<時間旅行>戦前日本の日記

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昭和5

: 経国機力歓迎会で、余興をさせられた少年の日記。#1930年4月14日 #戦前の日記

16歳の男性。東京府立織染学校の学生。11月28日12月22日の日記の男性と同一人物。
diary2016.4.14


ーーーー とうとうむりに余興に出されてしまったのでひるやすみに家にとりに行った。そして三男同士で練習した。やがて新間がよびに来たので行った。もう会ははじまっていた。中に入って余興をきいてた。すると黒沢の○(?)にーーもう○○○(?)はやだ顔が痛くなっちまうと云やあがった。やがて僕等の番になって四人で出た。それまでは実に静かで手もたたかなかったが僕等の君が代マーチ、軍艦マーチには皆○○して音頭をとった。進軍はつまらなかったが僕が少しとったのでよかった。唐人お吉等はかなり人気があった。校歌はなれたせいかおわる時にすごい拍手がおきた。おかげで菓子とおもちをもらった。 ーーーー


経国機力歓迎会なる催し物で、余興をさせられたようだ。彼が友人とやったのは軍艦マーチと君が代マーチなどを演奏したとのことだ。軍艦マーチはいまでもよく知られているが、君が代マーチと言われて曲が頭に思い浮かぶ人は少ないのでは。この曲は君が代行進曲ともよばれ、文字通り君が代をアレンジした軍歌で当時はポピュラーなものであった。 以下のような歌詞もある。 君が代は 千代に八千代に 細石の 巖となりて 苔の生すまで 來れや來れやいざ來れ 皇國を守れや諸共に 寄せ來る敵は多くとも 恐るる勿れ怖るるな 死すとも退く事勿れ 皇國の爲なり君の爲 君が代は 千尋の底の 細石の 鵜のゐる磯と 現るゝまで 「君が代は千代に八千代に~」という部分は誰もが知っているが、その後の歌詞は現在、歌われることはない。それがあまりに軍国的すぎるからであろう。ちなみに君が代マーチの曲は自衛隊制定の行進曲として、現在も広く演奏されている。YouTubeなどにもあるので聞いてみてはいかがだろうか。


【昭和5年の出来事】 1月 鉄道省が全線でメートル法実施 ロンドン海軍軍縮会議  4月 上野駅に東洋初となる地下街の「地下鉄ストア」がオープン  5月 川崎武装メーデー事件  9月 浅間山爆発  11月 伊豆地方大地震

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