ブーツの国の街角で

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号外:新型コロナ・イタリア隔離生活の実態

文と写真・田島麻美

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3月11日夜、新型コロナウイルス感染防止策としてイタリア全土に移動禁止法令が発令されてから2週間が過ぎた。全国民が自宅での隔離生活を余儀なくされるという未曾有の緊急事態に直面したイタリアでは今、どのような暮らしが営まれているのか。
 今回は予定を変更し、現在のローマの隔離生活の実態を、一生活者としての視点からお伝えしたい。                  (本文中のデータは2020年3月25日現在のもの)
 

 

 

経済よりも国民の命を優先

 

 3月25日18時のイタリア保険省の発表によると、イタリアの現在の新型コロナウイルス感染者数は57521名、完治した人9362名、死亡者は7503名。感染者数はここへ来て緩やかな減少傾向を見せているが、まだまだ予断を許さない状態が続いている。新型コロナウイルスの感染拡大速度は恐ろしいほどで、1日のうちに状況が一変してしまうことは、今日までのイタリアの感染拡大の経緯を見れば明らかだ。(これまでのイタリア国内での新型コロナウイルス感染拡大に関する経緯は既に多くの方がご存知だと思うので、ここでは省略させていただく)。
 3月11日夜9時40分、コンテ首相が全国民に向けた緊急会見を行い、「食料品、生活必需品、薬局及びスーパーマーケットを除く全ての商業活動の休止」が発表された。この翌日からイタリア全土がほぼ封鎖状態になるという前代未聞の事態に陥った。しかしながら、イタリア国民はこの発表を冷静に受け止めたと思う。その最大の要因となったのは、コンテ首相の冷静、的確かつ愛情あふれるメッセージが人々の心を強く打ったからではないかと想像する。
「私は私自身の良心と契約を結びました。今も、そしてこれからも、第一に優先すべきことは経済ではなくイタリア国民の健康である、と」。コンテ首相のこの言葉は、このウイルスにイタリアが一丸となって立ち向かわなければならないということを私たちに悟らせた。
 長く経済危機が続いているイタリアで長期間に渡って全土で経済活動を停止することは、近い将来、これまで以上の大きな打撃を被ることを意味する。それはイタリアで暮らしている人なら誰でも容易に理解できることだ。にもかかわらず、「経済よりも、国民の命を優先する」と言い切った首相の言葉に、イタリアで暮らす私たち一人一人も腹を括った。

 


 

隔離生活で見えてきたイタリア人の本質

  
 翌12日から事実上の隔離生活が始まった。と同時に、ほとんど毎日、日本から安否を気遣ってくれる家族、友人、果ては何年も連絡を取っていない知人からの連絡が絶え間なく入るようになった。日本のテレビを見ていないので彼らの話とネットニュースの見出し(医療崩壊、人種差別や年齢による患者の選別、食糧をめぐる暴動、パニック買い、経済崩壊etc,etc.)から想像するしかないが、どうやら「イタリアは既に壊滅した」と思われているようだ。確かに北イタリアの医療現場の現状は深刻すぎるほど深刻だ。胸が張り裂けるようなニュースが毎日、朝から晩まで届いている。しかし、いや、むしろそんな状況だからこそ、普段は知ることのない人間の本質も見えてくる。
 私はイタリアで暮らし始めて20年になる。この20年の間、イタリア人、イタリア政府に怒りや悲しみを覚えたことは数知れない。正直に告白すれば、私がイタリア暮らしで一番恐れていたのは、危機的状況に陥った時のイタリア人のパニックだった。ところが、実際にその状況に陥った今、私の周囲を取り巻いているのは予想もできなかった「奇妙な安心感」である。私の周りではパニックどころか、普段は素っ気ない近所の人々が窓越しに努めて明るく声を掛け合い、高齢者や弱者に進んで手を差し伸べる人が続々と増えている。私が暮らす地域には一人暮らしの高齢者がたくさんいるが、移動制限が始まった直後、住んでいるマンションの入り口に「このマンションのお年寄りで買い出し、薬の受け取りが必要な方がいたら、私が代わりに行きます」という貼り紙を見つけた。今、マンション内の若者は毎日のようにスーパーや薬局の行列に並び、お隣のおじいちゃん、おばあちゃんのために買い出しをしている。土曜日に行ったスーパーでは、長蛇の列に並んでいた人々が最後尾についた年配者に順番を譲り、真っ先に入店させてあげていた。誰一人、文句も言わないどころか、それが当たり前だという顔をして。この状況になって初めて、イタリア人が「弱者にとことん優しい人達」なのだということを実感する日々が続いている。


