ブルー・ジャーニー

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#29

カナリア 風の中の島々〈4〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

限りなく、つねに新しく

 

 

 砂丘がどこまでも波打ち、空の青と海の青がはるかかなたでとけ合う。

 距離を推し量るものがないから、島という小さな空間なのに、限りなく広く感じられる。

 太陽の位置しか時の経過を知る手掛かりがないから、時間もまた無限に感じられる。

 考えごとをしたり、心の奥底をのぞきこんだりするには、常春の風が心地よすぎる。

 

0401

 

「変化、言葉、欲、ミラノは何もかもが多すぎる。抵抗し、自分を守ろうとして、疲れ切ってしまう」

 ステファノは言った。

「何より大きな問題は、自分である必用がないということなんだ。ぼくがいなくなったら、だれかがその場所に入り、なんの問題もなく明日がやってくる」

 砂つぶが傾斜からはがれ落ち、その砂つぶに突かれた砂つぶが、驚いたように跳び跳ねる。

 

0402

 

「何を話題にしても彼はあらゆることに精通しており、われわれに溢れるほどの精神的財宝を与えてくれる。まるでたくさんの蛇口の付いた噴水のようで、容器さえしたにあてがえばいつでもさわやかな水が尽きることなく流れ出てくる」

 二〇歳年上のゲーテを驚嘆させた知の怪物、アレクサンダー・フォン・フンボルトは、一七九九年、五年間に及ぶ南米大陸の旅に出発。途中、カナリア諸島のテネリフェ島に一週間滞在し、大西洋の最高地点、テイデ山山頂に立った。

「ピコ・デ・テイデ山は緯度では熱帯に位置するものではないが、隣接するアフリカの草原から乾いた空気が絶え間なく昇ってきては東の風にすばやく吹き飛ばされる。おかげでカナリア諸島の大気は[イタリアの]ナポリやシチリア島の周辺ばかりか、キト[エクアドルの首都]やペルーあたりの空気よりも澄んでいる。熱帯地方の風景が美しいのは、ひとつにはこの透明度のゆえだろう。植物の色彩はひときわ鮮やかに引き立てられ、独得の、不可思議な調和と対比を生み出している」

 

0403

 

 世界の砂漠の面積の約二〇パーセントを占める砂丘。一定方向に吹く風と転がり、弾む砂があれば、地球に限らず、宇宙のどこにでも形成される。大きさは風に吹かれて集まってくる砂の量によって決まり、形は風の向きによって決まる。

 火星を走査している探索車“キュリオシティ”から送られてきた画像に映る、黒っぽい砂丘 “バグノルド”。高さは約五メートル、一年間に一メートルほど移動することが確認されている。

「地球の砂丘よりも重力が小さく大気が薄い環境で、風がどのように砂つぶを運んだり選別したりするのか、これから理解を深めていくつもりだ(NASA)」

“バグノルド”の名前は第二次世界大戦時のイギリス陸軍(LRDG)の創設者で砂漠探険家のR・A・バグノルドに由来する。

「動物も植物も見あたらず、砂の動きをさまたげる雨も降らないこの地では、砂丘がまるで生き物のように見えてくる。形を変えずに、どうやって風下へ延々と行進するのだろう。形に傷がついたら、どうやって治すのだろう。大きな親の砂丘の前を「赤ん坊」の砂丘が行進していくが、こうした赤ん坊砂丘を、同じ砂漠の違う地域にどのように産み落とすのだろう。粉塵のように砂漠の表面に平らに広がってしまわず、栄養をとりながら成長しつづけるのはなぜだろう」(『砂、風、戦争』R・A・バグノルド著)

 

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 サハラ砂漠に住むトゥアレグ族は、どこも同じように見える風景の中を一瞬としてためらうことなく、目的地に向かって進む。数学者に「どうして問題を解けるのですか?」と聞いても「解けるから解ける」としか答えられないように、トゥアレグ族も「わかるからわかる」としか答えられないが、ヒントのひとつはおそらく匂いにある。

 透明で乾燥した空気は匂いを遠くまで運ぶ。風下にいれば、それを嗅ぎつけることができる。風の向きに対して直角に進み、匂いを感じ取ったところで風上に向かえば発信源にたどりつく。

 R・A・バグノルドはラクダの匂いだけを頼りに一二キロ離れた場所からオアシスを見つけた。

 

0405

 

 フェテベントゥーラ島の砂丘を形づくる砂が、サハラ砂漠から移動してきたのは、おそらく、約七万年前〜約一万年前の最終氷河期。海水面が低く、サハラ砂漠がいまよりも広かった──いまでもアメリカやオーストラリアをひと飲みするほど広いが──からだろうと推測される。

 砂の粒子が空中に止まることができる時間はほんの数秒。転がり、弾むことはできるが、鳥のように飛ぶことはできない。

 氷河期以降、サハラ砂漠からアフリカ大陸の海岸線を経て、長距離を移動するのは砂ではなく、砂より小さな粒子、シルトと粉塵。その量は、毎年、ダンプカー一億台分に達する。

 

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“砂山のパラドックス”は、 紀元前四世紀、ギリシアに生まれた。

──砂山からひとつぶの砂を取り除いても、砂山は山のままだ。ふたつ目を取り除いても、山であることに変わりはない。それでは、山でなくなるのは、どの時点なのか。あるいは、砂つぶをひとつずつ積み重ねていったとき、どの時点から山になるのか。

 

0407

 

 朝の太陽が砂丘を照らすと、温められた空気は上昇し、そこに周囲から空気が流れこむ。循環する空気の中で砂つぶは大地を這い、跳びはね、人の足跡を消す。

 アフリカ大陸から吹き寄せる風は、一瞬として立ち止まることなく、海はカリブ海に向かって流れていく。

 風景は同じよう見えるが、同じではない。つねに更新されつづけ、つねに新しい。

 ぼんやりと波のリズムに漂っていた心が目覚め、動きはじめる。意識が昨日までの自分から切り離され、風に乗って広がっていく。

 ステファノは言った。

「ミラノにいると、急ぎ、耳をふさぎ、ふりほどき、声を上げ、つねに選びつづけなければならないけれど、ここは、島がぼくの明日を決めてくれる。とても控えめに、だけどとても上質に」

 

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 エジプトに生まれ、ナセルの統治を避けてパリに移住した二〇世紀を代表する哲学者、エドモンド・ジャベスは言った。

「本を書くということは、砂漠から砂を少し取り、それを何歩か先の砂漠にもどすのと同じことをしているにすぎないのではないだろうか」

 

 

*引用参考文献『砂 文明と自然』(マイケル・ウェランド著/築地書館刊)

 

 

 

(カナリア諸島編、了)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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