石巻/牡鹿半島 絶景・美食・縄文

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#14

イタリアの過疎の集落を蘇らせた「アルベルゴ・ディフーゾ」体験 (Vol.1)

分散型の宿  

(Albergo Diffuso)

 

 

 2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻。これまでの連載で現在の復興の様子や地域の観光への取り組みについてご紹介してきた。丸山ゴンザレスさんには「縄文人に立ち返る石巻、牡鹿の旅」、田中ケンさんには「石巻牡鹿半島のアウトドア旅」、山本益博さんには「石巻に育む復興の芽」、チョン・ウンスクさんには「宮城オルレと石巻街歩き」をレポートしていただいた。

「石巻/牡鹿半島」の連載の第11回目となる今回は、石巻市が目指す観光モデルとして注目する「アルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso)」についてのレポートをお届けする。これまでの連載で、ここには歴史、絶景、美食、人情……、観光客が求める様々なファクターが揃っていることをご理解いただけたのではないかと思う。しかし、ホテルや旅館をはじめ、多くの観光施設も被災している。そこで石巻ではイタリア発祥でヨーロッパ各地に広がりをみせているアルベルゴ・ディフーゾ(AD)というシステムを導入しようとしているという。日本でもすでに岡山県矢掛町、東京都台東区の谷中が取り組んでいる。

 矢掛町は旧山陽道の宿場町。倉敷の奥座敷とも呼ばれ、今でも当時の面影を残す街並みが残っている。しかし、旧宿場町でありながら、ここには宿泊施設がなかった。そこで古民家の特長を活かした宿泊施設の整備を賑わいのまちづくりと観光消費による産業の発展と位置付け、2016年3月、江戸時代からの古民家をそのまま甦らせた「矢掛屋 INN&SUITES」をオープンさせた。宿場町の歴史と文化を継承する古民家再生事業と相まって、アルベルゴ・ディフーゾ協会の日本認定第1号となった。

 東京の谷中は、谷中霊園を中心に数多くのお寺が集まる町。「夕やけだんだん」として知られる階段から谷中銀座通り商店街が有名。様々な業種約60店舗が全長170メートルほどの短い通りに立ち並び、地元の人をはじめ多くの観光客で賑わう。成田から京成スカイライナーで最寄の日暮里まで36分という立地もあり、外国人観光客にも人気のスポット。ここに木造アパートをリノベーションしたAD「HAGISO」がある。宿のホームページによると「単に一つの建物に完結したホテルではなく、まち全体を一つの大きなホテルに見立てることで 地域と一体になったホテル。宿泊室はまちの中。大浴場はまちの銭湯。ホテル自慢のレストランはまちの美味しい飲食店。お土産屋さんは商店街や路地に店を構える雑貨屋さん。文化体験はまちのお稽古教室やお寺で。」とある。つまり、町自体がホテルの施設として機能しているのだ。

 石巻の場合はどうだろう? 農業、漁業の体験コンテンツに、食、宿泊を組み合わせていくというが、以下のようなシナリオを検討しているという。

1)漁師町で漁業体験をして、うまい魚を食べる。(小渕浜、十三浜)

2)パワースポット金華山で、ボルダリング。

3)文化遺産「サンファンバウティスタ」で、海路で金華山へ。

 石巻は矢掛町や谷中に比べると規模が大きく、震災による影響もある。でも、歴史や文化は継承されているし、ここでしか味わえない旨いものがたくさんある。本場イタリアのアルベルゴ・ディフーゾも地震災害からの復興プロジェクトから始まったというのだから、地域が一体となって取り組めば、石巻でも不可能ではないだろう。

 日本のアルベルゴ・ディフーゾはまだ始まったばかり。本場イタリアでの実情はどうなのかピンとこない。そこで、「TABILISTA」で『ブーツの国の街角で』を連載していただいているローマ在住の田島麻美さんに、発祥国であるイタリアの町の成功例を取材していただいた。訪れたのはアドリア海を望む小さな港町テルモリ。けっして有名な観光地ではないこの町が、なぜADを取り入れたのか? 住民はどう取り組んだのか? 成功した理由は何か? 前後編、2回に分けてお届けする。

 

 

 

 イタリアの過疎の集落を蘇らせた

「アルベルゴ・ディフーゾ」体験 (Vol.1)

 

文と写真/田島麻美

 

 

 