 

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我が家のマンションの玄関先で見つけた「お買い物、請負います」の貼り紙。これを見た時、なんだかとてもほっとした。
 

 

 私には医師の友人、親戚がいるが、彼らは皆一様に「人の命を救うためならどんな自己犠牲も厭わない人間」である。普段は口が悪くチャラチャラした態度で、安い給料や過酷な医療現場に文句ばかり言っている。しかしいざ患者を前にすると、彼らは力強い大きな翼を持った守護天使に豹変する。今、救急救命室で必死に戦っているイタリア全土の医師、看護師、ボランティアの人々は皆同じだと思う。あまりにも悲しく辛い現状に、ジャーナリストに悲観的なコメントを漏らしたくなる気持ちは手にとるようにわかる。それでも、私には彼らが人の命を救うことを諦めるなんてどうしても考えられない。実際にイタリアの医療関係者を知っている人なら誰でもきっと同感してくれるだろう。事実、現在最前線となっているミラノで先週末に300人の医師のボランティアを募集したところ、瞬く間に7900人もの応募があったという記事を読んだ。WHOの救急部長マイク・ライアンは、「イタリアの医療従事者の信じられないほどの強さと勇気を称賛する。彼らは『働く奇跡』だ」と最大の賞賛を送っている。
 ウイルスは目に見えない巨大な津波となり、何度も何度も分刻みで彼らのもとに押し寄せている。医療現場の負担を少しでも減らし、一人でも多くの命を救おうと、寄附活動も盛んになってきた。ローマではフランチェスコ・トッティがラザロ・スパランツァーニ病院に15台の人工呼吸器を寄付したのを皮切りに、ASローマの選手が寄附金集めに乗り出した。募金額は開始からたった4日で目標の50万ユーロ(約6000万円)に達しようとしている。さらに、ローマやナポリ、その他の街の病院では、輸血用の献血をする若者達の長い行列もできている。それ以外に私たちが今すぐにできることは何か? それは「家にいること」なのだ。

 

 

 

