ブーツの国の街角で

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 号外(3):移動制限第2フェーズ・ウイルスとの共生への道のり

文と写真・田島麻美

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 新型コロナウイルス感染防止策としてイタリア全土がロックダウンされてから6週間が経過した。感染病を専門とする医療チームや医療データ分析の専門家が「ロックダウンは3週間後に最大の効果が現れる」と解説したように、4月に入ってから新規感染者は減少が続き、活動再開への準備が本格的になってきた。経済に巨大な不安を抱えながらも、「全国民が一斉に止まらなければ意味がない」と断腸の思いでロックダウンを受け入れたイタリアに、ようやく安堵の空気が漂い始めている。しかし、ウイルスの感染脅威が減少するのと反比例し、今度は深刻な経済問題への無数の課題が浮き彫りになってきた。予定されている5月4日の経済活動再開に向け、徐々に封鎖を解いていく方針を打ち出しているイタリア政府だが、リスクを伴うその道のりはとても険しいものになる。
 誰もが感じているように、ロックダウン解除後には私たちが経験したことのない未知の世界が待っている。ワクチンが開発され全世界の人々の元へ行き渡るまで、このウイルスとどう共生していくのか。第2フェーズへ突入しようとしているイタリアの今の暮らしの実態をレポートする。

(本文中のデータは2020年4月22日現在のもの)
 

 

 

 

最新データから読み取る「感染者”ゼロ”」予想日

 

 移動制限が始まってから毎日、夕方18時に過去24時間の新型コロナウイルスに関するデータや感染状況が市民保護局から報告されているが、4月22日の報告ではイタリアの現在の感染者数は107,699人、死者25,085人、完治者54,543人。昨日からの24時間で新たに6万3千人に検査をし、現在までに検査を実施した人数は151万3251人に達している。4月に入ってから新規感染者数、集中治療患者数は減少し続けている。しかし死亡者数は微妙なアップダウンを繰り返していて、市民保護局のアンジェロ・ボレッリ局長は「いつまた増加に転じるか、状況は決して油断できない」と慎重な姿勢を崩さなかった。そのボレッリ局長が、21日の会見ではいつもより活力に溢れた声でこう言った。「この24時間でこれほど退院、回復した患者数が多かったことは3月10日以降初めてだ」。幸いなことに22日もこの傾向は続き、今日現在の感染者数は昨日に対して10名減少、入院患者は329名減少、集中治療患者数も87名減少。反対に完治した人は2943人増加した。その一方で、市民保護局はこの数字に含まれなていない自覚症状のない感染者の存在についても明言している。感染病の専門家達によれば、実際の感染者数は公式に発表されている数字の6〜10倍に上るだろうと予想されている。できれば聞きたくない怖い情報ではあるのだが、危機的状況にあっては、悪い情報もはっきりと伝えてくれることが逆に安心感を生み出すということを今回の一件で初めて知った。情報が透明であればあるほど政府への信頼は強くなり、皆で同じ危機に立ち向かっているという団結心も高まる。これ以上悪化させないために、一人一人ができる限りのことをしようという気持ちが湧いてくるからだ。
 隔離生活が始まってから毎日、市民保護局の会見を見るのが習慣になったのだが、私がこの習慣から学んだのは「日々増減する数字をどう読み取ればいいのか」ということだ。世界中のメディアは連日こぞって感染者数、死亡者数の総計数字ばかりを取り上げているが、その総計だけを眺めていても現在の状況や今後の予測をすることはできない。今現在の感染状況が実際に医療現場に反映されるのは2〜3週間後であることをまず頭に入れ、過去24時間で新規感染者数、集中治療患者数、回復者数がどれだけ増減しているか、それによって数週間後に医療現場がどうなるかを想像する必要がある。4月20日、日々更新される感染データを追跡し、分析しているイタリア地域国民健康観測所(L’Osservatorio Nazionale sulla Salute nelle Regioni Italiane )は、「新規感染者ゼロ」のXデーを州毎に予測したレポートを公表した。それによると、最も早く「新規感染者ゼロ」になると予想されているのはウンブリア、モリーゼ、プーリア、バジリカータ、シチリア、サルデーニャの各州で、このままの状態を維持できればいずれの州も4月中には新規感染者がゼロになり、次いでローマ、ナポリを拠点とするラツィオ州、カンパーニア州なども5月10日前後には感染者ゼロになる見通しだ。その後ピエモンテ、ヴァッレ・ダオスタ、ヴェネトなどの州が5月末から6月上旬にはゼロになるだろうと予想されている。しかしながら、最も被害が甚大なロンバルディア州、マルケ州で新規感染者がゼロになるのは早くても6月末、という厳しい予想が出ている。

