風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#17

あきれた離島人

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代

 

 

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[Photo by Osamu Kousuge]

 

 小さな光の粒が瞳の中でチカチカ点滅して、まともに目を開けていられない。

 強力な太陽光線が天から絶え間なく降り注ぎ、白い砂浜に当たって乱反射してあたりに拡散する。

 そんなハレーション気味の浜辺に、ぽつんと濃い影を作る小屋が見えた。
 なんとかそこにたどり着くと、一瞬くらっとめまいがしたが、気持ちのいい海風がすーっと吹き抜けて、ようやくひと心地ついた。

 海辺に立つ小屋の多くは男性たちの城であるカヌー小屋だが、これはちと珍しい女性小屋。女性たちが会議をしたり、パンダナスの葉を編んだりする場所だ。

 今ここで、島の女性たちによる私たちの送別会が開かれてようとしていた。

 

 集まった正装女性たちは、私たちクルーを囲むように座ると、ケチャップ入れのようなプラスチックの容器を取り出し、ターメリックの粉を私たちの顔、肩、背中にたっぷりとふりかけながら、声を合わせて歌い始めた。

 その歌は、ウォレアイの女性送別会とは少し趣が違った。

 メロディアスなウォレアイの歌と比べ、ここのはお経のような独特な抑揚があるだけの、メロディとは言い難いもので、むしろ、ノーマンにローカルメディスンを施す時に老女が呟いていた呪文に似ている。

 ちょっと厳かな気配。

 

 ちょうど私の正面にノーマンが座っていた。

 彼の背後に座るおばさんは、低い、よく通る声で呪文ソングを歌いながら、彼の体にターメリックを何度もなんども塗り、両手で彼の頭を抱えては彼の頬に鼻をぎゅうっと押し付け、背中や腕を優しく撫で続けた。

 されるがままのノーマンは、みるみる黄色くなっていく。

 

 ターメリックは、離島では採れない。ヤップからわざわざ取り寄せる貴重なものだ。
 これを塗ると、災いから守ってもらえるという話もある。  

 しかし、島では亡くなった人を埋葬する際にも、ターメリックを塗る。

 あるサタワル人に改めて尋ねると、フェアウェル・デコレーション。最後の姿を美しく。

 これが本来の意味だという。

 要するに、カヌーで航海に出る者は、死んでもおかしくないと見なされているらしい。

  

 海に落ちて以来、なにかとしんどそうだったノーマン。

 彼が、故郷であるこの島で受けたローカルメディスンや、この呪文にどれほどの力があるのかはわからないが、少なくとも彼は何かを感じたのだろう。

 すっかり黄色くなったノーマンは俯いたまま、何度もなんども涙をぬぐっていた。

 そんなノーマンの隣でセサリオは、同じように黄色くなりながら、無線機をいじり廻したり、あくびをしたり。退屈な授業中の中学生のようであった。

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左から、セサリオ、ノーマン、ミヤーノ。[Photo by Osamu Kousuge]

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左から、ディラン、アルビーノ、ロッドニー。[Photo by Osamu Kousuge]

 

 

 送別会が終わり、いよいよマイスに乗り込もうという時、見送りに集まってきた人々の中に、見覚えのある顔を発見した。

 40歳代の男性。絶対知ってる、でもえーっと、誰だっけ、誰だっけ。

 懸命に考えながら見つめていると、彼も私に気がついた。

「カズさん! あなたでしたか! また会えて嬉しいです。そうだ、あの娘、そこにいますよ」

 彼に名を呼ばれて振り返った15、6歳の娘を見た瞬間、昔の記憶が蘇った。

 

 10年前、サタワル島へ出掛けるべく、ヤップから連絡船に乗り込んだ時のこと。

 うちの娘が正装したので写真を撮って欲しいと男性に頼まれて5歳ぐらいのお嬢ちゃんを撮影。帰国後、大きく引き伸ばした写真を送った。

 

 目の前にいたのは、その父娘なのであった。

 私が送った写真は、額に入れて、今も家に飾ってあるそうだ。

 離島をうろついていると、こういう予期せぬ再会が時折降って湧いて、なかなか楽しい。

 

 

  こうして、めいっぱいカラフルに彩られた我々は、大勢の人たちに見送られてイフルックを出航した。

 

 例によって、デッキは島から頂いた中身が不明な食料の積荷がどっさり。

 それらを整理すべく私が中身を確認していると、見知らぬ兄さんが、それはタロだと教えてくれた。

 

 マイスが離島を出航する時、必ずその島の男性数名がマイスに乗船してきて、見学したり、大きな舵を持ってみたりする。

 ほとんどは、動き出す前に降りるのだが、たいてい2、3人は、帆をあげても降りない。

 島はみるみる離れていくけど、ぜんぜん降りない。

 私に、タロだと教えてくれた兄さんは、最後の一人になっても、当たり前のようにミヤーノやアルビーノと一緒に働いていた。ほぼクルー状態。

 

