<時間旅行>戦前日本の日記

<時間旅行>戦前日本の日記

昭和1

年:陸軍に所属する男性の日記。  1937年12月11日

年齢不詳。おそらく20代。中支那方面軍で南京に向けて行軍している。昨日の日記の続き。 1211_nikki011211_nikki2


ーーーー いななく愛馬の声も頼母しく午前八時三十分キリン鎮ヲ出発。師団司令部の後を追って南京に向かって前進すれば一線より負傷して後送される勇士のタンカに会う。地雷火の後も物凄く、我が自動車の焼かれたのが道路に捨ててある。ふと見れば故京(?)より戦死者の霊をとむらうべく派遣された坊さんが戦死者の墓標に懇ろに念仏を唱えて居る。吾らは自ら頭の垂れるのを禁じ得ない。近づいて見れば砲兵准尉○○○○氏の墓とあり地雷火にやられたらしい。其の近くにも地雷火が敷設してあり直径八寸位の丸い高さ三寸くらいの物である。よく見れば足元に准尉の戦死の跡らしくべっとりと血が付いてある。思わず頬を伝って来る熱涙の落ちるのを禁じ得なかった。紺碧の大空には友軍の(以下一行日記破れ)しつつあり其れを打つ敵高射砲の炸裂するのも見える。午前十一時五分道路に小休止して居れば衆議院議員慰問使と日章旗に方(奉)書してトラックに乗り七八名の衆議員が吾らに敬礼した。吾らも此れに答礼して心から感謝の意を表した。午後二時第二通信の○○上等兵が敵の砲弾の破片に左胸部をやられた。意識は明りょうなるも可なり重傷であるとの事である。午後三時頃南京市外である馬群鎮に宿営した。砲弾は来るわ銃弾は飛ぶ(以下一行日記破れ)敵は南を頑強に抵抗して居る。砲声は夜を徹していんゝと寒空に凄く響き渡って居る。 ーーーー


昨日に引き続き南京事件の真っ直中にいる兵士の日記。戦闘は激しさを増し、死と隣り合わせの状況にあるのが分かる。実はこの時点で中国軍の司令官である蒋介石は南京防衛を諦め、撤退を指示していたと言われる。しかし、命令系統が寸断されていたため中国軍は壊滅、12月13日には南京は陥落することとなる。


【昭和12年の出来事】 1月 スペイン内戦  4月 東京・札幌間に定期航空路開設  5月 パリ万国博覧会開幕  7月 通州事件。中国北部で日本軍留守部隊や日本人居留民が虐殺される  8月 上海で海軍陸戦隊と中国軍が交戦。第二次上海事変勃発  9月 蒋介石が中国共産党を承認し第二次国共合作が成立  11月 日独伊防共協定成立  12月 日本軍が南京を占領

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