 

 

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イタリア地域国民健康観測所が発表したイタリア各地の「感染者ゼロ予測日」チャート(出典 https://www.osservatoriosullasalute.it/wp-content/uploads/2020/04/new-19-aprile-Definitivo-CS-COVID-19-Osservatorio.pdf)
 

 


 

 

第二次大戦時の5倍以上の犠牲者が出たロンバルディアのジレンマ

  
 2月18日に北イタリアの小さな街コドーニョで初の感染者が発見されてから、ロンバルディア州では文字通り「あっ」という間に感染が拡大した。イタリアで最初に発見された新型コロナウイルス感染者は中国武漢から旅行に来ていた中国人夫婦で、1月末にこの2名は滞在先のローマの病院で治療を受け、その後完治して無事帰国した。それから3週間の不気味な空白後、ウイルスは突然、誰も予測できなかった北イタリアを襲い始めた。しかし、遠い国の見知らぬ街で発生した未知のウイルスの脅威はどこか現実味に欠ける出来事で、コドーニョの街を封鎖した後も、北イタリアのほとんどの市民は「これで感染は封じ込められた」と考えていたのではないだろうか。悲しいことに、この認識の甘さがもたらしたほんの1週間程度の対応の遅れが、その後の爆発的な感染拡大を引き起こし、瞬く間にイタリア全土を巻き込む大惨事へと発展してしまったのである。
 ミラノを中心とするロンバルディア州は最初に感染が拡大したエリアで、現在までのイタリア国内の感染者の63%、犠牲者の56%がこの州に集中している。国内総生産の1/3を占める工業の中心地である同エリアはまた、イタリア経済の心臓部でもある。その北イタリアが最も甚大な被害を受け、最も長いロックダウンに耐えなければいけないという二重の悲劇が起こっているのである。ロンバルディア州では大小様々な企業が「一刻も早く工場を稼働したい」と政府に圧力をかけているが、今なお3万人以上という断トツの感染者がいる同エリアで営業を再開することはあまりにもリスクが大きい。全国民が6週間の封鎖生活に耐え、ようやく先が見えるようになってきた今、一気に活動再開をすることで再び感染爆発が起こるような事態だけは絶対に避けなければならない。北部イタリアは現在、非常に切迫したジレンマに陥っているが、イタリア保健非常事態担当のアルクーリ弁務官は18日の記者会見でこう述べた。「ロンバルディア州では5年間に及ぶ第二次世界大戦の爆撃で2千人の市民が犠牲となった。今、コロナウイルスにより2ヶ月の間に1万1851人の市民が命を落としている。犠牲者の数は第二次大戦時の5倍以上だ。健康なくして経済の再開などあり得ないということは明白で、健康と経済回復を対立させて考えるのは大間違いだ。可能な限り多くの市民の健康と安全を保証しつつ、経験と知恵を持って慎重に再開する必要がある」。
 復活祭前にロックダウンの延長を告知し、5月4日以降、段階的に封鎖を解除していくとコメントしたコンテ首相は、今週中にも解除後の具体的な計画・行動指針を発表すると語った。移動制限の緩和により感染が再拡大するリスクは当然あるが、このままでは経済そのものが根底から崩れてしまう。コンテ首相は「入念な調査と科学的データの分析、専門家の意見に基づいて制限の緩和を進めていく。リスクを最小限に止める準備を怠らなければ、リスクを容認することはできる」と言っている。「ウイルスとの共生」という未知の日常に踏み込んでいくための政策は、この数日間のうちに発表される。

