<時間旅行>戦前日本の日記

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大正1

年:脚気を患う14才の女性。大正末期にはその死亡者数は年間2万5千人を超えたという。#戦前の日記 #1921年5月13日

14才の女性。高等女学校2年。愛知県在住。11月16日1月30日2月20日4月16日と同じ女性。
diary2016.5.13


ーーーー 朝業にて古山げんさんより脚気に罹りたる時は木瓜の実を味噌漬けにして食すべしと承れり。珠算の時間は家事を学べり。理論は二尺巾にて本裁の裁方をす。帰宅し新田の小間物屋に行く。巻子様より手紙来る。八時頃より雨になる。 ーーーー


文中に出てくる脚気は、ビタミンの欠乏から発症する病気で、幕末から明治の日本では玄米(ビタミンを多く含む)ではなく白米を大量に食べるようになったため罹る人が多く、結核と並んで国民病とも言うべきものだった。 その症状は倦怠感、手足のしびれやむくみから始まり、進行すると末梢神経が麻痺し心機能が低下し死亡することも多く、大正末期にはその死亡者数は年間2万5千人を超えたという。 日記の書かれた当時は、脚気の原因はビタミンの欠乏による病気だということが判明しつつある時期だったが、まだまだ研究段階で一般の人にはなじみがなかった。しかし、経験的に米にかえて糠と麦と玄米、蕎麦など、ビタミンBを多く含む食物を食べると脚気が治る事は知られていたようだ。 日記の・木瓜の実を味噌漬けにして食すべし・というのは、そんな民間療法のひとつだ。要するに糠(ぬか)味噌、いわゆる米ぬかを乳酸発酵させて作ったぬか床に漬けたぬか漬けを食べろ、ということなのだが、ぬかのビタミンB1を吸収した野菜を食べることは、脚気の予防や治療として理に適っていたのは間違いない。


【大正10年の出来事】 3月 日本の皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)がヨーロッパ歴訪に出発  7月 中国共産党、上海で創立  8月 借地法・借家法公布  9月 ベルリンに世界初のハイウェイ完成 11月 原敬暗殺  12月 ワシントン会議で日本・米国・英国・フランスの四か国条約が調印。日英同盟が破棄決定

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