ブーツの国の街角で

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号外(7):ニューノーマルが定着したローマの日常風景

文と写真・田島麻美

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実質的に国境を開放し、欧州諸国からの旅行者を隔離期間なしで受け入れ始めたイタリアでは、活動制限の大幅な緩和が進んでいる。6月11日に発令された新たな首相令に基づき、12日からは無観客でのスポーツの試合が可能になり、サッカーのセリエAも20日からリーグ戦が再開。15日からは対人距離を確保した上で、映画館、劇場、コンサートも再開された。イタリア各地の観光地では厳格なルールを遵守しつつ観光客の受け入れ体勢を整えているが、観光業・サーヴィス業の本格的な再稼動にはもう少し時間がかかりそうだ。経済の立て直しに本気で取り組み始めたイタリアでは、ウイルスの存在を日常生活に受け入れた「ニューノーマル」な暮らしが定着しつつある。戸惑いながら再開した観光地は今、どうなっているのか? ローマの現在の新しい日常風景をお伝えする。(本文中のデータは2020年6月24日現在のもの) 
 

 

 

音楽祭でスタートした「再起の夏」

 

   6月24日のイタリア保健省のデータによると、今日現在の国内の感染者数は1万8655名、今日までに亡くなった人は3万4644名、完治した人は18万6111名、過去24時間に確認された国内の新規感染者数は190名で、ロンバルディア、ピエモンテ、エミリア・ロマーニャの北部3州とカンパニア州を除いた全州で新規感染者数は一桁台かゼロとなっている。こうした現状を受け、6月20日、ローマ及びラツィオ州の新型コロナウイルス治療の最前線であったサン・フィリッポ・ネーリ病院のCovidセンターが閉鎖した。3月28日に緊急治療センターとして開いて以来、85日間に渡ってコロナウイルスとの死闘を繰り広げてきた場所である。新規感染者数、集中治療患者が減ったことによりようやく閉鎖に至ったこの日、医師や看護師、スタッフらはマスク越しにもわかるほどの満面の笑顔でマスコミの取材に応じた。ラツィオ州保健局は、「Covidによる緊急事態に貴重な貢献をし続けてきたサン・フィリッポ・ネーリ病院とそのスタッフ全員に感謝する。これは公衆衛生局の歴史に残るストーリーだ」と述べ、関係者を最大の賛辞で労った。今日までに、新型コロナウイルスの治療にあたり自らも感染して命を落とした医師は169名、看護師は40名にのぼる。彼らの中には、医療現場の人手不足を助けようと自ら名乗りを挙げて治療に当たってきたボランティアの医師や看護師もたくさんいる。Covid緊急医療センターの閉鎖は、自らの命を犠牲にしてまで人々を救おうと尽力した医療関係者一人ひとりの汗と涙の結晶であることを忘れてはならない。私たちができることは、尊い命を犠牲にした彼らを忘れず、このセンターが二度と開かれずに済むよう、細心の注意を払ってウイルスと共生していくことだ。
 夏至を迎えた翌21日の日曜日、イタリア全土で『フェスタ・デッラ・ムージカ(音楽の祭典)』が開催された。本来なら各地で野外・室内コンサートが開かれるのだが、今年はテレビ、ラジオ、オンライン、ストリーミングなど様々な方法でロックからクラシックまで様々な音楽がイタリア中に溢れた。「再起の夏」とサブタイトルがついた今年の音楽祭の目的は、「経済・生活を立て直すための再スタートの夏の幕開けを、元気いっぱいの音楽で満たそう」というもの。ライヴストリーミングでコンサートを開いた一流のプロから家のベランダでギターをかき鳴らす一般市民まで、誰もが思い思いの方法で音楽を奏で、再起の夏の始まりを祝った。住宅街にある我が家にも、近所のアパートのベランダや広場、公園から様々な音楽が流れてきた。元気なポップミュージックや懐メロ、哀愁漂うクラシックのメロディ。耳に届く多種多様な音に満たされながら、苦い痛みと甘い希望を同時に感じていた。
 

 

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6月21日に開催された『フェスタ・デッラ・ムージカ・ローマ』のチラシ。窓やバルコニーからみんなで音楽を奏でよう!と呼び掛けた(出典:FDMROMAのHPより)
 

