ブーツの国の街角で

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 号外(4):緩やかな制限解除でイタリアが踏み出した新たな一歩

文と写真・田島麻美

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   4月26日、段階的な活動再開の第一歩となる「フェーズ2」の首相令が発表された。5月4日から発動したこの法令により約440万人が職場に復帰し、2ヶ月に渡って停止していたイタリアが少しずつ動き始めた。フェーズ2の有効期間である5月4日から17日までの2週間、どのような活動が可能になるのか、再開に際し市民が遵守しなければならないルールを政府は詳細に明示した。製造業、建築業、飲食業、小売店、宗教関連施設、公共交通機関などあらゆる業種や地域ごとに、できること、できないことが細かく提示されており、違反者には罰金が科せられる。一般市民の生活に関わる主な制限緩和項目は、移動範囲の拡大、公園の開放、運動目的の外出の許可、州内の親族や恋人に限り会えるようになったことなど。また、これまでデリバリーだけだったバールやレストランでは、自宅か職場で消費する場合に限ってテイクアウトでの料理の提供ができるようになった。職場への復帰に際し、地下鉄やバスなど公共交通機関も動き出した。但し、これらのサービスの利用に際しては、マスク着用、1m以上の対人距離の確保、定期的な消毒や衛生環境の保持が義務付けられ、外出する人は移動の理由を明記する自己申請書を引き続き携帯することが義務付けられている。いずれの場合も単独もしくは少人数での行動が基本で、大人数の集会などは不可である。厳しい条件付きではあるが、2ヶ月ぶりにようやく動き出した現在のローマの街の様子をお伝えしよう。(本文中のデータは2020年5月13日現在のもの)
 

 

 

 

ロックダウン後に現れた移動手段の変化

 

 5月13日に発表された保健省の統計データによると、今日現在イタリア国内で確認されている感染者数は78457人。24時間以内に新たに888人の感染が確認されたが、完治者も3502人増え、総合的に見ると現在の国内の総感染者数は昨日より2809人減少した。世界の感染者数は430万人を超え、イタリア国内だけでも3万1千人を超える犠牲者が出ているが、状況は少しずつ、緩やかに落ち着いてきているように見える。毎日更新される感染者数は減少傾向にあり、1人の感染者から感染する人数も減少していることから、イタリア政府は慎重な規制緩和に踏み切った。フェーズ2への移行に際し、コンテ首相は会見で釘を刺すことも忘れなかった。「警戒を怠れば感染も死者も再び増える。2ヶ月もの間全国民が払ってきた犠牲が無駄になり、経済に取り返しのつかない悪影響が及ぶ。イタリアを愛しているなら、距離を保とう」と呼びかけ、市民一人ひとりに責任ある行動を訴えた。

 

 

 

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4月26日に発令された「フェーズ2」のラツィオ州における規制緩和の主な項目。これ以外にも、州や地域によって様々な制限ルールが決められている。(図表:Anci Lazio)
 

 

   恐る恐るという感じで迎えた5月4日の朝、最初に気づいた変化は屋外の騒音だった。車やバイクの走る音を聞いたのは実に2ヶ月ぶりのことで、騒音がやけに大きく響いた。移動範囲が広がったとはいえ、不要不急の用事がない大半の一般人は引き続き自宅での隔離生活が続いている。私も週に一度の買い物とゴミ捨て以外は相変わらず外出を控えているが、ちょっと離れたスーパーまで足を伸ばせるようになったことは嬉しい変化だ。先日も買い物がてら久しぶりに近所をぶらぶら歩き、商店街やメトロの駅などを見て回った。いつも大勢の人が行き交うメトロの駅構内は、2人の係員がテープを使って黙々と構内の動線作りをしている他は、人影が全くなかった。昨夜のニュースで見た映像では、密集を避けるために構内やホームの床に1m間隔で丸いシールが貼られ、出勤時には駅の中に入るのを待つ通勤客の長い行列が出来ていた。今回の数ある規制緩和ルールの中でも難題だと思われるのが、メトロやバスなど公共交通機関の乗車率を50%に維持するという課題である。車両内の随所に1m間隔の目印のシールが貼られ、半分以上の座席には「着席不可」の注記書が貼られているが、それでも通勤ラッシュの時間帯にこれを守るのは至難の技。その解決策として、政府は自転車や電動式スクーター、キックスケーターでの通勤を奨励し始めた。エコモービルの利用は公共交通機関の密集を避け、街の空気汚染問題も解決する一石二鳥の方法として歓迎されており、実際にミラノやローマなどの大都市では自転車専用道路の拡張工事も始まっている。さらに5万人以上の住民がいる都市部の居住者には、通勤用の自転車や電動式スクーター、キックスケーターの新規購入費として500ユーロのバウチャーを政府が支給するという案が検討されていたが、12日に運輸省の正式発表があり、新規購入費の60%、最大500ユーロまでのボーナスが希望者に支給されることが決まった。
 

