ブーツの国の街角で

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 号外(6):第3フェーズいよいよ始動!国内移動自由、国境も開放

文と写真・田島麻美

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  5月18日から国内の移動制限の解除、商店の営業再開などの段階的な解除を行ってきたイタリアでは、当初の予定通り6月3日から渡航を許可しているEU諸国に対して国境を開放し、「第3フェーズ」と呼ばれる封鎖解除の最終段階に入った。国内の新規感染者は引き続き出ているものの、その数は1ヶ月前とは比較にならないほど少なく、かつ現行の陽性患者数は毎日千人単位で減少している。集中治療患者数も日に日に少なくなり、完治者数は飛躍的に増えた。こうした状況から、政府は6月3日よりEU諸国との空の便を解放、経済回復へ向けて一気に舵を切った。コロナウイルスは今だ私たちの身の回りに存在しており、これからはいかにスムーズに集団免疫を獲得していくかが最重要課題となる。2月下旬から始まった壮絶な悪夢から、イタリアはようやく目覚めようとしている。慎重にかつ大胆に、経済回復に向けて動き出した現在のイタリアの様子をローマからレポートする。(本文中のデータは2020年6月10日現在のもの)
 
 

 

 

第二波襲来に備えて大規模な抗体検査を実施

 

 5月16日の首相令により、18日から段階的な移動制限の解除を行ってきたイタリアは、6月3日からさらに大幅な制限緩和に踏み切った。3日夜の会見でコンテ首相は、「数週間に渡る多大な犠牲を経た私たちには、笑顔になり、喜ぶ権利がある。この危機を乗り越え、この国を再構築する機会にしなければならない」と述べ、経済と社会問題の緊急事態に取り組む姿勢を明確にした。と同時に、コロナウイルスの脅威はまだ続いており、ウイルスへの唯一の効果的対策として「人との物理的距離を取ること、人混みではマスクを着けること。こうした安全策を怠ることは配慮に欠けている」と強調。封鎖解除により再び感染が爆発的に拡大するようなことがあれば、即座に再びロックダウンに踏み切ると釘をさすことも忘れなかった。
 イタリア保健省の発表によると、国内の6月10日現在の感染者数は3万1710名、今日までに亡くなった人は3万4114名。24時間以内の新規感染者は202名で、このうちの約49%にあたる99名はロンバルディア州に集中している。コロナウイルスで甚大な被害を受けた北イタリアの他の州・ピエモンテ、エミリアロマーニャは25名前後の増加、リグーリアで20名、ローマがあるラツィオ州では18名の増加。その他の16の州はいずれも5症例未満の増加で、感染者数0の地域も多くなってきた。イタリアではコロナウイルス発生から今日まで約440万人にPCR検査を実施してきたが、政府が現在もっとも力を入れているのは5月下旬から始まった大規模な抗体検査である。保健省とイタリア統計局が赤十字の協力を得て開始したコロナウイルス感染の血清有病率調査は、全国の2千の市町村の住民15万人から血清サンプルを採取し、性別や年代、日常の活動動向などを分析するというもので、イタリア国内で抗体を持つ人がどのくらいいるのかを把握することを目的としている。匿名で収集されたサンプルをさまざまな見地から分析することで、懸念されている第二波の襲来が起こった場合、予防や対策に役立つことが期待されている。この新型コロナウイルスはまだまだ解明されていない部分が多く、変異のスピードや種類の多様性も指摘されているため、抗体ができたと言っても安心できるわけではないが、少なくとも現状をしっかり把握することは今後の対策や経済活動を本格化していくためにも必要不可欠だ。積極的な検査を地道に継続していくことでこれから少しでも安全な環境を作り出せることを願うばかりだ。
 

 

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6月10日現在の感染状況。青枠内が過去24時間の新規感染者数(出典:イタリア保健省)
 

 

 

イタリアを抱きしめよう!

