ブーツの国の街角で

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号外(2):移動制限6週間 ~続・新型コロナ・イタリア隔離生活の実態~ 

文と写真・田島麻美

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 およそ150万人の感染者を出し、世界人口の半分以上を外出制限生活に追い込んでいる新型コロナウイルス。3月から全土を封鎖したイタリアでは厳しい移動制限の効果がようやく現れ始めた。新規感染者数、集中治療患者数が4日連続で減少し、完治者の数が増加傾向にある。しかし、重篤に陥っている患者数は依然として多く、医療現場の厳しい戦いは今日もまだ続いている。
 4月1日夜、イタリア政府は当初4月3日までとしていた厳格な移動制限期間を復活祭の休暇明けの13日まで延長すると発表。その後、日々刻々と変わる状況を慎重に見極めつつ、活動再開にむけたプランを決定するとした。実質的には4月末から5月初めにかけての春の連休中の人々の動きを抑えることが今の最大案件であるため、活動制限は5月3日まで続くことがわかっている。
 長期化する隔離生活で浮き上がってくる様々な問題に、イタリア政府とイタリア人はどのように立ち向かっているのか。前回に引き続き、ローマの今現在の隔離生活の実態をレポートする。

(本文中のデータは2020年4月8日現在のもの)
 

 

 

僕たちはヒーローじゃない

 

   隔離生活に入って一ヶ月が経過した。4月8日18時の市民保護局の会見によると、イタリアの現在の感染者数は95,262人(合計13万9422人)、死者17,669人、完治者26,491人。市民保護局の会見はこうした数字だけにとどまらず、医療現場の現状、イタリア全土の新型コロナウイルスの流行傾向、集まった寄付金の金額など、新型コロナウイルスに関わる全体的な動きが把握できるよう、わかりやすく簡潔に要点をまとめて伝えてくれる。3月から実施されている厳格な移動制限は、一ヶ月経った今、ようやく効果を見せ始めている。今日の会見では、ここ数日間新規感染者、集中治療の患者、死亡者の数が連続して減少、代わって完治者が増えているということで、「ようやくピークを過ぎつつある」と考えても良い段階にきたようだ。しかし、医療現場にはまだまだ集中治療室で戦っている人たちがたくさんいる。
 先日、深夜のニュースで、新型コロナ感染患者の治療にあたっている北イタリアの病院の若い医師夫婦のインタビューを見た。30代の夫婦は2歳になる一人娘をご両親に預け、二人とも最前線で治療にあたっている。記者が「あなた方はイタリア国民のヒーローです」と言うと、マイクを向けられた彼はこう言った。「いいえ、僕たちはヒーローなんかじゃありません。ヒーローっていうのは、恐れを知らないものでしょう? でも、僕たちは怖い。本当に怖いんです。毎日勤務につく時には、ありったけの勇気を振り絞って病院に入っていくんです。だからお願いです。僕たちを助けてください。どうか、家にいてください」。彼の悲痛な訴えはテレビの前にいた私の胸を引き裂いた。命を掛けて目に見えない巨大な敵と戦い続けている医師や看護師、医療スタッフを「英雄」と一言で称賛するのは簡単だ。しかし、彼らもまた私と同じ一人の人間であり、守るべき家族がいるのだ。可愛い盛りの一人娘を彼ら夫婦が再び抱きしめられる日は、一体いつ来るのだろう。そんな彼らが「お願いだから家にいて」というのなら、一ヶ月だろうと二ヶ月だろうと家にこもってやる。それで少しでも彼らを助けられるのなら、それくらいどうってことない。
 

 

 

 