 

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人の動きが交差しないよう改札の出入口に境界線が設けられたメトロ駅構内。
 

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人と人との接触を避けるようホームには1m間隔で丸いシールが貼られ、さらに乗車する人はマスク着用が義務付けられている(Foto: ANSA / Massimo Percossi)
 

 

 

商店街の店先にあふれる感謝のメッセージ

  
 まだまだシャッターが閉まっている店が多い商店街だが、道を歩く人の姿は確実に増えてきている。皆きちんとマスクを付け、ゴム手袋をはめ、行き交う人との距離を目で測りながら歩いている。腕や肩を組みながらやたらとくっついて歩くのが当たり前だったイタリア人の姿は、通りのどこにも見られない。散歩を兼ねた買い出しの道中、商店街のパン屋や八百屋、薬局やスーパーの入り口などにたくさんのカラフルな貼り紙があるのを目にした。先週までは最寄りのスーパーで大急ぎで買い出しを済ませていたので目につかなかったのだが、よく見るとこれらの貼り紙は地元の人々から寄せられた店のスタッフへの感謝のメッセージボードであることがわかった。ロックダウンの2ヶ月の間、様々な厳しい衛生上のルールを守り、感染のリスクに晒されながらも休むことなく商品を提供し続けてくれたスーパー、パン屋、八百屋、そして薬局で働く人々は、地元の生活者のヒーローとなった。今年の復活祭のミサではローマ法王も、「普段は感謝されることがないスーパーの店員の方々にも深い感謝を捧げよう」と説いた。実際、彼らの働きがなければ私たちの生活は成り立たないということを、痛いほど感じた2ヶ月間だった。
 苛酷を極める医療現場の最前線にいるスタッフに対しては、毎日のように感謝と激励の手紙やメッセージが届いていることは知っていたが、地元のスーパーやパン屋にもこうしたメッセージが届けられていることがわかってとても感動した。また、顔も名前も知らないバイク便やデリバリーサービスのスタッフも、同様に多くの市民にとって感謝の対象となっている。ロックダウン期間中、市民生活の基盤を陰ながら支えてくれた人たちの存在は、何よりも貴重なものだった。緩やかな解除が始まってほんの少しの自由を味わえるようになった今、日頃は忘れられがちな人々の存在のありがたさ、その仕事の大切さをたくさんの市民が実感するようになった。
 

 

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スーパーの店先、パン屋の入口に貼られたたくさんの感謝のメッセージが商店街を彩っている。
 

 

 

 