 最近、日本でもじわじわと名前が浸透しつつあるイタリア発祥の「アルベルゴ・ディフーゾ(以下AD)」。アルベルゴはイタリア語で「宿」、ディフーゾは「分散」、ADは文字通り「分散型の宿」という意味である。1980年代、地震で崩壊した北イタリアの小さな村を復興するためのプロジェクトの一環として始まったADは、現在ではイタリア、欧州を始め世界各国で過疎化に悩む町や村の救済策として熱い視線を浴びている。では、一体ADの何がそこまで注目を集めているのか? その本質を探ってみることにした。

 


 

「持続可能な経済」をもたらすAD(Albergo Diffuso)

 

 

 名前だけは知っていたものの、アルベルゴ・ディフーゾの実態がよくわかっていなかった私は、思い切ってこのADの発案者で、アルベルゴ・ディフーゾ協会の会長であるジャンカルロ・ダッラーラ教授に教えを請うた。快く面会を受けてくださったダッラーラ教授は、開口一番、こう言った。

「ADの本質は、”持続可能である”ということにあります。小さな田舎町の過疎化はイタリアだけに留まらず、今や世界各地で同時進行している問題ですが、これを食い止める鍵は、それぞれの土地で”持続可能な経済”を生み出すことにあるのです」。観光マーケティングを専門とする経済学者でもあるダッラーラ教授は、「空き家が10軒ある村なら、ADを始められる」と言う。実際、イタリア各地の集落では、空き家を利用してADを始めようという動きが活発になっている。しかしながら、成功例は少ないのだそうだ。

「 ADをB&Bや短期貸しアパートと勘違いしている人が非常に多いのです。しかし、空き家の鍵を渡すだけではADは成功しません。ただ単に、村の各地に宿を分散させるだけでは人々は集まってこないし、そこに経済を生み出すことはできません。ADを成功させるには、それを運営する人の情熱やスキルが必要不可欠です。観光業、ホテル業、ホスピタリティの最低限のスキルを身につけ、なおかつその土地を心から愛している人でなければADを成功させることはできないでしょう」。

「分散型の宿」と聞いて、単に集落に点在している空き家を借りるのかと思っていた私は、想像していたものとはかなり違うらしいADの実態にさらに興味を持った。これはやはり、実際に体験してみるのが一番だろう。そこでダッラーラ教授におすすめのADを紹介してもらうことにした。

「テルモリ、という町があるのを知っていますか? アドリア海に突き出た小さな港町です。そこのボルゴ(古い集落)のADは素晴らしいですよ! ぜひ行って体験してみて下さい」。こうして、それまで名前すら聞いたことがなかった未知の街・テルモリを目指すことになった。

 

 

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アルベルゴ・ディフーゾ協会の会長であり、ADの発案者である経済学者ジャンカルロ・ダッラーラ教授。

 

 

 

アドリア海にポツンと佇む港町

 

 

 テルモリという町を知らなかった私は、早速地図を確認した。観光地としてはあまり馴染みのないモリーゼ州の州都カンポバッソからアドリア海側へ向かって約60km、プーリア州のバーリ、アブルッツォ州のペスカーラという二つの大きな町の中間に位置している。町の地図を見てみると、鉄道の駅の周りには整備された近代的な新市街が広がり、その先に突き出た半島にボルゴと呼ばれる古い集落がある。ダッラーラ教授が言っていたADは、どうやらこのボルゴの中にあるようだ。

 今日の宿泊先はLocanda Alfieri(ロカンダ・アルフィエーリ)というAD、明日はもう一つのADであるResidenza Sveva(レジデンツァ・スヴェーヴァ)に泊まることになっている。賑やかな商店街が続く新市街を抜け、中世時代の煉瓦造りの城壁に囲まれたボルゴに入ると、周りの空気が一変した。平日のお昼時、ボルゴの中はしんと静まり返って物音一つしない。ロカンダにチェックインすると、女主人のマヌエラさんに「ちょうど1部屋空きがあって良かったわ。今日は満室なのよ」と言われて驚いた。正直なところ、夏のバカンスシーズンならいざ知らず、2月のオフシーズンの平日にこんな僻地(ごめんなさい!)の小さな集落の宿が満室になっているなんて信じられなかったのだ。

