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世にも愉しい「廃線ウォーク」!?

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 錆びたレール、苔むした枕木、軌道上には植物が茂り、行く手を阻む。架線が外された支柱には蔓が複雑に絡み合い巻きついている。長いトンネルの中は漆黒の闇。電気が通っていない真の暗闇だ。所々に湧水が流れている。暗黒の先に白い点のように微かな光が見え、歩を進めるにつれて徐々に大きくなる。外界への出口だ。

 

 異空間に迷い込んだような光景は廃線からの月日の長さを物語る。ここは群馬県安中市。21年前に廃止された横川と軽井沢を結ぶ信越本線の碓氷峠。なぜ21年も放置されてきた線路上を歩けるのかというと、昨秋、安中市観光機構が「廃線ウォーク」というトレッキングツアーを始めたからなのだ。 

 

 「廃線ウォーク?」

 

 最初に聞いたとき、昔線路があった場所にできたトレッキングコースを歩くのかと思った。実際は廃線そのものを歩く。つまり、1997年に廃止された信越本線の横川~軽井沢間の軌道の上をそのまま歩くのである。線路はもちろん敷かれたまま。風雨の影響を受けないトンネル内などは、いまにも列車が走ってきそうな錯覚に陥るくらいしっかりとした線路だ。廃線とはいえ、普段は立ち入り禁止の場所。映画「スタンド・バイ・ミー」の気分だ。それだけにワクワク感が募る。もちろん、列車が走ることはないのだが……。

 

 2018年10月14日の鉄道の日、第1回「廃線ウォーク」が開催された。釜めしで有名な横川駅をスタートし、めがね橋→熊ノ平→軽井沢駅まで、25本のトンネルと廃線をたどるコースでツアー参加者は91名。安中市から国重要文化遺産を含む廃線路の使用許可がおりたことで実現したものだ。群馬県安中市と長野県軽井沢町、県境を越えて日本の近代化を支えた鉄道遺産群を歩く「ヘリテージツーリズム」として脚光を浴び、以後月1回の頻度で開催されている人気のツアーとなっている。編集部は2月28日に行われたモニターツアーに参加してきたので、そのレポートをお届けしよう。

 

 碓氷峠の最大勾配は66.7‰(1000メートル進むと標高が66.7メートル上がる)。実際に歩いてみると分かるが、よくぞこの急坂を列車が走っていたものだと感嘆する。横川~軽井沢間といえば、日本一の急勾配区間で日本の鉄道史上最大の難所だった。鉄道ファンの間では知らない人はいない聖地だ。距離にして11.2㎞、標高差は553mもある。廃線となった当時の所要時間は登る時に約17分、下る時には約24分を要した。

 1997年9月30日。長野新幹線の開通にともない約104余年の歴史に幕を下ろし、信越本線・横川~軽井沢間は廃線となった。

 

 あれから21年。

 

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 鉄道史に名を残すこの軌道の上を歩くことができるのだ。
 

 東京駅から北陸新幹線に乗り、モニターツアーの起点となる群馬県安中市の横川駅に向かった。

 

 高崎駅8:42発の信越本線普通列車で終点の横川を目指す。約30分ほどのローカル線ミニトリップ。横川と言えば、鉄道ファンでなくとも一度は耳にしたことがある有名駅弁「峠の釜めし」を販売する駅。かつて、ここを通る列車は皆この駅で峠専用の機関車を連結し、日本一の急勾配「碓氷峠」に挑んだ。連結作業の為に停車時間は長く、乗客はその時間を利用して名物駅弁を購入することができた。現在は信越本線の終着駅となり、すべての列車はここで降り返す。名物だった駅弁の立売はいない。駅構内に駅弁の販売所はあるが、利用客は少ない。

 

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現在の横川駅。信越本線はここまで。峠に向かう列車はもはやない。
 

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現在は横川から軽井沢まではJRバスが運行している。
 

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名物駅弁「峠の釜めし」。「廃線ウォーク」の参加者にはランチに提供される。

 

 駅を出ると、すぐに碓氷峠鉄道文化むらがある。碓氷峠で活躍した歴代の車両たちが展示されているほか、貴重な鉄道車両が数多く静態保存されている。HOゲージの鉄道模型のジオラマ走行やトロッコ列車の運行など、子どもたちや鉄道ファンには垂涎の施設だ。中でも目玉は「EF63形機関車」体験コース。本物の碓氷峠専用電気機関車を運転できるのだ。施設内の旧信越本線在来軌道上に動態保存されたEF63形車両を指導員の添乗のもと、軌道上約400mの距離を往復運転(計約800m)する。実物の機関車を運転できるのは日本で唯一ここだけ。かなりの人気で全国から予約が殺到しているという。詳細は施設のホームページで。
※EF63形電気機関車運転体験をには、学科、実技(約1日)の講習の受講が必要。受講予約も以下のホームページ上から可能。