 

   規制緩和のフェーズ3が始まる前日の6月2日は、イタリアの共和国建国記念日だった。例年、この日はローマのヴェネツィア広場を中心に軍事パレードが行われ、イタリア空軍のアクロバット飛行隊「フレッチェ・トリコローリ」によるイタリア国旗の三色の煙幕がローマ上空を駆け抜けるのだが、今年はパレードが中止になった代わりにイタリア全土の上空をこのアクロバット飛行隊が駆け抜けた。『L’abbraccio all’Italia(イタリアを抱きしめよう!)』というこのプロジェクトは、コロナ危機で深く傷ついた全国の市民と街を上空からトリコロールの煙幕で包み込もうというもので、6月2日にローマでフィナーレを迎えるまでの5日間に渡り、全国21都市で開催された。今までの多くの犠牲と苦難を偲ぶと同時に、明日から始まる再生への日々に希望を込めて、赤白緑の三色の煙幕が轟音と共にイタリア全土の空を駆け抜ける様子は、多くの市民を勇気づけた。
 一方、マッタレッラ大統領はこの日、イタリアのコロナ危機の始まりとなったコドーニョの街を訪問。「この地で勇敢なイタリアが始まり、ここから私たちは憲法の価値を再確認する」と述べた後、「共和国憲法の価値という名において、多くの市民の団結を象徴する勇気と創意工夫でコロナ危機に立ち向かった」として57名の市民にイタリア共和国功労勲章を授与すると発表した。新たに「共和国の騎士 Cavalieri della Repubblica」となった25名の女性と32名の男性は、いずれもコロナ危機に際し、危険を顧みずに人々のために尽力した一般市民である。一例をあげると、元医師の聖職者で感染者の治療にあたるため教会区を離れ、医師として病院に復帰したドン・ステヴェナッツィ、レッドゾーンに向かうため毎日100kmの道のりを往復したコドーニョの薬剤師ジュゼッペ・マエストリ、ロックダウンの期間中ろう者のための透明マスクを開発し、毎日数千枚ものマスクを縫って寄付したアイリーン・コッポラ。身近な人々を支援するため、積極的にできることを探し、自らの危険を度外視して実行した彼らの存在は、ロックダウン中のイタリアを励まし続けてくれた。特別なことでなくても誰かの、何かの支えになれることを身をもって示してくれた57名の市民が勲章を授与されたことは、明日から経済復活に向けての困難な道のりに踏み出す市民に大きな勇気を与えてくれたと思う。
 

 

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イタリア空軍「フレッチェ・トリコローリ」のアクロバット飛行。(写真出典:イタリア空軍HP)。イタリア全土を駆け抜けた『L’abbraccio all’Italia』の様子をまとめた動画は必見。機体やコックピットに取り付けたカメラで撮影された大迫力の映像は以下のサイトで見られる。https://www.youtube.com/watch?v=w7U9hCO9bpw
 

 

 

店と客が痛みを分かち合う経済再開


  対人距離の確保、マスクの着用、検温、手洗いと消毒を習慣にしつつ経済活動を再開したローマだが、観光客はまだ少ない。イタリアが国境を解放したとはいえ、他のEU圏内の国も同じように渡航を許可しているわけではないので、実際にイタリアに入国している人の数は限られる。まして観光目的で入国している旅行者はほんの一握りだろう。ローマではコロッセオやパンテオンなどの遺跡も既に観光客を受けいれているが、今は外国人ではなくイタリア人の観光客がほとんどだ。むしろ、「今まで混雑してて入れなかったローマの観光名所を見たい」と、ローマ市民が地元の観光をしている光景が頻繁に見られる。もともと郷土愛が強いイタリア人だが、ロックダウン解除後は地元経済の回復に少しでも貢献しようと、身近な飲食店や商店、観光名所などで消費する人が増えている。私の周りでも、外出が自由になった今、朝の一杯のカフェをあえて近所のバールで飲むというお年寄りや、家の隣のレストランまでわざわざパスタを食べに行くという人がいるが、こうした微々たる消費であっても店にとっては心強い支援となっているようだ。
 ローマ市の営業再開に関する規定では、旧市街の小売店は業種によって時間差の営業時間を設けることになっている。これは店員の出勤時間をずらして交通機関のラッシュを避けること、来店する客の集中を避けることを目的としている。どの店も店頭には消毒ジェルが置かれ、店内の床には2mごとにテープが貼られている。店頭で検温してから客を店内に誘導している店もある。利用する客のルールとしては、入店の前にマスクを着けること、素手で商品に触れないことなどが義務付けられていて、売る側も買う側も責任を持って行動することが最低限のマナーとなった。
 制限解除後の商店街を歩いた時、営業を再開できた店もあれば閉店に追い込まれた店もあることを知った。住宅街にある自宅付近の商店街は99%再開できたようだが、開いた途端に「大売り出し」の看板が目を引くようになった。テレビでも「今がお買い得!」という商品CMがバンバン流れている。顧客の呼び戻しと消費促進のために商店も企業も軒並み大セールを開始したようだ。ロックダウン中に収入が激減している人も多い中、消費を促進していくのは容易なことではないが、お金は回さなければ最後は皆で共倒れになってしまう。売る方も買う方も痛みを伴う経済活動だが、一人ひとりができる範囲で消費していかなければ回復も望めない。
 こうした状況を見て、政府は再始動のための新たな緊急支援策を追加し、経済的に困難な状況にある家庭の支援を目的とした緊急所得の配給と、1億4千万ユーロの賃貸住宅支援を発表した。オンラインで申請でき、可能な限り速やかに必要な市民の元へ支給することを目指している。
 