 私が正直にそう話すと、マヌエラさんは笑いながら、「そうでしょうね。確かに4〜9月のバカンス期は週末にかけて海を訪れるお客さんでいっぱいになるけれど、冬季はビジネスマンの利用が中心だから逆に平日の方が混んでいるのよ」と言った。テルモリの産業については何も知らなかったのだが、マヌエラさんの話ではテルモリには工業地域があり、フィアットの工場などもあるためビジネスマンが頻繁に行き来するのだそうだ。加えて、ミラノからアドリア海沿いにバーリまで南下する高速道路の中間にあるため、車で移動する人にとってはちょうど良い休憩地点でもある。そのため、閑散期である冬の間もテルモリに立ち寄る人は想像以上に多いのだそうだ。

「ビジネスで来るお客さんのほとんどは、もう何年も通ってくれている常連さんばかりよ。みんな、うちの宿を第二の我が家だと思ってくれているの」。マヌエラさんは嬉しそうに教えてくれた。

 


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FSイタリア鉄道のテルモリ駅(上)。駅周辺に広がる近代的な新市街(下)。

 

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テルモリ市街地の地図。ボルゴは海に突き出た小さな半島になっている

 

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新市街の突き当たりにあるボルゴの入り口。ボルゴ内は車両進入禁止になっている(上)。城壁のアーチをくぐると、新市街の喧騒とは無縁の別世界が広がっている(下)。

 


 

 

たった2部屋の宿から始まった村の大復活劇

 

 

 ゆっくり歩いても20分足らずで一周できてしまう小さな集落にある二つのアルベルゴ・ディフーゾは、どちらも一年を通して宿泊客が絶えないという。その秘密は一体どこにあるのか? 私は若い二人のオーナーに話を聞いてみることにした。ロカンダ・アルフィエーリのマヌエラさんと、レジデンツァ・スヴェーヴァのオーナー・ファブリッツィオ氏は、忙しい仕事の間をぬってインタビューに応じてくれた。なぜADを始めようと思ったのかと尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「最初は宿を運営するつもりなんてなかった。ここは自分と家族で住むために買った家なんです。ボルゴにはもともと漁師達が住んでいた空き家がたくさんあって、どこも損傷が激しいから安く買えたの。だから、大きな家を修理して家族で住もうと思ったのよ」と語るのはマヌエラさん。快適に暮らすため改装を頼んだ建築家に、「どうせなら上の階も買い取ってB&Bを始めたら?」とアドバイスされたのがきっかけとなり、2部屋だけのB&Bをスタートさせたのが2004年のこと。

 一方、ファブリッツィオ氏もほぼ同時期に、ボルゴの古い館を格安で買い取って夏のバカンス客向けの短期貸しのアパートでもやってみようか、と動き出していた。どんな宿ならお客さんが来るだろうかとイタリア各地を旅しながら構想を練っていた時、トスカーナの片田舎でADに出会った。そのアイデアに惹かれたファブリッツィオ氏は貸しアパートの案を捨て、当時、日に日に進んでいたボルゴの老朽化・過疎化を食い止めるためテルモリ市が提供していたプロジェクトの融資を受けて一軒の館を買い取った。マヌエラさんのロカンダから一年後の2005年、レセプションと朝食用のホールを備えた7部屋のADをファブリッツィオ氏もオープンする。そして、マヌエラさんと二人で協力しながらテルモリのボルゴで「アルベルゴ・ディフーゾ」を始め、徐々に拡大して行った。

「ADの素晴らしいところは、全てが持続可能である、というところ。館も町並みも、全てもともとそこにあったものを再利用するというのが原則です。私達は、廃れていた漁師の家を格安で買い取り、滞在客が何不自由なく、しかも快適に過ごせる空間と設備を取り入れて改装したの。駅前の味気ない高層ホテルより、第二の我が家と思えるような居心地の良い宿を作れば、お客さんは何度でも戻ってきてくれます」。マヌエラさんの言葉に相槌を打ちながら、ファブリッツィオ氏もこう語る。「僕達はそれぞれ自分達独自のスタイルで宿を運営していて、経営もそれぞれ独立している。僕とマヌエラは、同じ方法で経営している訳じゃないんです。にも関わらず、2つのADは全く競合しない。それどころか、相乗効果でどんどん大きくなっていってるんです」。

 

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テルモリ・ボルゴでADを経営する二人のオーナー『Residenza Sveva/レジデンツァ・スヴェーヴァ』のファブリッツィオ氏(左)と『Locanda Alfieri/ロカンダ・アルフィエーリ』のマヌエラさん(右)

 

 

