<時間旅行>戦前日本の日記

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昭和1

年:光海軍工廠の行員養成所に入所した10代の少年の日記。#戦前の日記 #1941年10月17日

1941年(昭和16年)10月17日 4月より山口県の光海軍工廠の行員養成所に入所した10代の少年の日記。4月4日7月12日9月7日と同じ人物。
diary2016-10-17


ーーーーー 起床六時〇〇分。整列乾布摩擦(大掃除用易(ママ))。六時三〇分食事。七時〇〇分より大掃除八時〇〇分まで。八時より掃除用具点検す。八時三〇分外出用易(ママ)す。八時三〇分より外出許下(ママ)(区内)。全部三〇名同郷の者と徒歩にて帰る。九時帰家す。一時間代数を勉強して八幡様に参拝した。松野利朗君に出会ったので二人で町に出る。昼食を済ますと兄が帰って来たので海岸へたこ掛けに行く。船が無いので駄目なので近所の子供と遊び、又海岸で教練で習う号令の練習をする。戦艦が沖の方から二隻入ってきた(大きく見えた)。一時すると橋本君が来たのでいろいろ話した。六時二〇分で帰舎す(食事五時半にす)。 ーーーーー


明治12年から昭和22年までは、10月17日は、「神嘗祭」という国民の休日で、この日は五穀豊穣の感謝祭にあたり、宮中および神宮(伊勢神宮)で儀式が行われていた。そのため全寮制の海軍工廠にいる少年もこの日は休んで、実家に帰っていたのだ。 この日記が書かれた昭和16年は太平洋戦争が始まった年でもある。彼の日記を見ているとこの日だけでなく他の日も含め、軍港には頻繁に船艦が出入りしていると書かれている。12月8日の開戦を間近に控え、軍内部では慌ただしく戦争準備が行われていたのだろう。しかし、この少年を含め一般の人々はまだまだのんびりした生活を送っていたようだ。


【昭和16年の出来事】 1月 独ソ不可侵条約更新 2月 大本営政府連絡会議で対独伊ソ交渉要領を決定 2月 野村駐米大使がルーズベルト大統領と会談 2月 堀切駐伊大使がムッソリーニ首相と初会談 3月 野村駐米大使とアメリカのハル国務長官が会談。日米交渉開始 3月 治安維持法が改正 4月 ドレミファの音階名がイロハとなる 4月 ロンメル将軍のドイツ軍が北アフリカ戦線でイギリス軍を撃破 4月 日ソ中立条約成立 5月 アメリカ合衆国大統領ルーズベルトが国家非常事態宣言を発令 6月 ナチスドイツがソビエト連邦に対して攻撃開始し独ソ戦始まる 7月 アメリカがが在米対日資産を凍結 7月 日本軍 南部仏印進駐 8月 アメリカ、石油の対日輸出全面禁止を発表 11月 アメリカ・ハル国務長官が日本の中国撤兵要求を提議(ハル・ノート ) 12月 日本軍のマレー半島上陸および真珠湾攻撃で太平洋戦争が開戦

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