「碓氷峠鉄道文化むら」ホームページ

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「碓氷峠鉄道文化むら」。ここでしか会うことのできない貴重な車両が30両以上も展示されている。

 

 

 今回のモニターツアーでは、横川駅から専用のバスで旧熊ノ平駅へ向かう。ここは横川と軽井沢の中間地点で唯一平坦な地形になっている場所。信越本線の新線ができるまでは単線だったため、上下線のすれ違い場所として機能していたが、1963年に旧線が廃止になって以降は駅ではなく信号場となった。 

 

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旧熊ノ平駅。写真向かって右が上り線(軽井沢方面)、左が下り線(横川方面)。

 

 熊ノ平駅(廃線時は信号所)から、横川方面に向かう。熊ノ平駅はレールは錆びているものの、雑木や下草は取り除かれ、綺麗に整備されていた。

 ライトを手にヘルメットを装着。スタートしてすぐにトンネル(下り線第3隧道)に入る。入口はイルミネーションが施されていて、ちょっとしたテーマパークの様相だ。トンネルの壁面には碓氷峠の最終列車が走った時の映像が映し出されている。ただし賑やかなのはここまで。ここからは闇の中をひたすら歩くことになる。急勾配で知られた碓氷峠、トンネルの中だってもちろん急坂だ。

 ライトを照らすと、そこかしこに往時の遺物が残っているのが分かる。標識や信号、鉄道電話…マニアなら見逃せないものばかり。電気は通っていないので稼働することはなく沈黙したままだ。

 

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熊ノ平駅からすぐのトンネル(下り線第3隧道)入口付近は幻想的なイルミネーションが施されている。
 

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鉄道保線に関わる器具は暗いトンネルの中に今も静かに眠り続ける。

 

 当時の運転士はトンネルが怖かったという。気味が悪いからではない。ブレーキが効かなくなったらどうしようという恐怖だ。峠を下る時の運転は登る時より数倍難しかった。下り坂で速度を時速38㎞以上出すといかなる手段を使っても止めることができなくなると言われていて、慎重にブレーキを掛け速度を制御しながらトンネルを下っていたそうだ。この難所を走るために開発された特別な電気機関車”EF63”が25両製造され、1963年から廃止されるまで走っていた。EF63を運転できたのは横川運転区に配属された機関士のみで、いわば”峠のプロフェッショナル集団”が担当した。全盛期には横川の町の50%以上が国鉄職員だったといい、横川が鉄道の町と言わる所以である。

 

 それだけの急な下り坂、足場も悪い線路の上を黙々と歩く。ちょっとした探検隊の気分だ。前方に微かな明かりが見えてくると、有名な撮影スポットとして知られた「めがね橋」はもうすぐだ。

 


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光が射し込む先は……。

 

 国の重要文化財に指定されている碓氷第三橋梁、通称「めがね橋」は、明治25年に完成した碓氷川に架かるレンガ造りのアーチ橋。全長91m川底からの高さは31mで使用されているレンガの数は200万個以上。日本最大級のレンガアーチ橋だが、1893年から1963年までアプト式鉄道が使っていた旧線のものだ。我々が歩いているのは1963年から1997年まで使われていた新線の下り線。

 

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新碓井川橋梁の上から「めがね橋」を望む。落葉樹に囲まれた美しい姿。新緑や紅葉の頃の絶景は想像に難くない。
 

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渓谷に架かる鉄道橋梁を堂々と歩けるのも「廃線ウォーク」ならでは。先には再びトンネルの入口が見える。

 

 橋の上で普段は味わうことのできない絶景を堪能することができる。暗く長いトンネルの合間に現れる峡谷に架かる橋の上は、一般的なトレッキングでは足を踏み入れることのできない場所。国の技術の粋を尽くした日本国有鉄道の線路だからこそ架けられた橋の上なのだから。

 束の間、陽の光を浴びて眼下に木々を見下ろす森林ウォークを楽しむ。橋を渡りきると、再び長いトンネルに入る。碓氷峠下り線最長の第2隧道で全長約1.2キロだ。規則的に並ぶ枕木(コンクリート)の間隔に歩幅を合わせて延々と線路の上を歩く。前方に明かりはみえない。振り向くとすでに入口の光は点のよう。いよいよ真っ暗闇だ。手持ちのライトを消せば漆黒の世界。外界から隔絶された不思議な気持ちになる。ひたすら急坂を下る。前方に白い点が見えて来た。

 点は次第に円となり、いよいよ半楕円形のトンネル出口と認識できるようになる。久しぶりに自然の光が線路を照らす。トンネルを抜けると赤く錆びついた鉄路が鬱蒼と茂る雑木の間を貫く、まさに廃線跡という光景が広がった。