 二人が語る「持続可能な経済」というものを簡単に説明してみよう。

 まず最初に、ボルゴにあった古い空き家を格安で買い取って修復し、居心地の良い宿を作った。リピーターが増え、経営が黒字になると、さらに別の空き家を買い取って新たな部屋を作り、黒字がさらに増えるとまた別の空き家を買い取って部屋を作る。こうやってADが増えるにつれ、ボルゴには空き家が減り、人の流れができた。さらに客室が増えていくにつれ、ボルゴの中に雇用が生まれた。ベビーシッターを雇うお金がなく仕事に行けなかった主婦たちも、客室の清掃や宿の運営スタッフとして家から徒歩2分の場所に仕事を見つけることができた。子育てや高齢の両親の世話をしながら無理せず収入を得られるため、ボルゴに住み続けようという人が増えてきた。新市街に近代的な家を買ってボルゴを出ていった人達や、仕事を探しに街を出て行こうとしていた若者達も、ボルゴの価値を見直すようになる。その上、ADの成功で人を呼べることを知った住民がB&Bを始めたり、老朽化した家を見捨てずに綺麗に修復したりするようになり、ボルゴの美観も向上した。また、宿泊客が来るのなら食事なども必要になるだろうと、レストランやバール、地元の工芸品を売る陶器店なども開き始めた。そうこうするうちにボルゴの土地価格が上がりはじめ、15年前まではタダ同然の価値しかなかった古い家も販売価格が上がっていった。この成功は市や州など役所の目にも止まり、うち廃れていたボルゴの道や広場、遊歩道や港の整備に多くの税金を費やすようになった。こうやって、2つのADから集落全体、果ては港やビーチまで整備が行き届くようになり、一人一人の住民も豊かになり、それによってさらに外からの客が集まってくる、と言う大きなプラスの渦巻き効果が生まれたのだそうだ。

 現在、マヌエラさんが経営するロカンダ・アルフィエーリは自身が所有する3つの館と2つの賃貸アパートを借り上げた35室、ファブリッツィオ氏のレジデンツァ・スヴェーヴァは所有する5つの館に21室の部屋を持ち、さらに今夏に向けて2部屋の修復工事を行なっていると言う。たった2部屋のB&Bから始まったADは、たった15年足らずの間に集落そのものを立て直し、住民の暮らしを豊かにし、今なお、さらなる拡大を続けている。

 

 

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ロカンダ・アルフィエーリはボルゴの中の3つの館と2つの賃貸アパートに35室の客室を持つ。自身の所有である館は同じ色の外壁で統一し、分散していても同じ宿だと言うことがわかるようにしている(上)。一方、賃貸アパートの一室である客室は、外壁は異なるが同一のスタイルの表示によってロカンダの部屋であることを明確にしている(下)。

 

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レジデンツァ・スヴェーヴァはボルゴ内に点在する5つの館を所有している。村の中心である大聖堂前の広場にレセプションと朝食用のサロンを備えた館がある(上)。村の通りのあちこちに点在する客室は、入り口のロゴと同一スタイルの装飾によって一般住宅と区別できるようになっている(下)。

 

 

 

差別化の鍵となる個性的な空間作り

 

 

 ビジネス・バカンスを問わず、「一年を通じて常連、リピーターのお客さんが多い」と言う二人のオーナーに、「普通のホテルとの違いはどこにあるのか?」と尋ねると、二人は異口同音に「個性的で細部までだわった空間にある」と答えた。インターネットのWiFiや衛星放送TVが全室に備わっているのは今では当たり前の世界。ビジネスであれバカンスであれ、そうした必要最低限の設備が整っていない宿は真っ先に敬遠されるため、通常のホテルの客室にある設備は必ず完備する。その上で、どこか無機質な大型ホテルではありえないような、個性的な空間作りを演出するのだそうだ。客室がある館やアパートはそれぞれ広さも形も、窓からの眺めも異なる。また、どんなに古い建物であれ、その建物の原型となるパーツは極力再利用すると言う。そうすることで部屋ごとに個性が生まれ、画一的なホテルの部屋ではなく、まるで自分の家にいるような居心地の良い空間ができるのだそうだ。

 

 マヌエラさんとファブリッツィオ氏のスタイルは、二人が言う通り全く違う。マヌエラさんのロカンダの部屋は、古い建物にあえてモダンでキッチュな装飾を取り入れた装飾で統一されている。一方、ファブリッツィオ氏のレジデンツァは、歴史の重厚さと爽やかな海のイメージをミックスした装飾をベースにしている。一つ一つ異なる客室を見て回るのはとても楽しく、実際、宿泊客も「この前は3号室だったけど、今度は別の部屋にして」というように客室巡りを楽しんでいるそうだ。