気持ちを明るくしてくれるオーダー・マスクとガーデニングがブーム


   少しずつではあるが、道ゆく人々の顔も明るくなったように感じながら歩を進めると、中高年のおばちゃんたちが列を作っている小さな店が目に止まった。近づいて見ると、3人の女性が営む街の洋裁店だった。普段はズボンの裾上げや綻びの修理といった作業が彼女らの主な仕事だが、マスク着用が義務付けとなった今は、オーダーメイドのマスク作りの需要が急速に高まっているらしい。
 列の最前にいた貫禄たっぷりの60代のシニョーラがマスク越しに声を張り上げて、「どんな柄があるのか見せて! 無地は嫌よ、陰気だから。明るい花柄の生地はある?」と言っているのが聞こえ、思わずクスッと笑ってしまった。どんな状況においても、おしゃれ心を忘れないシニョーラの心意気に励まされたような気分になった。店を通り過ぎる時、窓を開けた隣の作業部屋でマスクの仕上がりをチェックしていた女性に「お仕事頑張ってね」と声をかけてみた。彼女は軽くウインクを返すと、手元に山積みになった豹柄のマスクを広げて見せてくれた。もちろん、これが薬局で販売されているような医療用マスクではないことはきちんと断り書きが貼られている。一時は入手困難だったマスクも政府が一律50セントに価格を固定し、スーパーなどでも買えるようになったのだが、やはり遊び心とおしゃれ心を忘れないイタリア女性には物足りないらしく、洋裁店はフル回転でカラフルなマスク作りに忙殺されていた。
 一方、閉塞的な暮らしに潤いと華やぎを求める人たちは花屋の店先にも列を作っていた。ローマ市内の大きな植木屋さんは封鎖期間中も配達をしてくれていたが、やはり実際に自分の目で見ながら花や植物を選ぶ楽しさは一味違うようだ。気がつけば春は盛りを過ぎもう初夏の陽気だが、今からでも遅くないとベランダの鉢の植え替えに精を出す人が大勢いるらしく、ガーデニングがブームになっていると聞いた。先日通りかかった花屋の店先でも、色とりどりの花や緑の鉢植えを大量に買い込んでいる女性を見かけた。そういえば、我が家のベランダも荒れ放題だな。時間はたっぷりあったし、毎日気になってはいたのだが。そう思い返しながら、つい先日まで、植木の手入れをする気持ちのゆとりがなかったことに気付いてハッとした。家で自由に過ごせる時間がどれほどあっても、やはりできることと出来ないことはあるものだ。この2ヶ月間、料理のレパートリーは大幅に広がり、パンに至っては自家製酵母まで作るようになったのだが、ベランダの植木の手入れをする気は起きなかった。花屋の店先で見かけた光景が、平穏な日常の訪れを告げてくれたような気がしてなんだか少しホッとした。
 

 

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オーダーメイドのマスク作りに大忙しの洋裁店。お値段も1枚1〜2ユーロとお手頃で、地元のシニョーラたちが列をなしていた(上)。ようやく営業再開した花屋の店先では、ベランダを飾る植木を真剣な面持ちで物色する客の姿が見られた(下)。

 

 

 

レストラン、バール再開までの長い道のり
 

   商店街をぐるっと一回りして、わずかながらも開いている店が増えたことを嬉しく思う反面、街の活気の源であるバールやレストランのシャッターが閉まったままだったことがとても心苦しかった。先に発表された首相令では、バールやレストランはデリバリーとテイクアウトの営業は許可されたが、店内での飲食を再開するためのハードルは非常に高い。客同士が肩を触れ合うほど狭い店内いっぱいに並べたテーブルはローマのトラットリアのシンボルのようなものだが、この距離が今は禍いとなっている。保健省や専門家が警告している感染再拡大を予防するには、対人距離の確保は必要不可欠。しかしながら、ローマ庶民が愛するほとんどのレストラン、トラットリア、バールでは、隣合わせの席と席の間を1m以上確保することが難しい。客同士の間を1m開けるためにはテーブルを3〜4m離さなければならず、そうなると店内には数人しか入れないという小さな店も多い。加えて地価が高い旧市街の飲食店は休業中に溜まっていく未納家賃や従業員の給与の心配もある。政府はコロナ危機の間の家賃の滞納や一部売上金の補償、従業員の給与の一部補償を明言しているが、あまりにも多くの申請が殺到したため支払いが遅れているのが現状だ。4月26日の首相令ではレストラン、バールの本格的な再開は6月1日を見込んでいるとあったが、それまで持ち堪えられないという店がほとんどで、ミラノ、ローマ、ナポリなどの飲食店のオーナーが集結してデモを行うという事態にまで発展している。彼らの焦りや怒りは手に取るようにわかるし、飲食店の再開はイタリア人の誰もが待ち望んでいることでもある。だが、ここで一気に営業を再開した時に生じ得るリスクはあまりにも大きい。地元の飲食店を失わないために、せめてもの支援をしようとテイクアウトの行列に並んだり、デリバリーで料理を注文する人も増えてはいるが、本格的な営業再開までにはまだいくつものハードルを乗り越えなくてはならない。
 5月18日に発表される次の首相令でどこまで制限が解除されるのか、今は誰もが固唾を飲んで待っている状態だ。少しでも広範囲の制限解除ができるかどうかは、今日の私たちの行動にかかっている。1日も早く街が活気を取り戻し、人々が日常を取り戻すために、あとちょっとだけ辛抱しよう。

 

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地元客で賑わうピザ屋のテーブルも着席禁止のテープが張り巡らされている。店内での飲食はできないがテイクアウトは可能になったので、常連客は列を作って料理を買っている(上)。バールの店先にもテイクアウト用の即席カウンターができていた。店に入らずテーブル越しにカフェやドルチェを注文して受け取れるようになっている(下)。

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年5月28日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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