「この兄ちゃん、マイスに乗ってくのかな?」

 オサムが私にそう問いかけた。

 わかる。我々にはそうとしか思えない。しかし。

「いや、そのうち帰ると思うよ。そのうちね」

 これまでの経験から私はそう答えた。

 そして、それから10分も経った頃、彼はセサリオはじめ、クルー全員と握手を交わすと、笑顔でアディオス! と叫んでじゃっぽーんと海に飛び込んだ。

 3キロ? 4キロ? とにかく相当離れていたと思う。

 泳ぎゆく彼は、あっという間に波間に消えた。

 

 こんな離島の人を見るたび、私の心はいつも感嘆符でいっぱいになる。

 そのびっくりマークの9割は呆れ。基本的には、バカじゃないの??? と思っている。

 でも、残りの1割で、ちょっとだけ憧れていたりもする。

 この割合が、私を離島に惹きつける絶妙な配合のような気がする。

 

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上の写真ぐらい島から離れた時点では、下の写真ぐらい、島の人がたくさん乗っている。そのうちポツポツと海に飛び込んで帰っていく

 


 

*離島情報コラム 航海カヌーの種類

 

航海カヌーとは、オリンピック競技にもあるようなワッセワッセと漕ぐ競技用のものではなく、帆をあげて、風を動力として長距離移動をするもの。そういう意味ではヨットに近い。

 

ミクロネシアで一般的なカヌーは、シングルアウトリガーと呼ばれるもの。

中央にある1本の船体から片側に腕木が伸びていて、その先にアウトリガーと呼ばれる浮き棒が付いている。浮きと書いたが、実際には重しの役目を果たす。

 

ミクロネシアの中でも、離島カヌーの最大の特徴は、帆を前後入れ替えられること。

カニの爪のような形に広がる帆の根元。船首にあるそれをエイヤーと持ち上げ、船尾の穴にスポンとはめてしまえば、あっという間にカヌーの前後が入れ替わる。

我がマイスや普通のカヌーは、方向転換したい時、船体ごとぐるりと半回転せねばならないが、ミクロネシアの離島式なら、帆の根元を前後入れ替えるだけで、スイッチバック。今まで前だった方が後ろに、後ろだった方が船首に早変わりするので、より簡単に方向転換できる。

 

もう一つの特徴は、荷物置き場の翼があること。

アウトリガーの反対側に、マンタのひれのように、三角にせり出した部分である。

荷物置き場であり、簡易的に煮炊きすることもできる。

女子供を乗せる場合は、ここに、かごのようなものを伏せて取り付け、簡易的な個室を作り、その中に女子供をしまって運ぶ。

リーフ内でちょっとした漁をする時に使う1〜2人用のものには、荷物置き場はないが、

ほかの島々へと航海する長距離用のものには必ず付いている。

 

 

他に、船首と船尾についているV字の木、マスも特徴的だ。

マスとは、現地の言葉で「目」を表す。

舵取りの時、このV字の中に目印とする星を入れると、方向がずれにくい。

 

 

ちなみに舵取りは、船尾のマスの手前に腰をかけ、片足を舵にかけて操る。

その操舵者と、セイルのロープを握るナビゲーターの力量次第で、スピードはかなり変わる。

 

コラム12004年に私が乗った離島カヌー、シミオンホクレア号。当時、シングルアウトリガーカヌーとしては最大と言われていた。手前のカゴにしまわれて、小さく手を振っているのが、ワタシ。

 

コラム2

舵取りはこんな具合。ここに2〜3時間ぶっ続けで座って舵をとる。みんなお尻が痛くなる。ちなみに、この舵取りは当時のセサリオ。

 

 

一方、ポリネシア式と呼ばれるのが、ダブルハル、すなわち双胴カヌー。我がマイスもこれにあたる。

平行に並んだ2本の船体をデッキでつないだもの。マイスは1本マストだが、2本マストもある。

ハワイ、タヒチ、ニュージーランド、クック諸島などポリネシア地域で利用されるもの。

 

ミクロネシアのシングルアウトリガーと比べると、はるかに安定性が高く、大きいので、人もモノもたくさん運べる=より長距離の航海が可能になる。これがメリット。

広大なポリネシアの島々をポリネシア人が移動できたのは、これを発明したからじゃないか、と言われている。

 

一方、ミクロネシアのシングルアウトリガーは、走行中に船体のどこかが壊れたとしても、ほとんどの場合、海上で修理ができる。更には、万一ひっくり返ってしまっても、ヒョイっとまたひっくり返して何もなかったような顔をして航海が続けられるという強みがある。

逆に、ポリネシア式のダブルハルは転覆しにくいが、一度転覆したら2度と戻せないというのが弱点。

 

 ちなみにスピードは、ざっくり言えば、船体が大きいほど帆も大きいので早い。マイスは、最高で17ノット(時速31キロ)、シミオンホクレアの場合、最高速度は8ノット(時速15キロ)と言われている。


 

イフルック環礁データ


*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/


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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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