 

「ADを始めるなら、まずは地元の優秀な建築家を探すことが重要だ。その土地の歴史を知っていて、その土地ならではの装飾アイテムや石や木材などの素材、家屋のスタイルを知っている建築家に古い建物の改装を頼むこと。そうすれば、世界のどこを探しても見つけられないその土地だけの客室が出来上がる。そういう個性的な宿のことを忘れる人はいないし、居心地が良かったなら必ず戻ってきてくれる。もし戻ってきてくれなくても、誰かに話してくれるはずだ。話題に上れば、評判は口コミで広がっていく。そうすれば、同じ街へ行っても駅前のビジネスホテルではなく、誰かに話したくなるような個性的な宿に泊まりたいという人が増えていくんだよ」。個性的な部屋づくりがいかに重要であるか、ファブリッツィオ氏が熱く語ってくれた。

 

 

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Locanda Alfieri/ロカンダ・アルフィエーリの客室の一例。古い建物の壁のレンガはそのまま装飾として残し、モダンな家具やファブリックと融合させているのが特徴。土地の歴史を垣間見せつつ、現代人にも居心地の良い快適空間を作り上げている。

 

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Residenza Sveva/レジデンツァ・スヴェーヴァの客室の一例。こちらも古い建物の壁や天井、家具などを装飾として残しつつ、海の青と重厚感のあるファブリックで統一。ロカンダとは全く異なるスタイルで個性を打ち出している。どちらの宿も全部屋異なるが、全部屋に共通するスタイルを貫くことで「宿の個性」を確立している。

 

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<アクセス>

ローマから特急・急行でFoggia/フォッジャまで行き、そこから各駅電車でテルモリへ。ミラノからはボローニャで乗り換える。いずれも乗り換えの待ち時間などを入れるとローマから最短で4時間半、ミラノからは最短で5時間15分ほどかかる。ローマからはテルモリへ直行するバスがティブルティーナ駅前のバスターミナルから出ている。所要時間は約4時間。遅延・乗り継ぎの失敗が起こりがちな列車より、本数は少なくとも直行で行けるバスの方が便利かもしれない。

★テルモリの街の様子は「TABILISTA」の連載『ブーツの国の街角で』のなかで紹介しているので、合わせてご覧になっていただきたい。

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#55「テルモリ:アドリア海に突き出た小さな港町」

 

<参考サイト>

Locanda Alfieri/ロカンダ・アルフィエーリ

http://locandalfieri.com/

 

Residenza Sveva/レジデンツァ・スヴェーヴァ

http://www.residenzasveva.com/

 

テルモリ観光情報(いずれも伊語)

https://www.termolituristica.com/

http://www.comune.termoli.cb.it/turismo.html

https://www.moliseturismo.net/luoghi/termoli/


 

★後編は、明日20日(水)更新です。ADの真髄である”ホスピタリティ”についてご紹介します。お楽しみに!

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

 

 


 

 

 

1.宮城県観光プロモーション

 

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東京シティエアターミナル2階「毎日が旅行博」Tour Expo 内 [東京都中央区日本橋箱崎町42-1]

 

主催 サンファンヴィレッジ

協力 東京シティ・エアターミナル東京空港交通宮城県経済商工観光部観光課宮城県観光連盟みらいサポート石巻宮城県石巻市大崎市石巻観光連盟峩々温泉東鳴子温泉旅館大沼良葉東部JF宮城県石巻湾支所万石浦鮮かき工場カイタクビヨンド牡鹿の学校

 

 

牡蠣のまち 石巻へ!!

 

 石巻は牡蠣の産地として有名ですが、2018年4月下旬に同じ宮城県の南三陸町戸倉地区に続き、石巻地区、石巻市東部、石巻湾の3支所が国内2例目となるASC*国際認証を取得しました。ASC国際認証というのは、WWFが国際的な海洋保全活動の一環として、天然の水産物ではなく、養殖による水産物を、海の自然や資源を守って獲られた持続可能な水産物(シーフード)として認証する仕組みです。

*「ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)」

イシノマキマンTwitter 【https://twitter.com/ishinomakiman

*詳しくは石巻観光協会のホームページでご覧いただけます。

 

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