市民の支えと海外から届く援助

  
   悲痛な医療現場のニュースは一ヶ月経った今も毎日届いているが、時には嬉しく、心強いニュースも目にする。人手不足で医療ボランティアを募集するたび、瞬く間に大勢の人々が駆けつけてくれるのはとても心強い。300人の医師のボランティアを募集すれば7900人もの応募があり、500人の看護師のボランティアを募集すれば9400人がすぐさま手を挙げる。それ以外にも今、医療現場にいる8000名近くのスタッフは、個人ボランティアやNGOの人々である。こうした市民からの支援に対し、イタリア保険省のスペランツァ大臣は、「イタリアは偉大な心を持っている。とても誇りに思います。ありがとう」と涙を浮かべて感謝している。
 医療現場には、さらに海外からも多くの援助が集まっている。中国やロシア、キューバなどから医師団や看護師、医療機器、薬品などが届いたのをはじめ、アルバニアやウクライナといった国々も医師団を派遣してくれた。「私たちは金持ちではありませんが、過去を決して忘れません」と言って30人の医師団を派遣してくれたアルバニアのエディ・ラマ首相は、イタリアとの絆についてこう語っている。「イタリアの兄弟姉妹は、私たちが耐えがたい苦痛に悶えていた時、私たちを助け、客としてもてなし、また養子として彼らの家に迎え入れてくれました。私たちはここで同じ目に見えない敵と戦っています。今日、戦争で負傷したアルバニア人が治療を受けたその病院で、イタリアの兄弟姉妹が助けを必要としているのです」。
 新型コロナウイルスという目に見えない巨大な敵に対し、国や人種、貧富の差、あらゆる壁を取り去って世界の人々が手を取り合って立ち向かっている。
 


 

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(cap1)500名の看護師募集に9400名の応募があったことに対し、スペランツァ保健相は「イタリアは偉大な心を持っている」と謝意を贈った。(写真は保健省のホームページより引用)
http://www.salute.gov.it/portale/nuovocoronavirus/dettaglioNotizieNuovoCoronavirus.jsp?lingua=italiano&menu=notizie&p=dalministero&id=4348

 

 

 

 

長期的隔離生活に対する経済支援策


  移動制限が長期化する中で直面する最初の、かつ最大の問題は経済である。活動停止を余儀なくされる大中小企業、個人事業主、フリーランスやアルバイトなど、収入の元を断たれた人々をどうやって救済するか。事実、パレルモでは生活に困窮した市民がスーパーに押し入り食材を奪うという事件も起きてしまった。こうした事態の発生を防ぎ、市民に安心して生活してもらえるよう、国と地方行政が一体となって支援に乗り出している。
 3月16日にコンテ首相が発表した初期の緊急経済対策「クーラ・イタリア」(イタリア救済策)では、まず医療関係者、労働者、家庭、中小企業への支援として250億ユーロを投入。その直後、さらに250億ユーロを上乗せし、計500億ユーロを緊急支援資金として拠出。これらの資金の配分先と分配金額は詳細に規定され、公表されている。市民に直結する生活支援としては、緊急にイタリア全土の市ごとに4億ユーロを分配し、各市の主導の下に困窮している家庭を支援。ローマ市には2200万ユーロが割り当てられ、困窮する全ての市民にパスタや小麦粉などの食料、日用品、非常時の必需品が詰まった箱とスーパーや薬局で使える最低300ユーロの商品券を宅配で届けた。
 4月1日、さらに大規模な緊急経済対策として、大中小企業を対象に3500億ユーロの立て直し資金を投入すると発表された。医療現場と市民保護局へ医療機器、必需品のための資金、その他企業への資金投入に始まり、企業のローン返済の一時停止、納税義務の一時停止、光熱費の免除、封鎖期間中の市民生活を守ための休業補償として2人以上の企業の全社員に給与の70〜80%を支給。一ヶ月分の労働者保護として600ユーロの支給、納税義務の一時停止、子育て家族の養育費、育児休暇の拡張、ベビーシッター費用として600ユーロのクーポンの提供などなど、微に入り細に入り補償がある。4月6日にはこの緊急支援資金をさらに4000億ユーロ追加し、合計7500億ユーロの緊急支出を決定。コンテ首相は、「イタリアはこのコロナ危機から立ち上がった後、すぐに全力で走り出す」とコメントし、企業や労働者を鼓舞している。

 

 

 

続々と寄せられる小さな、大きな支援

 