 

 

ローマ旧市街のニューノーマル風景
 

  爽快な青空が広がった初夏の一日、仲良しの友達を誘ってローマ旧市街を散策することにした。特に目的も持たず、女友達と連れ立ってお気に入りの通りを歩く。店のショーウインドウを眺めながらおしゃべりを楽しみ、暑くなったら涼しい日陰を探して石畳の裏路地に入り、疲れたらカフェテリアのテラス席でカフェを一杯。1月まで、できて当たり前だと思っていた旧市街散歩が、これほどまでに貴重で得難いものであったのかと今更ながら痛感する。パンテオンの前を通りかかると、久しぶりに観光客の列ができていた。従来のセキュリティチェックに加え、屋内の観光施設へ入場するには検温とマスク着用、混雑状況のコントロールなどが義務付けされている。検査時間と行列時間はこれまで以上に長くなってしまったが、それでも数ヶ月ぶりに人々が「観光」をしている光景に少しホッとした。久々の賑わいにどこか嬉しそうなパンテオンの勇姿を眺めた後、小さな商店が軒を連ねる路地へと入って行く。お店は開いているところもあれば閉まっているところもある。お気に入りの店が閉まっていたので「もしや廃業か?」とヒヤッとしたが、同行した友人が、「時間差営業だからよ」と教えてくれた。よく見るとどの店も入り口に営業時間変更のお知らせが貼られている。通りと店内の混雑を避けるため、ほぼ一軒おきの間隔で時間帯をずらして店が開くようになっていた。通りがかったブティックのウインドウに綺麗なサマーニットを見つけてふと足を止めた。これまでなら無言で店内に足を踏み入れていたが、今では誰もが入店前に店員に合図を送って「入っていい?」と尋ねる習慣が身についた。小さな店はどこも入り口に「店内には3人しか入れません」というような断り書きが貼られているので、入る前に店内の様子を見て、混んでいたら店の前に並ぶのも当たり前になった。その代わりと言ってはなんだが、接客の質は目に見えて向上した。ぶっきらぼうな接客がまかり通っていたローマのブティックだが、店員も押し寄せる客と時間に迫られることなくゆったり対応できるため、とてもフレンドリーで丁寧に接してくれる。楽しくて気持ちの良いショッピングができるようになったことは嬉しい発見だった。
 

 

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ローマ旧市街の中心にある古代遺跡パンテオンも一般見学を再開した。検温などのチェックがあるため入り口には長い列ができている。
 

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商店はどこも時間差営業。入り口には入店ルールの紙が貼られている(上)。マスクはもはやモードの一部。老舗の仕立て屋から高級ブランドのブティックまで、色とりどりのマスクが街のショーウインドウを飾っている(下)。
 

 

 

営業形態を変えて存続の危機を打開


   ウイルスとの共生共存を前提として再開した商店だが、業種によっては存続の危機が囁かれる店も出始めた。例えば、ジェラテリア。安い単価でより多く販売することによって利益が出る構図になっているジェラテリアにとって、客数の少なさは致命傷となる。特に旧市街の中心にある老舗は、歴史的建造物の一部となっている店舗の高額な維持費や大勢いる従業員への給与補償などでそのリスクはさらに大きくなっている。バールやカフェテリアも同様の苦境に立たされており、街の一部として世界中に知られているこうした名店の数々が存続のリスクにさらされている事はローマ市民の心を痛め続けている。有名ブランドのブティックが並ぶコンドッティ通りの名店『カフェ・グレコ』も困難な局面に立ち向かっている店の一つで、同店では感染防止対策のため、1760年の創業以来初めて路上にテラス席を設置した。本来、ショッピング客で混雑するコンドッティ通りは路上にテーブルを出すことが禁止されているが、今回の非常事態に際してはローマ市も特例を適用したようだ。イタリアで2番目、ローマでは現存する最古のカフェである『カフェ・グレコ』は、260年に渡る歴史の中で、ゲーテやスタンダール、アンデルセンを始めとする世界中の著名人に愛されてきた。営業形態を変える事で閉店のリスクが少しでも軽減されるのであれば、どんどん変えて欲しいと思う。歴史がある店であればあるほど、過去には厳しい局面と対峙した経験もあるはず。そうした困難を一つずつ乗り越え、時代とともに歩んできたからこそ、老舗としての今がある。コロナ危機で長く繋がれてきた鎖の一つが絶たれてしまわないことを願ってやまない。

