風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#02

ングルーへ  全然進まないけど、ご飯を炊くのだ。

パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム

 

文と写真・林和代

 

 

 

「キャップ、あとどれぐらいかかりますかね? ングルーまで」

 ロッドニーがそう尋ねると、セサリオは言った。

「風次第だから分からんよ。ただ、もしも今の風が続くなら、まあ一週間はかかるだろうな」

  最初の目的地ングルーは、パラオから東北東に330キロ。風がよければ2、3日で着く距離だ。しかし風は逆風、きっちりングルーの方から吹き続けている。

 そんなわけで、我々は何度もタック=方向転換を繰り返しながら、北へ南へとジグザグに進みつつ、あわよくば東への距離を稼ごうとしていたが、ほとんど進んでない事は明白だった。

 出航して丸2日。いまだにパラオが見えていた。

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Photo:Osamu Kousuge
 
 

 歩みはのろいが、雨や嵐には遭遇していない。ある意味、平穏な日々である。

 そろそろお昼。米でも炊こう。私は米8合を入れた鍋を持って、船尾の炊事場に移動した。

 船に結わえたロープの先端にバケツが付いている。これを海に落とし、ロープをくいくいっと引っ張ってうまいことバケツに水を入れ、えいやーとデッキまで持ち上げ、その海水で米を研ぐ。

「ん〜海水味のご飯♡ オイシーネー」

 脇で見ていたミヤーノが嬉しそうに笑う。

 もちろん炊飯には飲料水を使うが、わずかに残るほんのり塩味は、なかなかおつなのだ。

 揺れる船の上、鍋を持ってギャリーボックスまで戻ると、すでにミヤーノが重い飲料水タンクを担いで、扱いやすい蛇口付きポットに水を注いでくれていた。その水を私が鍋に入れてる間に、彼はプロパンガスの栓を開け、ギャリーボックスの蓋を持ち上げてコンロを点火。至れり尽くせりである。

 ワー エリケリク。サタワル語でありがとうと私がいうと、彼もエソール、どういたしましてと返す。そして二人微笑み合って「レッツ スバ(タバコ) タイム!」

 私がウエストバッグからタバコを取り出し一本渡すと、彼は、私の首から下がっている防風ライターで火をつけ、ごはん焦がすなよと言い残し、舵取りに向かった。

 ミヤーノと一緒に航海するのはこれで4度目になるが、いつの頃からか彼は、マイスにおける私の保護者になっていた。20歳も年下なのに。

 

 「セサリオー! ご飯炊けたよー」

 実は今朝、釣り大王のムライスが巨大黒マグロを釣り上げ、刺身のマリネと塩焼きを作ってくれた。ロッドニーは頭でスープを作成。パラワン二人のおかげで、シェフ・カッツは楽ができてありがたい。

 キャプテンにマグロをたっぷり乗せたご飯を渡す。あとはみな、好きな時に来て勝手に食べる。

 気がつけば午後1時。6〜12時のシフトなのに1時間も残業してしまった。

 さっそく寝床に潜り込むと、ああ、結構揺れてるなあ、と思った直後に眠りこんだ。

 

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大きすぎて調理しきれなかった黒マグロの切り身は、シーカヤックの上に干して保存食に。

 

 

「カッツ、6時よ!」

  エリーに起こされバンクから這い出ると、すっかり夕焼け空になっていた。

 再び米を研ぎつつ、赤く染まった空で飛び回るアマという海鳥たちが、水面に突っ込んで魚を捕る様子を眺めているうち、すぐに夜が来た。

 マイスに照明はない。でも、今夜は明るい。月がスポットライトのように輝いていたから。

 もう寝る時間なのに、ロッドニーはうちのシフトのアルビーノとバカ話をしてくすくす笑っている。 

 大食いノーマンは、ツナ缶やスパムをいくつも開け、山盛りのご飯をむさぼるように食べている。

 船酔いでずっと寝たきりのオサムは白湯を飲みつつ、夜中のシフトは辛いとこぼして再び横になる。

 灼熱地獄の昼間と違って夜は過ごしやすく、気配も静かだ。時々、キキーっとマストがきしむ音がするぐらい。みんな、大声をだしたりしなくなる。

 夜の海はリスペクトしなくちゃいけない。ミヤーノがよくそう言っている。

 

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 台所仕事を終えた私は、防水ライトを手に舵へと向かった。

 このカヌーの舵は巨大なオール状で、 長さは3.5メートル、重さは約1トン。

 舵を右へ向ければ船は左へ、左へ向ければ右に向く。また、舵を持ち上げると先端が海に浸かって船は方角を変え、舵を押し下げると先端は中空に浮き、船は風なりに進む。

 もしも走行中に放置すると、波に翻弄されたこの舵は暴れ馬のようにびよんびよんと勝手に上下し、たいへん危険。なので常に誰かが舵を持ち、前方の空の星や雲をマークして、方角を維持する。