1日の最大イベントは「買い出し」と「ゴミ出し」


 事実上の隔離生活に入ってから実感している最も大きな変化は、毎朝日本から安否を気遣う連絡が入ることと、相棒が家で仕事をするため朝から晩まで家の中をうろついていることだろう。それを除けば私は比較的すんなりとこの変化を受け入れたのだが、イタリア各地に住んでいる他の日本人は、この状況下でどんな暮らしを送っているのだろうか。日本で報道されているような差別や暴動などに巻き込まれたりしていないだろうか。ふと気になったので、先週、簡単なアンケートを作って無差別に配布し、いろいろな方の暮らしぶりやイタリアに対する率直な意見を尋ねてみた。ローマ市内・郊外、ミラノなど各地に暮らす十数名から回答をいただき、その結果、多少の程度の差こそあれ、全員が同じような考えを持ち、似たような暮らしを送っていることが判った。回答してくれたのは全員イタリアで暮らす日本人女性(在住歴15〜50年)である。
 アンケートの結果を総合すると、皆私と同じように「極端に悲惨な報道ばかりされているようで、日本から頻繁に安否を気遣う連絡を受けている」そうだが、実生活では「外出しなくなった分、好きな読書や映画を楽しんでいる」、「もともと在宅仕事が多かったので、あまり変化を感じない」、「夫が在宅勤務になり、子どもも家にいるので家族全員で過ごす時間が増えた」という回答が多かった。自由に外出できないというストレスは当然あるし、外での仕事に従事している人にとっては経済的な不安も大きい。しかし、そんな中でも皆それぞれ柔軟に適応しているようだ。新型コロナウイルス拡散防止に関するイタリア政府のさまざまな決断に対しては、全員が声をそろえて「イタリアを見直した」と言っている。「決断力と冷静さ、情報の透明度の高さ」がその理由だ。心配していた人種差別・暴動・パニック・買い占めに関しても、「特に何も起きていない」という回答だった(*新型コロナが上陸した直後、正確な情報が出回っていない時期にはアジア人ということで敬遠された、という人もいたが今はそれも無くなった)。
 そんな毎日の暮らしの中で、一番大きなイベントとなっているのが「買い出し」と「ゴミ捨て」だ。ミラノとローマで子ども、義父母、さらには義理の祖父母も含めた大家族に囲まれている日本人女性たちは、「毎日のスーパーの買い出しが大仕事」だと言う。移動制限中のルールとして、「買い物に出られるのは一家に一人。居住地区の最寄りの食材店、スーパーに行くこと。できる限り最短時間で済ませること」などの決まりがある。さらに高齢者は外出を禁じられているので、別の家に住む義父母や義祖父母の買い出しも彼女らの仕事となる(イタリア人の夫もいるのだが、買い物に行くと必要品ではなく余計なものばかり買ってくるのであまり当てにされていない)。毎日列に並んで最短時間で一家4人の食材を買い込み、重い袋を下げて歩くだけでも大変だが、高齢の義父母や義祖父母がいる人は、その重労働を2回、3回と繰り返さなければならない。直接会うことはできないので、電話で買い物リストを作り、スーパーの帰りに玄関先に品物を置いていく。「ゴミ出し」も同様で、上記の買い出し以外にも義父母の家の玄関先に出されたゴミを定期的に回収して捨てに行く、という仕事が加わる。彼女らのような「しっかり者のお嫁さん」がいるイタリア人家族はラッキーとしか言いようがない。
 一人暮らしの高齢者にとっては、毎日の食料と薬の調達、ゴミ捨てが最難事となる。先に記したように、私の住むマンションではこうした事態を予測して即座にボランティアの買い物代行を名乗り出てくれた若者たちがいたが、こうした助け合いの輪はローマのあちこちで広がっているようだ。つい先日も、仕事ができないローマのタクシー会社の運転手たちが市内のお年寄りの買い物を代行するボランティアを始めた、という新聞記事を読んだ。この緊急事態にあって、誰もがそれぞれ「今、自分にできること」を探し、実行していることはとても心強い。
 11日に発令された移動禁止法令は、その後も日に日に厳しくなっている。23日からは市民生活に直結しない全産業の生産活動が4月3日まで停止となった。更なる長期化が予想される隔離生活で、「ちょっとした助け合いの輪」が与えてくれる安心感は計り知れないものがあり、こうした活動が少しでも広がってくれることを祈るばかりだ。
 

 

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入場制限をしているスーパーで入店を待つ人々。前後の人と1〜1.5mの間隔を取る必要があるため必然的に列が長くなるが、その分店内の混雑はなく、レジも並ばずに最短時間で買い物ができる。

 

 

 

「静寂」が、なによりも辛い

 

  先週、ミラノに住んでいるイタリア人の友達に久しぶりに電話をした。アリタリア航空に勤めている彼は仕事をすることもできず、パートナーと家にこもっている。ローマでは移動制限令がまだ発令したばかりで、連日フラッシュ・モブでみんながバルコニーや窓から大声で歌っていた頃だ。ミラノの住宅街に住んでいる彼に街の様子を尋ねると、「混乱は一つもないよ。スーパーの買い出しに時間がかかるけど、どうせ時間はたっぷりある。お陰で普段はゆっくり話せない友達や家族との連絡も密になったよ。時間を気にせずに好きなだけ話せるのは嬉しいね」と彼は言った。ちょうど電話の最中にフラッシュ・モブが起こり、「なんの騒ぎ?」と聞いてきた彼に状況を説明すると、「それは羨ましいね」とため息まじりに言った。ミラノとローマでは状況の深刻度が全く違う。街に流れる空気の重さも格段の差があるはずだ。何か困っていることはない? 私にできることがあるかしら?と尋ねると、彼はこう言った。「大丈夫、何も困っていることはないよ。ただ……、この静寂がなによりもキツいよ。街に音がしないんだ。人の話し声もない。聞こえるのは救急車のサイレンだけ。僕はまだ同居人がいるから気晴らしができるけど、一人暮らしのお年寄りはたまらないと思う」。
 


