<時間旅行>戦前日本の日記

<時間旅行>戦前日本の日記

明治3

年:愛知県の三河地方出身でこの時は東京の深川あたりにある商店に勤務。数え年で24歳の男性。1906年3月7日

既婚、子供あり。11月13日1月9日の日記と同じ人物。
diary2016.3.7


ーーーー 朝ハ好天気ト思イシニ午后ヨリ又々風落チ来リ夜ニ入リテ強シ。近来天候不揃ニテ大(イ)ニ閉口ス。余ハ拾時ヨリ平坂羽塚辺ニ行キ午后帰宅シ昼食止ム。秀一ト新開(?)方面ニ行キ夕方ニ至ルモ帰宅セズ。朝煮方味噌、昼ハ汁、夜ホヲ連草ト大根卸シ。本日東京ヨリ来電アリ。古○(?)様悪キニヨリお鉄様ニ上京ヲ促シ来リ之ニヨリ○○(?)様、本夕上京ノ途ニ就カル。此ノ行当家ヨリ旅費ヲ供給ス。金七円ナリ。本日ハ河内屋ニテ黒羽二重羽織注文ス。羽二重杷五円。○○○(?)染代金弐円ナリ。 ーーーー


日記を書いた男性はこの時は普段生活している東京から実家に戻ってきていたようだ。文中の平坂羽塚というのは現在の愛知県西尾市あたりの地名である。東京までの交通費7円や羽織の値段5円は現在でいうところのいくらくらいだったのだろうか? 基準とするものによって大分変わってくるが、明治30年頃、小学校教員や警察官の初任給は月に8~9円ぐらい。大工さんや工場の技術者で月20円ぐらいだったところから、考えると当時の1円は、現在の2万円くらいに相当すると考えてもいいだろう。当時、明治38年では木村屋のあんパンは2銭。1円=現在の2万円と考えるとあんパンは200円くらいの感じだろうか。そう考えると東京までの交通費7円や羽織の値段5円はなかなかの高額。日記を書いた男性の家はそれなりに裕福だったのだろう。


【明治39年の出来事】 3月  伊藤博文が韓国統監府の初代統監に就任  4月 サンフランシスコ地震  5月 新宿御苑開苑式  7月 日本初の専用線電話が日本銀行と横浜正金銀行本店間に設置  11月 日本鉄道国有化  11月 南満州鉄道設立

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