ブーツの国の街角で

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#01

ローマ:テヴィレ川沿い下町散歩

文と写真・田島麻美

 

ローマの背骨テヴィレ川に沿って歩く

 

  ローマの街の中心を緩やかに蛇行するテヴェレ川沿いの道「ルンゴテヴェレ」。地元ローマ人はもちろんのこと、世界各国から集う観光客が朝な夕なに行き来するこの道は、私のお気に入りの散歩コースである。
テヴェレ川を挟んで、中心街のある東側と中世時代から庶民の生活エリアがあった西側に二分されるローマ。私がローマで暮らし始めた時、最初の下宿先があったのがこの西側の下町・トラステヴェレと呼ばれる地区だった。元気なお年寄りや気さくな若者が集うこのエリアは、私にとっての「ローマ」を体現している。時々一人でふらっと舞い戻りたくなる第二の故郷のような場所なのだ。
  今日はこのテヴェレ川沿いを歩きながら、ローマの下町散策に出かけてみよう。

 

 

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サンタンジェロ橋は、バロックの巨匠ベルニーニの工房が制作した彫像で飾られている。

 

   ローマを縦断するルンゴテヴェレは慢性的な駐車場不足と交通渋滞で有名で、「30分待ってもバスが来ない!」なんて日常茶飯事。でこぼこ道で歩きづらく、朝から晩まで車のクラクションで騒々しいのだが、それでもこの道は歩くに限る。渋滞中の道路を脇目に、犬の糞を踏まないよう足元に注意しつつ、テヴェレ川にかかる多彩な建築様式の橋と川沿の並木道のコントラストの美しさを愛でながら川下へ向かって歩く。

 

 

 

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交通の騒音と川の流れの間を歩く。狭い通りでは知恵と工夫を凝らして駐車スペースを「自分で作る」のがローマ流。

 

 

 ローマっ子のハート・トラステヴェレ地区


   サンタンジェロ橋から数えて4つ目にあるポンテ・シスト(シスト橋)は、テヴェレ川にかかる28の橋の中でもローマっ子に最も愛されている橋で、私も一番愛着がある。ローマ市内のどこからでも眺められるサン・ピエトロ寺院のクーポラも、ここから眺める姿が一番美しいと私は思っている。夏の終わりの夕暮れ時、赤紫に染まった空と川面に映る木々の影の間にライトアップされてぽっこりと浮かび上がる荘厳なクーポラ。数え切れないほど目にした風景なのだが、それでも毎回、ハッと息を飲んで立ち尽くしてしまうほどインパクトがある。

 

 

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15世紀の完成当時の面影を今に残している貴重な歴史遺産でもあるシスト橋。

 

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橋の上はストリート・アーティストから露天商、ツーリスト、地区の住民などで昼も夜もにぎわっている。
 

 

  シスト橋から川沿の道を外れ、トゥリルッサ広場を通って迷宮の下町トラステヴェレ地区へ入り込む。初めてローマを訪れた時、迷路のように入り組んだ細い石畳の道と中世時代にタイムトリップしたような雰囲気の赤茶色の建物の群れに一目で心を奪われた。細い路地を挟んで向かい合うアパートの窓と窓の間に干された洗濯物が風にはためき、窓から上半身を乗り出して大声でおしゃべりに興じるおばあちゃんの声が細い路地に響き渡る。なんだか妙にホッとする空間がここにはあるのだ。

 

 

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トラステヴェレ地区にはバールやトラットリア、ピッツェリア、エノテカなど庶民的で美味しい店が目白押し。

 

 

 

ローマの家庭料理が味わえるトラットリア


 12時半、飲食店の開店時間が来た。歩いてお腹が空いたので、店が混み始める13時前に老舗のトラットリアに席を取った。ボリューム満点で気取らないローマの家庭料理を出す店が、このエリアにはひしめいている。下町の雰囲気に押されて、メニューも家庭料理の代表である「スパゲッティ・カチョ・エ・ぺぺ」と「チコリーの炒め物」、そして赤ワイン。
ペコリーノロマーノという塩辛いチーズと黒胡椒だけで味付けしたスパゲッティは、噛むとボリッと音がしそうなくらいのアルデンテ。茹でたて熱々のパスタにチーズが程よく溶けて絡み、噛むたびに口の中で濃厚な香りが広がっていく。至福の時間。

 

 