 

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ローマの市バス車内はほとんどが着席不可。公共交通機関は混雑を避けるための時差利用を呼びかけている。メトロやバスは乗車率を減らすため本数を増やして運行している。

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商店の入り口には入店のためのルールが表示されている。マスク着用はどの店も義務付けているので外出の際にはマスクと消毒ジェルを持ち歩くのが常識となった(上)。客との接触が多く、かつ長時間滞在する美容院は商店よりもさらに規則が厳格。道具の徹底消毒、客との接触を極力避けるなどスタッフの苦労は多い。レジ前には透明な仕切りまで作られていた(中)。
アパレル関係などは春物商品の在庫一掃だけでなく、夏向け商品も50〜70%オフで売り出すという特売セールを実施し、顧客の呼び戻しに苦労している。特売セールは夏中続く予定(下)。

 

 

 

 

トレッキングブームと新しい水着ファッション

 

   国内の移動が自由になってから2日後、ダメもとで予約していた夏のバカンス先の宿から「予約OKです!!」と嬉しそうなコンファームが届いた。私と相棒はもう何年も続けて夏はアルプスの山奥で過ごしているのだが、北イタリアの感染状況を見ながら、今年はアルプス登山も諦めるしかないかと思っていた。アルプス山中には小さな村が多く、夏の登山客、冬のスキー客だけで維持している宿がほとんどだ。知らせを受けてホッとした私と相棒は、早速現地情報を仕入れにアルピニストが集う近所の山岳用品店を訪れた。久しぶりに会う店主とスタッフは皆元気そうで、お店もクローズすることなく再開できてまずは一安心。「山の状況はどうなってる?」と尋ねると、店主は「大丈夫、登山道は再開したよ」と笑顔を見せた。「アルプスは広いし、山の空気は澄んでいるから逆にトレッキングがブームになっているらしいよ。でも人気のビーチのように混み合うことはないから安心していいよ。ただ、山小屋はどこもピンチみたいだ。もともと狭いところに大勢が寝泊まりする場所だからね。ランチやバールで休憩するぐらいはできると思うけど、山小屋に一泊するルートは今年は諦めた方がいいかもしれない」と教えてくれた。
 他方、海辺のバカンス地ではビーチで対人距離を保つためのさまざまな工夫を凝らしているようだ。いわゆる「海の家」のようなビーチを管理している施設では、パラソルとデッキチェアの間隔を広げたり、隣り合ったパラソルの間に仕切りを設置したりと、バカンス客の受け入れ準備に大忙しだ。海が大好きなイタリア人にとって、夏に海に行けないことほど寂しいものはないだろうが、かといって大混雑のビーチに出かけるのも怖い気がする。そんな利用客の心情を察してビーチの滞在を予約制にするという施設も出てきた。海好きの女性たちは毎年5〜6月には新作の水着を物色し始めるのが常だが、今年はセールが早く始まっているため購入できる水着の選択肢もグッと広がっている。さらに、今年の新たなトレンドとして「水着とマスクのコーディネイト」も登場した。同じ素材と柄でビキニとマスクをそろえるというニューファッションは今夏のビーチを席巻しそうだ。困難な状況であっても楽しむことだけは決して諦めないイタリア人だからこそ、今年は海でも山でも趣向を凝らしたバカンスが繰り広げられるに違いない。

 

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密集を避け、新鮮な空気をたっぷり吸い込める山のトレッキングがブームになっている(上)。ビキニとマスクをコーディネイトした新しいビーチファッションが登場。今夏注目のトレンドとなっている(下/ 写真出典:capitalfm.com)
 

 


 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年6月25日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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