<時間旅行>戦前日本の日記

<時間旅行>戦前日本の日記

昭和1

年 :進路や恋、性について悩んでいるようだ。福岡県に住む16歳の少年。旧制中学校の5年生で卒業間近。1939年3月6日

2月14日2月25日の日記と同じ人物。
diary2016.3.6


ーーーー (前略)江戸時代では武家の念友関係は以前以上になったがそれにもまして男色が町人の間にもてはやされて売女と同じく、男色を売る少年が表れて男色楼などが出来た。盛んではあったが○○’(?)したともいえよう。この時代は女色も全盛時代で町人は快楽主義者ばかりで性欲にうづまって生活していた。人ハ性欲の満たされた後は悲哀を感ずる。「総ての勃起は××の後に悲し。」(羅典)という古の箴言さえある。美少年には例えば肛門(鶏姦)を利用するとか相互自慰などという遂性(?)手段が」ないでもないが女子に対する程性的満足は得られない。満足のないところに悲哀はないから勢いこれ又女子を打ち消す為に美少年を利用していたのだ。 往時の男色売春及び念友の有様は西鶴の「男色大鑑」「武道伝来記」「武家義理物語」等に出ている。そして江戸時代は吉原全盛売春全盛時代であった。 こう見てみると女色のある所必ずそれを打ち消す手段として男色、即ち美少年道があったわけで俺の解釈を証明していると思われる。 古賀は俺の理想に近い美の所有者だ。彼程美しい女が居たら(美女+性欲>古賀の美)というわけで俺はころりと参る。しかしいかなる美女と性欲も古賀の美しさで打ち消し得る。故に俺は古賀賛美及び美少年賛美をやめない。 ーーーー


同性愛の気質を持つ少年。勉強家の彼は同性愛について様々な文献を渉猟し、それについての感想を述べたり、友人の古賀という少年に対しての思いを書き綴っている。 彼が書いているように、男色は戦国時代や江戸時代ではそれほど珍しいものではなかった。明治に入っても明治維新の中心となった薩摩や土佐では衆道を嗜む者も多かった。明治5年には、条例により鶏姦(アナルセックス)が禁止となり明治6年には鶏姦罪として違反した者は懲役刑を処されることとなった。これはいかに人々の間で男色行為が行われていたかの証明でもある。明治42年に書かれた森鴎外の自伝的小説『ヰタ・セクスアリス』でも学生の間に男色が流行っていた様子が描写されているのをご存じの方も多いはず。この日記を書いた少年も『ヰタ・セクスアリス』を読んで大いに感銘を受けたと他の日の日記に綴っている。


【昭和14年の出来事】 1月 相撲で69連勝を続けていた横綱双葉山が破れる  1月 チリで大地震(M8.3、死者約8万名)  3月 ドイツがボヘミア・モラヴィアの保護領化を宣言  4月 イタリアがアルバニア王国に侵攻  4月 ドイツがドイツ・ポーランド不可侵条約破棄を宣言  5月 満州とモンゴル国境で日本・ソビエト連邦軍が衝突(ノモンハン事件)  7月 日本で国民徴用令公布  8月 独ソ不可侵条約締結  9月 ナチス・ドイツ軍とスロバキア軍によるポーランド侵攻  11月 アル・カポネがアルカトラズ刑務所から釈放

<時間旅行>戦前日本の日記
バックナンバー

その他のJAPAN CULTURE

ページトップアンカー