   4月8日の市民保護局の発表では、今日までに市民保護局に寄せられた寄付金の総額は1億1千355万7千ユーロ(約134億円)。この額は大企業から一人の市民まで、大小さまざまな寄付金が寄せ集まった数字である。また、これは市民保護局の元に集まった金額に過ぎず、それ以外にも赤十字やNPO団体、教会、また各地の医療機関に直接集まっている寄付金は膨大な額に上っている。
 イタリアは「ソリダリエタ(団結)の国」とよく言われるが、この危機的状況でその団結力はいかんなく発揮されているようだ。アルマーニ、モンクレールが12億ユーロを医療現場に寄付したのを皮切りに、プラダ、ブルガリ、グッチ、ヴァレンティノ、ベネトンなどのファッションブランドが寄付活動に乗り出した。フェラーリをはじめとするモータースポーツ業界、バリッラやラヴァッツァなどの食品業界、サッカー界、ショービジネス界などなど、あらゆる企業・個人から続々と多額の寄付が集まっている。それだけでなく、生産ラインを持っている企業は自社工場で医療現場に必要な器具や装備品などを生産し始めた。アルマーニグループはイタリアのすべての工場を、コロナウイルス関連の医療従事者の保護を目的とした使い捨て防護ガウンの生産に転換。プラダやグッチも一部工場で、医療関係者向けガウンとマスクの生産を開始。ブルガリは香水の工場で消毒用ジェルを、フェラーリとマレッリはその高性能な生産ラインで人工呼吸器を製造し、医療現場へ届けている。プラダのマスクにアルマーニの白衣、ブルガリの消毒ジェル、フェラーリの人工呼吸器。こんなラグジュアリーな医療現場はイタリアにしか存在し得ないだろう。
 大企業による大きな支援は最もそれを必要としている医療現場に提供されているが、一般市民の間では、個々人ができることで身近な弱者への支援を実践している。
 その一つ、「スペーザ・ソスペーザ」という支援活動は、買い物をした人が任意で余分に品を買ってスーパーの出入り口や住宅街の広場に置いていき、必要な人が必要な品を無料で受け取れるというもの。この活動はナポリ、ローマを始め各都市の生活者の間で広がっている。また、スーパーやレストラン、小規模農家や食品製造業者とデリバリー会社の提携も普及してきた。買い物に出られない高齢者に代わり、電話注文した品々をスーパーが袋詰めしてデリバリーの配達員が自宅前まで届ける。飲食店は店の味を家庭で楽しんでもらおうと料理をデリバリーし、常連客は店を支えようと電話でオーダーする、といった相互支援ができるシステムだ。
 さらに、サッカーのASローマは、75歳以上のファンクラブ会員に食料やマスク、日用品、さらに選手のサインと応援メッセージ入りのチーム・グッズが詰まった支援箱をプレゼント。AS Romaのロゴ入り軽トラックで自宅まで配達し、高齢者を勇気付けている。
 街の仕立て屋はマスクを作って地域の人々に配り、巡回中のカラビニエーリは薬局に立ち寄って高齢者の元へ薬を買って届けている。おしゃべりはできなくても、無言の触れ合いは今日もどこかの道端で続いている。家にこもっているから何もできないと諦めるのではなく、創意工夫で「今、自分にできることは何か」を考え、誰かを助けるために行動することは、隔離生活の孤独感を軽減してくれていると思う。
 


 

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スーパーの入り口で見つけた「スペーザ・ソスペーザ」のコーナー。自宅の買い物ついでにパスタやトマトソースなどの食材を余分に買って、支払い後このカートに入れていく。生活に困っている人は誰でもここから欲しい品を持って行っていける。
 

 

 

 

子どもたちは隔離生活をどう過ごしているか

 