 

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ブランドショップも再開し、少しつづ賑わいが戻ってきたコンドッティ通り(上)。260年の歴史の中で初めて路上にテーブルを出したローマ最古のカフェ『カフェ・グレコ』(下)。
 

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ローマの老舗バール『タッツァ・ドーロ』も店内を大改装。カウンター前には順番待ちのテープが貼られ、バリスタとの間にはガラスの仕切りが出来ていた(上)。業態は変わっても、美味しさはそのまま。名物のグラニータ・ディ・カッフェでホッと一息(下)。
 

 

 

マニア急増中の『モノパッティノ』がローマ観光を変える

 

   ゆっくりと活気が戻りつつある旧市街を散策しながら、変わったもの、変わらないものを一つひとつチェックしていった。目抜き通りを行き交う人の少なさに寂しさを覚える反面、遺跡や名所、通りや広場などの環境が劇的に改善したことは予想外のメリットだったと思う。トレヴィの泉やバルカッチャの噴水に流れる水は透明で、スモッグで汚れてない真っ白な大理石の彫刻をキラキラと輝かせている。道にはゴミがなく、空気も澄んでいて歩くのがとても快適だ。世界中の観光客が再び押し寄せるようになったらこの美しい環境もまた悪化してしまうのではないかと懸念する声もあるが、ローマ市はなんとかして環境が改善した今の街の状態を維持していこうと模索している。その一つが「持続可能なモビリティの促進」。旧市街に入れる自動車の数を減らし、代わって自転車やキックスケーター、電気式スクーターの利用を増やしていこうとしている。
 政府も補助金を出して購入を支援しているおかげで、通勤などでも自転車やキックスケーターを利用する人が増えてきた。中でも現在「マニア」が急増していると言われているのが、イタリア語で「モノパッティノ」と呼ばれる電動式の小型スクーター(日本語で「キックスケーター」)だ。オリジナルは足で蹴って走らせるハンドル付きのスケート・ボードだが、これを電動式にしたモノパッティノは、駐車の場所も取らずガソリン代や保険代の心配もなく快適に移動できるモビリティとして幅広い層に支持されている。個人で購入して日常的に通勤などに利用する人が増えている一方で、旅行者や購入予備軍が手軽に利用しているのが旧市街の各地に用意された「レンタル・モノパッティノ」だ。ローマ市は現在、HELBIZ、LIME、BIRD ONEの3つのレンタル会社と提携し、旧市街の各所に約3000台のレンタル・モノパッティノを設置している。将来的にはローマ市内の各所に1万6000台を配し、これにより市内の交通渋滞や大気汚染、コロナウイルスの感染拡大を一挙に解消しようという計画だ。レンタル方法はいずれの会社もアプリをダウンロードして使用する仕組みになっている。料金や利用規則は各会社で異なるが、基本的にはアプリで登録し、送られて来たQRコードでロックを解除して使用を開始、その後は利用時間ごとに一定金額が課金されていく仕組み。公道を走るため、ローマ市の交通ルールを遵守することも義務付けられている。市内での電動スクーターの利用規則としては、14歳以上であること、18歳まではヘルメット着用が必須。レンタルで許可されている最大速度は25 km / hで、歩行者エリアでは6 km / hにまで減速することなどが決められている。交通ルールを守るなどの注意は必要だが、バスを待つ必要もなく旧市街の隅々まで爽快に走れるレンタル・モノパッティノは、アフターコロナのローマ観光の仕方を大きく変えていくに違いない。
 

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ローマ市が契約したレンタル会社が旧市街各所に設置した「モノパッティノ」。アプリでロックオフ・オンが可能なので、どこでも自由に乗り降りできるのも魅力。料金は会社によって異なるが、だいたい初回ロックオフ1€+0.15〜0.25€/分となっている。1週間から一ヶ月まで、長期利用にはお得な借り切りパックも各種用意されている。
 


 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年7月9日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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