<時間旅行>戦前日本の日記

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昭和4

: 日記を書くことを楽しむ少年。#戦前の日記 #東京府立織染学校 #1929年10月22日

1929年(昭和4年)10月22日 15歳くらいと思われる少年。東京府立織染学校の学生。11月28日12月22日4月14日4月22日4月23日5月12日6月6日6月7日の日記の男性と同一人物。
diary2016-10-22


ーーーー 今日は藤森に野外教練をやりに行った。四五年の番がきた。四年は各個教練で僕は号令を掛けた。午後の演習は戦闘で三年以上東西に別れてぢりぢりと進み出した。僕等は畑の中をつっきってグランドの北東辺に走った。向こうも向こうでグランドのふちまで来ていた。味方も無○○○(?)とらえて第一面の射撃は開始された。僕は此処で二発うった。そして其の時三年の者によって両軍の直前には黄煙がもうもうと立ち始めた。その中又進んで射撃第二をやった。そして三発をうちその中突撃になり「ツッコメ」で両軍から手榴弾が盛んに打ち投げられた。其の時は実にすごかった。何しろ手榴弾は石灰を布につつんだものだから白煙の尾を引いたり落ちてくだけたり又向うの方では劇道具を○(?)けた○○○(?)が迫撃戦中未だ黄色の煙が後方にただようてた。 ーーーー


第一次世界大戦後は、日本でも国民教練の機運が高まっていた。そのため、戦時に動員力の強化と在営期間の短縮を目指し中学校以上の各学校には軍隊に所属する現役将校が配属されるようになった。彼らは、学生たちに射撃など武器の使い方や戦史などを教え、演習も含めた軍事教練をほどこし、思想教育も行った。 この軍事教練は1939年には大学でも必須化されるなど年々強化され、国民を軍国主義教育の中心となった。 日記中で行われているのも、そんな軍事教練の一環で、学生を東西に分け模擬戦闘を行っている。


【昭和4年の出来事】 2月 東京市で説教強盗妻木松吉が逮捕 2月 大正天皇の第3皇男子・宣仁親王が、徳川喜久子と結婚して高松宮家を創設 4月 寿屋(現サントリー)が初の国産ウイスキーを販売。価格は4円50銭 4月 新宿と片瀬江ノ島を結ぶ小田原急行電鉄江ノ島線が開通 6月 隅田川に厩橋完成 6月 北海道駒ヶ岳が噴火 8月 ドイツの大型飛行船・ツェッペリン伯号が霞ヶ浦海軍航空隊施設に降り立つ 9月 小林多喜二の『蟹工船』が発売 10月  NY証券取引所で株価が大暴落。世界恐慌の引き金に 11月 光州学生事件 12月 東京駅に八重洲口開設

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