 経済問題の次に、長期的な隔離生活で問題となってくるのが子どもの教育・生活環境だろう。友達と外で遊びたい盛りの子どもを持つ家庭では、この隔離生活をどのように過ごしているのだろうか。私には子どもがいないので、前回同様、子どもを持つイタリア在住の日本人ママたちにアンケートを配り、今の生活の実態を探ってみた。ローマ、ミラノなど各地で暮らす30名以上のママたちから回答があった。ここではその回答を元に、回答者の96%を占める6歳から12歳までの子どもを持つ家庭での実体験をまとめてみた。
 私がまず心配したのは、「ウイルスという透明な脅威から身を守るために家にこもる」という事態を子どもたちがどの程度理解しているか、不安や恐怖を感じていないだろうか、ということだった。アンケートでは62%が「異常事態だということを感じている」、15%以上が「怖いと感じている」と回答している。特に小学生の子どもたちにとっては、ある日突然、学校に行けなくなり、友達にも会えなくなり、外にも出られなくなるというのは相当なストレスだろう。しかも「どうして?」という問いの答えが、「外に出ると危険だから」となれば、尚さら恐怖感は増すに違いない。実際、回答の中には、ニュースを見て「何かわからないが大変なことが起こっている」と理解している、死者がたくさん出ていることで「死ぬのが怖い」と不安になっている、というような声も聞かれ、はっきりと理解できなくても漠然とした不安を抱えていることがわかる。こうした子どもたちの不安を取り除くため、各家庭では様々な取り組みをしているようだ。最も多かったのは、「テレビのニュースを見せない」「できるだけ普段と同じように過ごす」「正しい情報をきちんと伝える」という回答。また、家族で一緒に料理をしたりゲームをしたり、パパに宿題をみてもらったり、「一緒に楽しく過ごす時間をたくさん作る」ことで子どもに安心感を与えることができているようだ。さらに、子どもたちの寂しさを軽減する方法として最も効果的だと感じているのは、「親子、祖父母、友達との会話」。離れている祖父母や友達とはビデオ通話を利用し、顔を見ながらおしゃべりすることが助けになっているという。
 学校の授業はオンラインに切り替わっているが、これは通っている学校や各家庭のインターネット環境によって大きな差が出ているようだ(※4月6日発表の経済支援策では困窮している家庭にはパソコンやタブレットなどの購入費を支給するという項目が盛り込まれた)。
 アンケート回答者の中にも、オンラインでは授業が十分ではなく、送られてくる課題を親が教えなくてはいけない、という声が多く、大半の学校では授業というよりも家庭学習のようになっている様子が窺える。加えて問題となるのが、「パソコン画面を見る時間が多くなりすぎる」こと。普段は制限しているテレビ、動画、ゲームなどの時間がどうしても増える上、授業も友達との交流もオンラインになってしまうからだ。ストレスの発散方法が他にないため、運動不足とインターネット依存をどう解決するか。これはどの家庭も「一番困っている問題だ」と答えている。
 

 

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イタリア全土の家に飾られている子どもたちが描いた絵。カラフルな虹の下には、「きっと何もかも上手くいくよ」というフレーズが書かれている。

 


 その一方で、学校から出された「創作課題」は子どもに良い影響を及ぼしているという。イタリア全土で子どもたちを中心に広がった、『Andrà tutto bene (きっと何もかも上手くいくよ)』というフレーズを添えた虹の絵の創作は多くの小学校で実践され、その絵をバルコニーや窓辺に飾っている家がたくさんある。アンケート回答の中には、「美術の授業の一環で子供なりの、コロナウイルスが収束するまでの創作紙芝居を作る宿題が与えられた」というものもあった。先の虹の絵もこの創作紙芝居も、コロナウイルスの存在とそれによって引き起こされた現状を無視するのではなく、子どもたちに「困難な時に、どう向き合えばいいか」を考えるよう促している。
 長引く隔離生活で子どもたちの生活環境は激変し、さぞストレスであろうと想像していたが、実際は多くの回答者が、「家族で一緒にいる時間が増えたことはプラスになっている」と答えている。中には「全くストレスを感じていない。家族と毎日一緒に遊べるのでとても楽しそう」という強者もいた。外に行けない、友達と会えないということはストレスではあるが、その一方で、「家族と一緒にいられて子どもは楽しそう」、「パパと料理やダンスをしたり、普段できないことができるので喜んでいる」、「親子、兄弟、家族の会話が増えて嬉しそうだ」、「自分から率先して家事を手伝うようになった」など、「プラスの効果がたくさんあった」という声がほとんどだった。
 一日中子どもと一緒にいるママたちにとっても隔離生活はストレスだが、そんな彼女らが「役に立っている」というのがインターネットの各種サーヴィスやスマートフォンのアプリ。友達や遠方の家族との交流にはWhatsApp, LINE, Skype, Zoom, Google meetingなど複数のアプリを駆使している。家族一緒に楽しめるYoutube, Amazon Prime, Netflix, Disney channelなどの配信サーヴィスは、子どもたちだけでなくママたちの息抜きにも大いに役立っているそうだ。
 

   家にこもって一ヶ月、気がつけばもう復活祭の季節だ。バルコニーから外を眺めれば、真っ青な空が広がっている。いつもならこの時期には家族や友達と集まってピクニックを楽しむのだが、今年はそれも叶わない。しかし、今が一番肝心な時。あと2週間頑張れば、あの青空の下でみんなと一緒にピクニックを楽しめる日が近づいてくるに違いない。だから、それまでもうしばらく、家族や友達との尽きないおしゃべりを楽しもう。
 


 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年4月23日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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