 ちなみに、伝統航海術では本来、現代的なコンパスは使用しないのだが、マイスのクルーはほとんどが学習中の生徒なので、大きなコンパスが舵の前に置かれている。

 


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海が穏やかな時しか私は舵取りをさせてもらえないので、うちのシフトは3人の男性が2時間交代で行う。

 今、我々はサタワルのスターコンパスでいうトゥムール(南東のこと=蠍座のアンタレスが昇る方角)を目指している。しかし、本物のトゥムールはまだ昇って来ていない。だから航海術の初心者ムライスは、コンパスを使って南東にある星を目印として定め、その星がマストのてっぺんや、マストから伸びるロープとロープの隙間など、常に同じ位置に見えるように舵を取る。
 補助係の私がコンパスをライトで照らすと、針はちょうど南東を指していた。
 ベリーグー! 私がそう教えると、ムライスはなぜかベリーキュート! と返してクスッと笑う。
 しばらくするとミヤーノがやって来て、ムライスから舵を受け取った。
 ミヤーノは熟練者なので、ほとんどコンパスは使わない。星で方角の見当をつけて舵をとり、時折あってるかどうか確認するだけだ。
 しかし交代直後、彼は、ん? といぶかしげに正面の星々に見入った。
 なんか違うらしい。すかさず私がライトを点けてコンパスを確認すると、
 「あれ? メサリューだわ」
 コンパスの針は目指すべきトゥムールのひとつ南寄りを指していた。
 「メサリューだな? 了解!」
 彼はそういうと力をこめて舵を何度か大きく動かし、やがて、右の眉毛をくいっと上げて合図をよこした。確認すると、コンパスは見事にトゥムールをさしていた。  

 さて、出航から一週間たった頃、風がぴたりと止んだ。一応帆は上げているが、おそろしくのろい。

「歩いた方が絶対早いよねー、赤ちゃんのハイハイといい勝負?」

 そんなことをエリーと喋っていると、不意にセサリオが言った。

「カッツ、ジャパニーズマジックで風を呼べ」

 私は仰せに従い、まず天まで平泳ぎで昇り、天空からえいやーっと風を起こすジェスチャーをしてみせた。すると……にわかに風が戻ったではないか!

 みな半笑いでしばしざわついたが、ものの5分で風は止んだ。

 舵もデッキに縛ってあるのでやる事がない。あとはひたすら暑さをしのぎつつ、喋ったり寝たり。

 私もヒマなのでディランの要望に答え、炎天下でスパム寿司を大量に作った。極限まで熟れた山ほどのバナナたちは、ロッドニーによってすべて揚げバナナにされた。

 

スパムほか
(左)スパム寿司  (右)パンケーキミックスの衣で揚げたバナナ。十分甘いが、そこにピーナツバターをがっつり塗って食べるのが大人気。

 

 そして誰もがングルーがあるハズの方角をじっと見つめ、時には、島がみえたぞー、と騒いでみては勘違いでがっかりしたりすること3日、ようやく本物の島影がぽつんと見えた。

 

IMGP0416夕方ングルー沖に到着。アンカーをしっかりリーフにくくり付けるため、ノーマンがカヤックに乗って出動。ここで一晩停泊する。

 

 日の出とともに、この島の主ジョージがモーターボートで迎えに来て、私たちはようやく上陸した。

 息が止まるほど美しい白砂のビーチ。歩くたび、可愛らしい足跡が点々とついていく。

 背の高いヤシの木陰に沿って小道をいくと、ジョージの家にたどり着いた。

 

小屋で寛ぐ

 実はこの島、住んでいるのはジョージと奥さんのマリア、マリアのお母さんの3人のみである。

 それだけで十分すごいが、その上この島のヤシガニは、ミクロネシア随一と呼ばれるほど美味。みんなの大好物ウミガメもたくさん捕れる。夢のような島なのだが、昨年、台風被害にあったそうで、あちこちでパンの木やヤシの木が倒れていた。楽しみにしていたヤシガニも今は取れないそうだ。

 それでも10日間船上にいた我々にとってはパーフェクトリゾート!

 頂いたココナツを一気飲みした私とエリーは服のまま海に飛び込んで泳ぎ、歌ってはしゃいだ。

 このあと、きびしい出来事が待ち構えているなんて、夢にも思わずに。 

 

 ングルーのビーチ小屋ジョージの手作りのビーチ小屋。クジラの骨がナイスインテリア。夢心地の昼寝が満喫できる​
ビーチ

*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/

 マップマイス見取図
クルー1クルー2

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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