 

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最初は小さな点だった光は次第に出口の馬蹄形になってくる。


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トンネルを出て振り返ると、漆黒の闇が続いていた。この暗闇の中を歩いてきたのだ。


OLYMPUS DIGITAL CAMERA 前方には緩やかなカーブ。相変わらずの下り坂。


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場所によってはレールが埋もれているところも。21年の歳月を物語っている。

 

 ずっと直線が続いていたが、ここから緩やかにカーブしている。廃線ウォークを主催する安中市観光機構によって線路上の草木は刈られているが、ところどころに切株が残り、雑草や苔の生育は良い。必然的に大自然の中のトレッキングとなる。主催者の話によると、このあたりは21年間放置されてきただけに、雑木が繁茂するジャングル状態だったといい、数メートル刈り進むのに何時間も要したそうだ。歩ける状態にするまでの苦労に頭が下がる。

 トロッコ列車の駅が見えてくるとゴールの碓氷峠の森公園交流館「峠の湯」だ。 

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ゴール地点は日帰り温泉施設「峠の湯」。碓氷峠鉄道文化むら駅~碓氷峠の森公園交流館「とうげのゆ」駅(およそ2.6km)を結ぶトロッコ列車の終着駅にもなっている。

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かつてアプト式鉄道が走っていた旧線は遊歩道「アプトの道」として整備されていて、熊ノ平までいつでも歩くことが出来る。
 

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長野県側の下り線。トンネルの先は軽井沢駅だ。

 

 今回のモニターツアーで歩いたのは旧熊ノ平駅から峠の湯まで(信越本線新線の下り線)だったが、3月17日(日)には「廃線ウォーク第5弾」が開催予定で、この回では初めて上り線を歩く企画が盛り込まれている。横川から下り線を登り、旧熊ノ平駅でランチ休憩。「峠の釜めし」を食べた後、上り線を下る。ややこしいのだが、下り線を登り、上り線を下る。鉄道用語では東京方面が上り線なので、こうした表現になるのだ。廃線とはいえ、軌道が残り、トンネルや橋梁も当時のまま。安全上、普段は立ち入り禁止。ここを歩けるのは「廃線ウォーク」ツアーの参加者だけなので、通常では味わうことのできないトレッキングを楽しみたい人にはオススメだ。応募締切が迫っているので、申込みはお早めに! コチラから。

 

 「廃線ウォーク」は旧信越本線の新線軌道上を特別に歩くことのできるツアーイベントだが、これとは別にアプト式鉄道時代の廃線敷を利用した「アプトの道」を歩くこともできる。こちらは横川駅~熊ノ平駅の間の約6kmが遊歩道として整備されているので、通年通行可能だ。「アプトの道」には国の重要文化財である旧丸山変電所をはじめ3つの橋梁と10の隧道があり、めがね橋を代表する鉄道煉瓦構造物群などの碓氷峠鉄道遺産にふれることができるので、こちらにもぜひ足を運んでみて欲しい。

 

 そして嬉しいニュース。「廃線ウォーク」第6弾が4月21日(日)に企画されている。この回では軽井沢から横川まで、初めて上り線全てを歩くツアーを行う予定だそうだ。また新しい企画が盛り込まれている。募集開始は3月18日(月)、廃線ウォークのWebページをチェックして欲しい。どうやら未知なる冒険がまだまだ待っているようだ。期待せずにはいられない。

  

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安中市観光機構の上原さん 。「廃線ウォークはこれから定期的に行っていくイベントです。まだまだ発展段階なので、廃線を活かした企画をいくつか検討しています」

 

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 群馬県安中市は、公開中の映画『サムライマラソン』のモデルとなった「安政遠足(あんせいとおあし)」が行なわれた場所。安政2年(1855年)に安中藩主板倉勝明が藩士の心身鍛錬の目的で安中城から碓氷峠頂上にある熊野権現まで徒歩競争させたと伝えられている。「安政遠足」は、毎年5月の第2日曜日に行われている(2019年は5月12日実施予定)。侍に扮したり、思い思いの格好で碓氷峠を走る人たちが多数参加する一大イベント。鉄道の聖地として有名な碓氷峠だが、落葉樹の多い自然がたくさん残り、新緑が萌える季節や山が燃えるような紅葉の秋など、他にも様々な楽しみ方ができる場所。ハイキングを楽しむも良し、ドライブを楽しむも良し。急カーブが連続する国道18号を行く路線バスの旅も良し。

 今回の「廃線ウォーク」モニターツアーでは、そんな碓氷峠の魅力を堪能することができた。安中市をはじめ隣接する長野県軽井沢町を含む周辺の見どころも取材させていただいた。その様子は近日、この編集部通信でお届けする予定なのでお楽しみに。

安中市観光機構ホームページ

廃線ウォークのWEBページ