 

 

 

 

市民生活に直結した様々な問題への支援


  ウイルス感染の恐怖と経済問題という2つの難問に板挟みになりつつ、全国民が6週間超の隔離生活に耐えているイタリアだが、幸いなことに大きな暴動もデモも起きていない。天気が良い日は太陽に惹かれてついフラフラと出歩いてしまう人達も確かにいるが、彼らは皆一様に取締りの警察官によって高額な罰金を徴収されている。中には「これで罰金9回目!」とSNSでアピールしている不届き者もいるが、大半の市民は一度の罰金で懲りて渋々と家に引き返しているようだ。
 3月からのロックダウンに際し、困窮する家庭への様々な補償や支援がなされているが、これは延長後も引き続き行われている。あまりに長い申請リストを処理する人手が足りず、一時金の支払いに遅れが生じる事態も起こったりしたものの、自営業者、フリーランス、非正規労働者、演劇・芸術に従事する人達などには4月17日までにまず600ユーロが支払われた。さらに5月6月は補償額を800ユーロに引き上げた額が銀行振り込みで支払われる予定だ。失業して住宅ローンが払えず、家を失うリスクがある家庭は3月末で20万世帯に上ったが、こうしたリスクを抱えた家庭は9ヶ月間の一時支払い中断を金融機関に申請できる。また、学生など賃貸アパートで暮らす人達を救済するため、6ヶ月間は家賃未払いでもアパートからの追い出しが禁止されている。中小企業への緊急融資には、信用評価にかかわらず、売上高の25%までを政府が100%保証することで融資を受けられるようになっている。
 現実的な生活の困窮を支援するために、食糧などの現物支給や商品券の配布、子どものオンライン学習に不可欠なパソコンやタブレットの無料配布、現金の振り込みなどが行われている一方で、より精神的な支えとなるような活動も多岐に広がってきている。昨日は、コロナウイルスで最も深刻な被害を受けたベルガモ近郊の小中学校のオンライン授業に、イタリアサッカー界のレジェンド、フランチェスコ・トッティが突然飛び入りで参加し、子ども達を歓喜させた。「困難なこの時、一人ひとりが犠牲を払っている。それがとても厳しいということはわかっているけれど、こうすることで、僕らは皆んなで目標を達成することができるんだ」。突如パソコン画面に現れたトッティのこの言葉に、600人の子ども達は大感激したという。サッカー界では他にも、ASローマをはじめセリエAの各チームのスター選手、監督らが給料の4ヶ月分を自主返納し、クラブを助けようと活動している。また、イタリア警察は家にいる子ども向けに『警察官と遊ぼう!」というサイトを開設した。これはゲームや創作活動を通じて友情や連帯、ルールを守ることの大切さ、インターネットやセキュリティに関する知識などを学べるサイトで、現役の警察官が子ども達の指導役を務めてくれる。テレビ局は学校によって差が出てしまう授業内容をカバーすべく、小中学校のカリキュラムに即した授業プログラムを組んで放送するなど、新たな試みが登場してきている。

 

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イタリア保健省のサイト内に開設された『警察官と遊ぼう!」のサイト(Ministero della Saluteのサイトより引用)

 

 

 

ウイルスと共生していくために不可欠なこと

 

   間もなく発表される公式な首相声明を待つまでもなく、封鎖解除後のイタリア社会には様々な変革がもたらされることがわかっている。感染者がゼロになったとしてもウイルスは私たちの周りに存在し続けるのだから、ワクチンが開発されて行き渡るまでの間、ウイルスといかに賢く共生していくかを考えて行動することが最優先課題となる。手洗い、うがい、公共施設での消毒は変わらず頻繁に行われ、マスク着用は義務付けになる。店舗内はもちろんのこと、路上や広場でも1〜1.5mのソーシャル・ディスタンスを維持することもルールとして引き継がれる。空港や鉄道駅構内ではウイルスチェックが実施され、地下鉄や電車、バスなどの車内のシートは1列につき1席のみ使用でき、乗客同士の距離の確保も常に気を配るよう勧告されている。私が一番寂しく感じているのは、ローマの風物詩でもあるトラットリアやバール、映画館やイベント会場の賑やかな人混みの光景が見られなくなることだが、大勢の見知らぬ人同士が集まる場所は感染の危険性が最も高い場所でもあるため、ワクチンが開発されるまではバールのカウンターでカフェを飲むこともできなくなってしまった。2月までは当たり前だったローマ旧市街の人混みが、もはや別世界の光景のように思える日は、すぐこそまでやってきている。