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パスタ、野菜、グラスワインとパンで15ユーロ。味とボリュームを考えるとかなりお得なお値段。


 

 

迷路の裏路地で猫おじさんに遭遇


  たんまり膨らんだお腹を抱えて席を立ち、腹ごなしに再び迷路の小道をウロウロ。
通りには、家具や靴などの修理をする小さな工房や、手作りの作品を展示販売するアーティストの店などが軒を並べている。小さな路地裏に出たところで、うなぎの寝床のような狭い店から猫を背負った白髪頭のおじさんが出て来た。丸々と太ったトラジマの猫は、おじさんが歩き回っても携帯をいじってもビクともせず、まるでインコのように肩の上に止まっている。
「チャオ! その猫、重くない?」と声をかけつつ近づいて見る。猫はなんと肩の上で眠っていた。
「ああ、重いよ。でもここから動かないんだよ。冬はあったかくていいけど夏は暑くて最悪だよ。ほら、ちゃんと猫用の椅子とクッションもここに用意してあるのにコイツは肩の上がいいんだってさ」とおじさんは言って、店先の椅子を指差した。
猫の名前を尋ねた私に今度はおじさんが質問して来た。
「この子の名前はムゼッタ。ところで、シニョーラは日本人かい?」
そうだ、と言うとおもむろにスマホを操作し始めた。何が起こっているのかわからない私は眠っているムゼッタを眺め、時々頭を掻いてやりながら次の展開を待つ。

「おお、これだこれだ! ムゼッタと俺は日本のテレビに出たんだよ。それも2回もね!」そう言いながらYoutubeの画面を私の目の前に押し付けてきた。
恐るべし日本のテレビ番組。ローマの下町の猫おじさんは、この街に住んでいる私よりもずっと先に、日本のお茶の間の皆さんに紹介されていたのであった。

 

 

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おじさんは楽器修理の職人さん。狭い工房内には修理中のマンドリンやギターなどが所狭しと置かれている。

 

 

 

伝説の浮島とテスタッチョの新ストリートフード


  迷路のトラステヴェレから川沿いのルンゴテヴェレへ戻り、川の中州・ティベリーナ島を左手に見つつ、今日の最終地点であるもう一つの下町テスタッチョを目指す。市民の反乱によって殺害された暴君タルクィニウスの死体の上にできたと言われる血なまぐさい伝説が残るティベリーナ島だが、ローマでは恋人たちに人気のデートスポットだ。現在、この島には大きな病院があり、イタリアの誇る美人女優モニカ・ベルッチもこの病院で赤ちゃんを出産した。毎年夏には、島内と川沿いの遊歩道に露天商やバー、レストラン、野外映画館などが出現し、盛大なイベントが連夜繰り広げられる。一度、この島をローマ人の友達と歩いていた時、「病院に入院している患者はさぞかし迷惑だろうね」と言った私に、友はこう答えた。
「え、なんで? 陰気臭い病院の静けさより、歌ったり踊ったりの騒がしさの方が患者にとっては嬉しいと思うけど」。なるほど、ラテン系は入院患者も騒がしい方が落ち着くのかと納得した。

 

 

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ティベリーナ島は全長270m、最大幅67mの小さな島。伝説によると紀元前510年、市民の反乱によって殺害されテヴェレ川に投げ込まれた暴君タルクィニウスの死体の上にできたと言われている。

 

 

  ティベリーナ島から10分ほど歩き、橋を渡るとテスタッチョ地区に着く。サッカーセリエAの名門チーム「ASローマ」の本拠地があるテスタッチョは、古来から現在まで「ローマの台所」として栄えてきた。広場の隣には大きな市場があり、その周囲には地元民御用達の庶民的なトラットリアが集まっている。
今日の下町散歩の仕上げに立ち寄ったのは、最新人気のファストフード「トラピッツィーノ」の店。分厚いピッツァ生地に「牛テールの煮込み」「トリッパ」「鶏肉の料理風煮込み」などローマの名物料理の具を挟んで食べる。絶品である。
軽いおやつのつもりだったがしっかりお腹に溜まって眠くなってきた。そろそろ家に戻って、夕食前にちょっと昼寝でもしよう。

 

 

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ボリューム満点、味はローマっ子のお墨付き、お値段3.5ユーロ!とくれば人気が出るのも頷ける。

 

 

 

*次回は12月15日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

 

 

 

 

   

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