<時間旅行>戦前日本の日記

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昭和1

年:東京で浪人生活をスタートした医大を目指す旧制中学の5年生で16歳の少年。#戦前の日記 #1937年9月10日

1937年(昭和12年)9月10日 旧制中学を卒業した16歳の少年。埼玉県在住。現在は医大の予科を目指し浪人中。1月14日2月18日3月5日3月17日3月28日4月1日4月6日4月9日4月17日5月14日6月1日7月2日7月11日8月15日8月25日の日記と同じ人物。diary2016-9-10


ーーーーー 本日朝来ノ雨終日続キ冷暗ナ一日デアッタ。勉強モマダ少シシカ出来ナカッタ。午前中少シ勉強ノ後睡眠ヲ取リ午後ハ勉強後入浴(五銭)入浴後勉強、夕食後モ少シ勉強ス。父上ニオ便リ申シ上ゲ。 随感 今や正に無象の非常時難局に直面している。近衛総理大臣は内閣告諭の中に「国民精神総動員」なる論弁を我々国民一般に示し、呼びかけている。我々は学生である。遠く満支戦線に正義の血潮を注いでいる皇運扶翼の為奮闘努力している皇軍将士に大いなる感謝と大いなる後援とを送り提するにはさることながら一方銃後を守る我等としては能く非常時局を認識苟且にも軽佻浮薄流言蜚語の如き少国民的行動に惑わされる如きことは断じてあってはならない。農に従う者は農を専ら之励み将に従う者、工に就く者之又各自の職業に力を致し只管其の実績を上げ以て銃後を固め戦線の勇士を安んさせ得るならば「国民精神総動員」実施上之に超ものはあるまい。さればこそ我々学生には学生として踏まねばならない貴く重大な任務が双肩に懸けられているのであって之が貫徹に、全精神全能力を捧げ傾けて先進邁進に努ることが又「国民精神同動員」の真意となるのである。宜しく醒めて以て右が貫徹に努むべし。 ーーーーー


昭和12年9月近衛内閣は、「国民精神総動員」政策を掲げ、国民が国家のために自己を犠牲にして滅私奉公することを奨励した。スローガンとして「八紘一宇」「挙国一致」「堅忍持久」を掲げ、それは国民全員を戦争遂行の道具にする政策だった。 そこから「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」「日本人ならぜいたくは出来ない筈だ!」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「遂げよ聖戦 興せよ東亜」「聖戦だ 己れ殺して 国生かせ」「進め一億火の玉だ」「石油(ガソリン)の一滴、血の一滴」「全てを戦争へ」などの戦時標語も生まれ、国家に協力しない者は非国民として扱われるような時代となっていった。 ※この日記は昭和11年用の日記帳に書いているが、内容は昭和12年のもの。


【昭和12年の出来事】 1月 スペイン内戦: 4月 東京・札幌間に定期航空路開設 5月 パリ万国博覧会開幕 7月 通州事件。中国北部で日本軍留守部隊や日本人居留民が虐殺される 8月 上海で海軍陸戦隊と中国軍が交戦。第二次上海事変勃発 9月 蒋介石が中国共産党を承認し第二次国共合作が成立 11月 日独伊防共協定成立 12月 日本軍が南京を占領

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