 

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小売の商店の入り口には「店内では1mの距離を保ってください」という貼り紙。店舗の面積にもよるが、大概の小売店では店内に入れる客は常に一人と決められている。このルールをを遵守していない店は即刻営業停止となる。
 

 

  さらに、先日の国会で議論の焦点となっていた感染者の接近を知らせるスマホ用アプリ『App Immuni(免疫アプリ)』の実用化もどうやら任意で導入されそうだ。このアプリは、人混みでウイルス陽性者に接近した場合に自分のスマホに警告メッセージが届くというもので、警告を受けた人がウイルス検査をすぐに受けられるようにという目的で開発された。ウイルス感染の早期発見、拡大防止、無自覚症状の感染者を減らすことに効果があると期待されているが、プライバシー侵害などの問題もあるため、使用はあくまでも任意である。
 テロや犯罪防止のため欧米人には敬遠されていたマスクも、着用の義務化が浸透するにつれ多様性が見られるようになってきた。その一つが透明マスク。これはプーリア州で縫製工場を経営する女性が聴覚障害者向けに開発したマスクで、唇の部分が透明なため、コミュニケーションに不可欠な口の動きを読むことができる。開発者のイレーネ・コッポラさんは既に1万枚以上のマスクを作って各施設に寄付、今も毎日400枚のマスクを縫い続けている。彼女の例に限らず、マスク着用の期間が長引くにつれ、さらにファッション性や機能性を追求したマスクが登場することが予想されている。
 

 

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プーリア州で透明マスクを開発・製作し、施設に寄付しているイレーネ・コッポラさん。(出典 : Il Fatto Quitidiano  https://www.ilfattoquotidiano.it/2020/04/10/coronavirus-stilista-pugliese-realizza-e-dona-mascherine-per-sordomuti-hanno-una-parte-trasparente-per-comunicare-con-il-labiale/5766790/ )
 

 

   西欧諸国の中で一番最初にして最大のウイルス被害を受けたイタリアは、長く辛い封鎖生活から少しずつ抜け出し、今度は未知の日常へ踏み出そうとしている。今日現在、世界中で既に260万人以上の感染者が確認されており、その数は今も増え続けている。このウイルスが去った後、世界はどうなってしまうのだろう。各地で続くロックダウンが解除された直後、次に襲ってくる世界的な経済危機をどうやって乗り越えればいいのか。家でパソコンの画面ばかり見ていると、ついつい不安や焦りに支配されそうになる。そんな時は、先日スーパーの行列で出会ったおばあちゃんの言葉を思い出すようにしている。ウイルスを恐れる様子もなく馴染みの小さなスーパーで列に並んでいた高齢のおばあちゃん二人は、きちんとマスクを付け、1mの距離を保っておしゃべりに興じていた。いつの間にか世間話に引きずり込まれ、長引く隔離生活に思わず愚痴を漏らした私に、おばあちゃん二人はケラケラ笑いながらこう言った。「第二次世界大戦の時と同じよ。でも、今回は爆弾が降ってくるわけじゃない。家で好きなことして美味しいもの食べていればいいんだから、こんなに楽なことはないでしょ?」。このおばあちゃん達は、戦中戦後の過酷な時代もきっとこうやってケラケラ笑いながら生き抜いてきたんだろう。おばあちゃん達のたくましい笑顔は、今日も私を支え続けてくれている。
 


 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年5月14日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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