<時間旅行>戦前日本の日記

<時間旅行>戦前日本の日記

昭和1

年: 神奈川県に住んでいる女の子の冬休みの日記。1935年1月7日

高等女学校の3年に在学中とのことなので、年齢は14、5歳だろうか。diary0107_01


ーーーー 今日で冬休みも終わりになりました。私も今日限りだと思い、一生懸命でお母さんのお手伝いを致しました。 朝早く起きてお勝手のお母さんのなさる事を私がやりました。お母さんはお父さんのお出かけの方ヲ手伝っていらっしゃいました。私は皆やってしまって少し休んでいましたらお母さんがいらっしゃって「まあ和子、皆やってくれちゃったの」とおっしゃいましたので、「だって今日はもうお休みの最後だから出来るだけお手伝いをしようと思ったの」といいましたら「それはすまなかったわねえ」とおっしゃいました。 明日から学校も始まり勉強も始まります。私は昨年のお休みの中、もう来年からは一生懸命にやって全得は取ってみなければ、全得でなくても一つ普通位あってもいいのだが、その位は取ってお母さんを喜ばせようと思ってばかり居ました。 もう明日は始業式が始まりすぐあさってからは勉強も始まるのですから一生懸命勉強します。 昨年のまだ勉強があった時分に森さんと「来年からはこういうことを実行しましょうね」と決めた事もこれから始まります。 お母さんから「女学校へ上げてやっても、和子、勉強して優等生になれなくても出来る方の仲間じゃなくては上げてやってもお母さんははりあいがありません。小杉のお姉さんはとても勉強して家のお手伝いもよくやってそれで優等生になれたのですから和子だってよく勉強して優等生になる位出来なくてはねえ」と度々戒められるような事をがありました。私はその度に「そうね、一生懸命にやらなければならない」と思いましたが時がたつと少し忘れてくるようになりついなまけてしまいました。今年からはできるだけ勉強致します。これからなまける実行はなくしてしまいましょう。 ーーーー


冬休み終了の日、女の子が勉強に対しての意気込みを書いた日記。なんともマジメで意識の高い。調査によれば尋常小学校から、高等女学校への進学率は昭和10年の時点で16.5%だった。日記中の「女学校へ上げてやっても~」という母親の発言も、そんな進学率の頃に・わざわざ・学費を払ってまで進学させたのだから、というところから来ているのだろう。


【昭和10年主な出来事】 2月 築地市場が開業 3月 アドルフ・ヒトラーがヴェルサイユ条約を破棄し、ナチス・ドイツの再軍備を宣言 3月 ハチ公渋谷駅前で死亡 8月 永田鉄山暗殺事件 10月 ナチス・ドイツが国際連盟 12月 12月 大阪野球倶楽部(後の阪神タイガース)設立

<時間旅行>戦前日本の日記
バックナンバー

その他のJAPAN CULTURE

ページトップアンカー