便利なエタック島だったのだ。

 

 スターコンパスを覚えただけの超初心者な私だが、久しぶりに航海術のお勉強モードに突入したので、次回は航海術・三種の神器の最後の一つ、地図情報について紹介しようと思う。

   



*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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クルー1クルー2

 

 

 

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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