 

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ミラノの友人から送られてきた先週のロンバルディア州庁舎の光景。

 

 

 ミラノの友達の言葉を聞くまでもなく、日頃から人付き合いが密なイタリア人にとってなによりも堪えるのは、「人との触れ合いがなくなる」ことだと思う。アンケートの回答でも在住歴が長いご婦人方は「子どもや孫に会えないのが一番寂しい」と言っている。イタリアでフラッシュ・モブが起こった時、バルコニーや窓から大声で歌っていた人達が心に思い浮かべていたのは、大切な人の笑顔である。会いたくても会えない両親や祖父母、子どもや小さな孫、大切な友達。その人達がほんの一瞬でも不安から解放され笑顔を見せてくれるように、そしてこのウイルスが一刻も早く収束してくれるようにと祈りながら、誰もが断腸の思いで歌い、踊った。パソコンやスマートフォンを使いこなせる世代はまだビデオ通話ができるからいいが、それらを使えない一人暮らしのお年寄りは、家族の顔を見ることもできない。その結果、孤独感が増し、家にいるのが耐えられなくなって外に出てしまう。感染したら最も危険な立場になるお年寄りのストレスを少しでも減らし、なんとか家の中に留めておくよう、今、テレビやラジオでは盛んに昔のイタリア映画を放映したり、イタリアの懐メロを流して「さぁ、大きな声で一緒に歌って発散しよう!」と呼びかけている。
 

 

 

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隔離生活中の運動不足を解消するため、エクササイズのビデオや動画サイトを利用する人が急増している。
 

 

 一方で、スマートフォンやパソコンが使える世代の間では、友達とのグループチャットや「ビデオ・アペリティーヴォ」といったヴァーチャル交流が盛んになっている。アンケートでも回答者全員が、「友達や家族と電話やメッセージを交換する機会がぐっと増えた」と答えている。私自身のこの2週間を振り返ってみても、SNSを利用する時間がかなり長くなった。最初はメッセージのやりとりだけだったが、1週間が過ぎる頃から「電話で声を聞きたい」と思うようになり、2週間目が終わろうとしている今は「ビデオ通話」が当たり前になってきた。先日はビールとポテチを用意してパソコンの前に陣取り、一人暮らしの友達とビデオ・アペリティーヴォを楽しんだ。パソコンのスクリーンではあるけれど、親しい友達の顔を見ながら「今日は何を食べた? 今夜はどんな料理を作るの?」というお決まりの話題に始まり、これまたいつも通りのくだらない冗談を言い合って笑うひと時は、とても貴重なものであると気がついた。
 さらに今、イタリアのスーパーでは小麦粉が品薄状態になっているが、これは家にいる時間ができた分、普段は家で作らないようなパンやピッツァ、パスタなどを作る人が増えているからだ。イタリア人が家にこもって時間を持て余すと、食に走る人が激増する。日頃はキッチンに立つ時間がない男性陣も家にいるので、ここぞとばかりに自慢の料理を家族に振る舞ったり、SNSに写真をアップしている。この現象を受け、今度は食べ過ぎ、太り過ぎをからかうジョークや自虐的な笑いネタを拡散する人が増え、それを見た人は我と我が身を振り返りながら大笑いし、友達や家族に電話をしてまた一緒に大笑いする、という連鎖も起きている。一緒に笑うだけで、不安や孤独感は一気に吹き払われるから。

 

 世界は今、第二次世界大戦以来の重大な危機に直面している。ミラノの友達が言っていた静寂は、少しずつローマにも忍び寄ってきているように感じる。けれど、ウイルスという目に見えない巨大な敵に対し、イタリアは今、かつてないほどの団結力で立ち向かっている。あとどれくらい続くのか、日本の家族は無事か、世界にこの悲劇が広がってしまわないか、その後の経済はどうなるのか。不安や心配事は数え上げればキリがない。しかし、このウイルスは人が動けば動くほど感染を拡大し続ける。医療現場の最前線にいる英雄たちを一刻も早く彼らの家族のもとへ返すため、そして一人でも多くの命を救うためにも、家を出るわけにはいかないのだ。私達は歌と笑いと美味しい料理を抱えて、今日も家にこもり続けている。 
 
 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年4月9日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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